冬の始まり
農繁期も落ち着き、十月の末になった。
いよいよ、実之助は『参勤』の為に江戸に向かって旅立った。昨年の十一月に蓮臺について以来、一年ぶりの長旅だ。ここから九十二里三十町、九日間の奥州道中である。行列の仕立ては出発時にはおよそ二千人、この行列には農閑期に入った農民達まで駆り出されていた。
奥州道中を南へ行軍し、蓮臺藩と隣国の草間永村藩との県境・小須郷にて、見送りについてきた國目付・佐賀を始めとした御國詰めのご重役連中と別れた。
国見の峠に入る前、広石の地にて農民たちをそれぞれの土地に返す。行列が身軽になったところで国見峠を越え、またそれぞれの地から農民を雇って隊列を組む。江戸に入るまではその繰り返しだった。
先代様の時代は参勤交代の途中、鷹狩りや物見遊山なども行われていたが、厳格な深山が筆頭奉行になった昨年の『交代』から直行直帰となった。一回の参勤交代で最低でも三千両はかかる。今までは青天井に使っていたが、それを緊縮しなければならない。特に今年は物入りだった。深山は覚悟を決めて臨んでいたが、これは御家来衆にはえらく不評であり、それもあって、先代様の治世を懐かしむ声がちらほらと聞こえてきている。
「深山、此度も江戸まで真っすぐ行くのであるか?」
実之助は白川の関を越えたあたりで、深山に聞いた。
「いえ、今回は九季のお鷹場に寄りまする」
「何?九季のお鷹場?鷹狩でもするというのか?」
実之助はあからさまに嫌な顔をした。
「そのようなお顔は、これからの先の道中ではお慎みくださいませ。将軍家が鷹狩と称して、ご当主様をお迎えに葛西の御殿にてお待ちになると…前触れがございました」
「はあ、将軍家か」
将軍家は実之助にとって系図上の従兄弟になる。今は四代・蒼生公の御代だ。だが、虚弱体質の為、江戸・蓮臺藩上屋敷の奥で大切に養育されていた実之助は外出することも滅多に無く、江戸城に上がっての交流はなかった。昨年、蓮臺藩の跡目を相続する際に、ご挨拶に伺った折にお会いしたくらいである。
(あの時は穏やかな物言いの温和な方だと思ったが…やはり、鷹狩など好まれるのか)
と実之助はため息をついた。
「なぜ、またそのように『お迎え』など、大仰な…」
「将軍家が蓮臺藩を大切になさっているということを、天下に御示しになるためかと存じます。将軍家は、ご当主様と同い年でございます故、心安く思っておられるのでしょう」
「そういえば、そうであったな。確か同い年であった」
「こちらも心して、丁寧にお返ししなければなりません。ですので、九季のお鷹場で将軍家に献上の鷹を用意して、江戸に向かいまする」
「さようか」
江戸に帰れる…と高揚していた気持ちが、一気に萎えた。一年ぶりに發子に会える。それに千寿との対面も待っている。そして、今井堂が言っていた三線の名手にも会える…のに、その前に気が重くなるような障壁が出来てしまい、実之助は憂鬱な気持ちで一杯になった。
蓮臺藩一行は九季をまわり、まっすぐ江戸に入らず、千住の宿に一泊することとした。一行を千住で休ませている間、深山は手練れの者を数名伴い、実之助とともに将軍家が待つ葛西御殿へと向かった。葛西筋は開幕の大御所様以来、三代様に至るまで将軍家お膝元の御狩場である。
実之助が葛西御殿に着くと、蒼生公自ら出迎えに出てこられた。
「おお、河北守、よくいらした。待ちかねておったぞ」
「これは上様、御自ら!」
実之助を始め蓮臺の者達は恐縮して、ひれ伏した。
「堅苦しい事は抜きじゃ、河北守。そのために、余は葛西まで出張ってきたのじゃ。千代田のお城ではゆっくりと話せぬからな。さあさあ、上がられよ」
蒼生公の上機嫌さに実之助は面食らった。自分がこんなにも歓迎されたことが、ついぞ無かったからだ。蒼生公はその上、深山に
「深山よ、そなたは席を外せ。余は河北守と二人で語りたい」
とまで命じた。実之助は一瞬、助けを求めるように深山を見たが、深山は澄ました顔で
「承知仕りました。控えておりますので、御用の際にはお呼びくださいませ」
と言って、実之助の助けを求める視線を無視して、下がって行ってしまった。
実之助の緊張は一気に高まった。
「河北守。そなたは実之助殿と言うたな。ここにいる間は、余もそなたを実之助殿と呼んでよいか」
「上様、どうぞ、お好きにお呼びくださいませ」
実之助は困惑するばかりだ。
「よし、それでは、そなたも余のことを、ここでは『葵之介』と呼んでくれないか」
「もったいのうございます」
