幼馴染の本性2
翌日、ソファで寝落ちしてしまったミランが軋む体に鞭打って、何とか依頼を終えて時間ギリギリで帰ってくると、ギルドの中がざわついている。
「なんか、あったのか?」
体調が良くないせいで、低ランクの依頼だというのに時間がかかったことに内心で苛立ちながら、近くにいた顔見知りの冒険者に声をかけると苦い顔で肩を竦められた。
「ミラン、お前幼馴染なんだろ? 早く止めた方がいいと思うぜ?」
「は? 何を?」
言い終わる前に、ギルドの奥の方から叱声と悲鳴が聞こえた。
「いい加減にしてください!」
「なんでよ!」
聞き覚えのある声にミランの背筋に嫌な汗が伝う。
「……エリカ?」
人混みを掻き分けて進むと、周囲が遠巻きに見守る中、視線の先にいたのは予想通りエリカで、彼女の前にはブルーグレーの髪色をした長身の男性が不快気な表情で屹立していた。
ミランはその男性に見覚えがあった。
新興商会だが冒険者に必要な品揃えと良心的な価格が受けて、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで新規出店を広げる商会長、ミランと同世代の彼の名前は確かルカと言ったか。
落ち着いたブルーグレーの髪を靡かせ、穏やかに微笑むルカを口説き落とそうとする女性は多い。
しかし彼の実家は子爵家のため、貴族の報復と商会の出禁を恐れて、これまで表立って絡んでくる無謀な輩はいなかった。
ルカもいつもは温和な表情で、平民である冒険者を差別することなく慇懃に接していることで有名だが、今、その瞳は冷え切っていた。
「だからぁ、ちょっと話したいだけだってば! 少しくらいいいじゃない! 貴方の商会でたくさん買い物してあげるんだから!」
エリカはそう言うとルカの腕を掴もうとするが、軽く振り払われる。
「再三に渡って断ったはずですし、買い物もしていただかなくて結構です」
今まで見たことがないくらい、冷たく突き放すルカの声に、遠巻きに見ていた幾人かの女性冒険者がビクリと肩を震わせる。
「それに、もう近づかないでくださいと昨晩警告もしたはずです」
「今日会ったのは偶然よ! きっと運命なんだわ、私達」
ルカの冷たい態度にもエリカは全く怯むことはない。
そんなエリカを周囲は化け物でも見るような目つきに変わり、ルカもまた嫌悪を隠さない。
「偶然ではありませんよね。貴女は昨晩もその前日の昼にも、いえ、それ以前からずっと私を待ち伏せしていました。やめてくださいと伝えているのに何度も何度も。きちんと私の秘書が確認し記録を取っていますので、言い逃れはできませんよ」
「待ち伏せなんかしてないわ! 運命なんだから!」
「業務の妨害であり、個人的にも迷惑ですので、これ以上続けるなら正式にギルドへ抗議し処罰してもらいます。改善が見られなければ、このギルドへは商会の商品を安く卸すことも考えなおすつもりです」
ピシャリと言い放ったルカの言葉にギルド職員が青褪め、冒険者達が騒めく中、ミランの脳裏に焦りと不安が押し寄せる。
ルカとエリカの行き違いによる口論だと思っていたが、このままいけばギルドに害を為す者としてエリカは処分されてしまうだろう。
そうなったら、エリカの面倒は誰が見るのか?
え? もしかして俺は今の生活を一生続けるのか?
ミランの口の中に苦い何かが広がり、喉が渇く。
だが、言われたエリカは事の重大さを理解していないようで、強気な姿勢を崩さない。
「は? なによ、それ? 私を脅すつもり? 私の幼馴染はB級冒険者なんだから!」
「エリカ!」
声を張り上げたミランへ、全員の視線が一斉に向いた。
自分を引き合いに出されると思い咄嗟にエリカの名前を呼んでしまったミランに、エリカがぱっと顔を明るくし、助けを求めるように駆け寄ってくる。
「ミラン! ねぇ、聞いて! この人ひどくない? 話も聞いてくれないの!」
「お前……何やってんだよ……」
助けるつもりはなかったが、いつもの癖で反応してしまったミランに、エリカは不満気に唇を尖らせる。
「だから、ちょっと話そうとしただけなの。だってカッコよかったから」
「ちょっとでこんな騒ぎになるかよ」
苛立ちを抑えきれずにミランが言うと、エリカは一瞬だけ顔を歪めたが、すぐに目に涙を浮かべた。
「……ひどい……ミランまで、そんな言い方するの?」
今までならミランはエリカの涙に弱かった。
けれど、エリカに向かう周囲の視線が悍ましい者でも見るかのような、汚らわしいものに変わってゆくのを見ていたミランにとって、彼女の涙が綺麗なものではなく我が身を守るための嘘から流すものだと漸く理解する。
『下手な泣き真似に騙されるバカな恋人なんて、もういらないわ』
アリサに言われた言葉が頭の中を木霊する。
……くそ……。
もう少し早くアリサが怒った意味を考えていたら、エリカの嘘を見抜いていたら、そう考えると後悔ばかり押し寄せる。
真実がわかった今、本当はエリカなんて放ってアリサを探しに行きたかった。
けれど既にミランは意図的ではないにせよ、エリカを助けるべく前に出てしまっている。
ここで見捨てたらギルド内でなんと言われるか堪ったものではない。
見捨てなくても針の筵には違いないが、B級冒険者としての矜持と長年培ってきた幼馴染の情がそれを許さなかった。
「悪い、この件は俺が引き取る。責任もって回収するからギルドへの商品云々は勘弁してほしい」
こちらを傍観する側に回っていたルカに向かって頭を下げると、値踏みするような冷たい視線が突き刺さる。
「関係者ですか?」
「……幼馴染だ」
「……ああ、噂の……」
一瞬だけ空いた間が、やけに長く感じて、ミランの額に汗が滲む。
「……次はありませんので、そのつもりで。今回はギルドから正式に接近禁止令を出させてもらうだけにします」
短く、それだけを言ってルカは背を向けた。
安堵の雰囲気が広がり、やがて収束してゆくギルドに、ミランが大きく息を吐く。
その隣で能天気で笑う声が聞こえた。
「よかった~。ありがと、ミラン」
エリカの軽さに、言葉が出ない。
よかった、じゃねえだろ……。
「お前、暫く大人しくしてろよ」
絞り出すように低く言うと、エリカは不満そうに眉を寄せた。
「え~、なんで? 私、悪くなくない?」
「は?」
まるで話が通じていないエリカに、ミランが目を丸くする。
改めて客観的に幼馴染の言動を見たミランは、その現実に背筋が冷えた。