実之助は心の臓が破裂するのではないかと思った。
「そう、畏まる必要はないぞ、実之助殿。実之助殿と余はなんといっても、いとこ同士なのだから」
「上様、そうは申されましても」
「葵之介、じゃ。言うてみよ」
実之助は困ってしまったが
「葵之介様」
「殿、で良い」
「葵之介殿」
「よし、それでよい。蓮臺からはるばるの長旅、お疲れになったろう。すまぬの、足止めなどさせて。麗しいと世にも評判の奥方に、早くお会いになりたかろうに」
「滅相もございませぬ。う…葵之介殿に、このような機会を作って頂けるとは夢にも思っておりませんでしたので、不調法で申し訳ございませぬ」
「なに、気にするな。巧言令色鮮なし仁、じゃ。ソツが無いばかりが良いことではない。余はかえって実之助殿のその飾らなさを好ましく思っておる」
実之助はますます混乱してきた。
「そうじゃ、実之助殿にはお世継ぎが誕生されたのだな、めでたきことだな」
「あ、ありがとうございまする」
「良いのう…余には子がおらぬ。羨ましいのう」
「勿体ないことを。葵之介殿もこれからでございましょう」
「どうだかのう。天からの授かりもの、というではないか。わからんな。ま、こんなことは良いのじゃ。此度は美しい鷹を頂いた。礼を言うぞ」
「お気に召しましたなら、嬉しゅう存じます」
「うむ。あの鷹を早速絵に描いてみようと思っておる」
「絵に?」
「そうじゃ。余は絵を描くことと、釣りが好きでな」
「絵を描くことと釣りがお好きで?」
「ははは、そうなのだ。それで、実は鷹狩は苦手なのじゃ。将軍としては失格じゃが」
そう言って、ちょっと情けなさそうな顔をして蒼生公は笑った。その笑顔をみて、やっと実之助も心から一息つくことができた。
「葵之介殿、私もでございます」
「そうであったか。我らは同好の士であるな。聞いておるぞ、実之助殿は胡琴がお好きだと。ご自身でも奏されるとのこと。今度、お聞かせくだされ」
「とんでもございませぬ、私など下手の横好き。お耳汚しでございます」
「ははは!御謙遜召さるな、我らはそこも同じじゃ、下手の横好き同士で、丁度良いとは思わないか」
「葵之介殿…」
実之助はまぶしいものを見るような気持ちで、蒼生公のことを見た。今まで同じ年ごろで、このように親しく話をしたものと言えば、惣右介と發子ぐらいだった。だが、惣右介は浩然事件以来、縁が切れてしまった。実之助にとって親しく話が出来る者は数少なかった故に、惣右介に固執している…と言っても過言ではなかった。だが、此度、四代目蒼生公の知己を得て、実之助は目の前が明るくなったような気持ちになった。
「葵之介殿、次にお会いする時には我が家の家宝、胡琴の茜胡を持参いたします。また、弾き手も名手を揃えましょう」
「それは良いな、楽しみじゃ」
蒼生公は目を見開き、声を大きくして笑った。
「上様、そろそろ、お時間にございます」
襖の陰から、蒼生公の御付が時を告げた。
「おおそうか。…すまんな、実之助殿。四代・蒼生に戻らねばならないようじゃ。とても楽しい時間であったぞ。今度は河北守の芝口の御屋敷に招待して下され」
「ぜひ!私もとても良い時間を頂きました。ありがとうございまする」
実之助は心から言った。四代・蒼生公は、御付の者達と慌しく葛西御殿を出立して行った。
千住に戻る道中、実之助の機嫌の良さに気付いた深山が、
「ご当主様、将軍家とお話が弾まれたようですな」
と問うてきた。
「ああ。とてもじゃ!」
と、実之助の声は自分でもわかるくらい弾んでいた。
蓮臺の十一月はすっかり冬と言っても過言ではない。霜月の名の通り、凍り付くような寒さが忍び寄る時期である。去年の今頃は異例だったが、本来であれば、いつ雪が降るのかを待つばかりだった。
夏以来、惣右介は御狩場検分とたまのお城勤め、そして今まで通りの小さな畑仕事の日々が続いている。決して、生活が豊かになったわけではなく、小者を雇う余裕も無かったため、小滝もおねずも変わらぬ生活をしていた。そんなだったから、冬が来て畑仕事も落ち着くと、また、長い内職の日々が始まるのだった。
小滝は仕立物をするときに、おねずを手伝わせるようになった。
「おねず、おいで。お前に仕立て直しを教えるから」
小滝の脇に座り、おねずは熱心に小滝の手元を見始めた。
「最初に着物を丁寧に解くのです。次に洗い張りを施し、反物に直して仕立て直す。こうやって、大切に一つの着物を長く着ていくのですよ」
そう言いながら小滝は手慣れた様子で、おねずの着物を解いていった。
「よいか、おねず。どうもお前は大きくなるのが早い。夏に仕立て直したものが、既に小さくなり始めている。自分で直せるように着物の仕立て直しを覚えるのだぞ」
「こたきちゃまがなおしてくれる」
おねずは当然のことのように言った。小滝はおねずの言葉を微笑ましく感じながら、
「そうだな、わたしがいるうちはな。でも、居なくなったら、お前は自分でやるのですよ」
「いなくなる?」
小滝の言葉に、おねずはびっくりして目を見開いた。
この頃、小滝は我が身の衰えを強く感じつつあった。
「おねず、良いか。私はおまえに一通りのことを教えておこうと思う。最初は、ひととき、笹葉の家に寄宿する者と思っておったので、大したことも教えてこなかった。だが、私もそろそろお迎えがいつ来てもおかしくないからのう」
おねずはきょとんとして、
「こたきちゃま、おむかえがくるのですか?」
「そうですよ、おねず。そろそろきても、おかしくないのだ」
「いまいどうのおむかえ?」
「ほほほ。もっと遠い所じゃ」
「あっちもいっしょにいく?」
「おねずや若様は一緒には行かぬ。来てはいけないところだ。小滝ひとりが行くのですよ」
「かえってくる?」
「それは、難しいのう。きっと、神様が許してはくださらん。おねずとこうしていられるのも、今のうちじゃ」
「こたきちゃま、いっちゃいやだ!」
おねずが半泣きで言った。小滝は解いていた着物を脇において、おねずの両手を自分の両手で持ち、しゃんしゃんとした。
「おねずがいるのに、いくのは私も嫌じゃ。でも、これは神様がお決めになること」
「かみちゃま?」
「そうです。神様はそろそろ、私のお迎えを用意し始めたようでな」
「じゃ、あっちがかみちゃまにおねがいする。だから、こたきちゃまは、ずっとここにいる」
おねずは必死になって小滝に訴えた。
小滝は胸が熱くなったが、
「そうだな、おねずが頼んだら、神様も聞いてくれるかも知れん」
「あっち、いまからいってくる!」
おねずは勢い良く立ち上がった。その腕を小滝は掴み、
「待て、どこに行くんじゃ、おねず!」
「かみちゃまのとこ!」
今にも飛び出さんばかりの勢いだ。
小滝は一瞬、呆気に取られたものの、冷静さを取り戻した。
「のう、おねず。おまえはいったい何者なのだ?」
ずっと聞きたい事であった。
突然現れた、世にも稀なる美しき幼女はどう考えても妖の類であった。
最初は余りの常識外れに面喰った。
だが、それ故に世慣れていないおねずを、いつしか小滝は大切に思うようになっていた。その思いから、おねずに正体を質してはならないような気がしていた。聞いてしまったら、おねずが去っていってしまうのではないか…と小滝は不安だった。
今、小滝を思うおねずの言葉を聞いて、やっと小滝はおねずに聞く勇気を得た。
「のう、おねず。おまえは何者なのだ?」
小滝の問いをきいて、おねずの勢いは瞬時におさまった。
おねずはその目を丸くして、じっと小滝をみつめた。
小滝はそのおねずの瞳を見て、
(おねずの目は、冬の星のように美しい)
と思った。おねずはしばらく考えていたが、漸く
「こたきちゃま、あっちはひとのこではないんだ」
おねずは絞り出すように言った。
その悲し気な声を聞いて、小滝は質したことを後悔した。
「案ずるな、そうであろうと、思っていたぞ」
小滝はおねずの手を握って、優しく言った。
「良い、おねず。無理に言わなくても良い。おまえは人の子では無いかもしれぬが、良きものじゃ。私はそれを知っているからの。辛い思いをさせてすまなかった」
おねずは一呼吸すると、
「こたきちゃま、あっちはだいこくねずみだ」
おねずが静かに言った。
「え!今、なんと言った、おねず」
小滝は我が耳を疑った。
「あっちは、だいこくねずみなんだ、こたきちゃま。いまはこんなだけど、ほんとはねずみだ」
おねずは、渋々言った。小滝はあまりのことに興奮して、おねずを揺さぶった。
「お前、大黒様のねずみなのかえ?」
「そうでござる。あっちは、だいこくねずみのくろはばきのむすめでござる」
黒脛巾の、というところで一瞬、少しだけおねずは胸を張った。
「なんと!黒脛巾の娘とな!本当か!」
「ほんとうでござる…あっちはずっと、こたきちゃまにうそをついていた。ごめんなさい」
おねずはすっかりしょげている。
反して、小滝の瞳が熱を帯びて光輝いた。
「なんの、謝ることではないぞ、おねず」
小滝はおねずを安心させるために抱き寄せた。
「そうか、おねず、おまえは大黒様のねずみだったか。
大黒様のねずみは、若様の前に現れたのでございますね。
伝説の麒麟が人を選んで姿を現すように、
この地では大黒様のねずみは人を選んで姿を現す…と言われているのです。
本物の君主の前に現れる、とな。
大黒様のねずみは若様を選んだ。
さもありなん。
若様以外にはいらっしゃいませぬ」
小滝は憑りつかれた様に一気に言うと、満足そうに何度も頷いた。
熱に浮かされたかのような様子の小滝に、おねずは戸惑い、
「こたきちゃま、あっちのことをおこらないの?」
「怒るものか。確かに嘘をつくのはいけないぞ、おねず。だが此度だけは許す。なにせ、お前は笹葉の守神だからのう。ああ、ありがたい」
小滝は泣いているようだった。そんな小滝に抱かれながら、
(こたきちゃま、あっちにはもうひとつ、いってないことがある。ごめんなさい。でも、これはいってはいけないと、そうちゅけどんにいわれているでござる)
と、小滝に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。
この年の暮れ、小滝は寝込む日々が多くなった。
すでに伝えるべきことはおねずに伝えた…と安心したのか、目に見えて弱っていった。その代わり、おねずは小滝に仕込まれた通りに、くるくると良く働き、その働きぶりには惣右介ですら感心したのだった。
一方、惣右介自身はある思いを固めつつあった。
(小滝の灯がつきたら、いよいよ、おねずとの約束を果たす時が来る。おねずもやっと、ねずみ浄土に帰れる時がくる)
人の死を待っているようで感心したことではないが、誰にでも平等に訪れるものであれば、それが有意義なものであるほうが望ましい。自分は思いがけず、ご恩赦に預かったが、何もこの世に執着するものも無い。この期に及んで、妻も子もいない自分の境遇に感謝していた。
(結局、星見屋の爺様の話はホラだったな…)
惣右介は思った。何もことを為していないし、たいそうな望みも無い。強いて言えば、おねずとの約束を守れれば…というくらいだ。それ如きでは、藩の歴史に名を残すなんてこととは無縁であろう。
(別に信じていたわけではないが…)
自分の『命』はどうでもいい。だが、母・志津のことは気になっていた。星見屋の爺様といい、今井堂といい、母のことでは謎が出てくるばかりだ。今まで全く何もなく、普通の女人だとばかり思っていた母が、ここにきて違う側面を現し始めている。この謎が自分の最後の時までにわかるのか、それともわからないまま、あの世に行くことになるのか…。
今の惣右介の関心と言えばそれぐらいだった。
(とにかく、すべては終わったことばかりで、将来に通じるものは何もないからな)
つまり自分が死んだら、残していくものは何もない。すべて終わりだった。
「そうちゅけどん、こたきちゃまがよんでる」
小滝に薬を飲ませていたおねずが呼びに来た。
かいがいしく、小滝の世話をするおねずを見て、惣右介は複雑な思いがする。
(おねずは、いったい、今どんな気持なのだろうか)
この頃は、そう思う瞬間が多々ある。当のおねずは屈託なく、くるくると小滝の世話をしたり、家のことをしたりしているのだった。
「小滝、気分はどうだ?」
「若様、おかげさまで今朝は良い気分です。おねずが良くしてくれるから…小さい、小さいとばかり思っていたのに、小さいながらも良くやってくれて…ありがたいものです。この調子だと、お正月の門松を見ることが出来るかもしれませぬ」
小滝は微笑んだ。惣右介の家で門松を飾るのは、十年ぶりのことになる。
「何を言ってるんだ、当たり前じゃないか。このまま元気になって、おねずにお正月の支度を教えてもらわなければならぬ」
「若様…そこまでは難しいかもしれませぬ。ですが、小滝は見たかったものは見させていただきました。笹葉の家の再興…と」
(大黒様のねずみ)
小滝は心の中で言った。
「…と、なんだ?」
惣右介が耳聡く聞いた。小滝はわざと、
「ほほほ、いえ、これは見たかったものでございます。若様のお嫁様とお子様…ですが、贅沢は言いますまい。あの世で初代御舘様に怒られてしまいます」
「うーん、それはまだ、時間がかかるな。今すぐに私のところに嫁に来てくれる物好きなどいないだろうし」
「そんなことはございませぬ。若様だったら、どんな方でも…ああ、おねずが…」
と言いかけて、小滝は心の中で続けた。
(おねずがせめて、大人の女人であったなら)
惣右介は笑いながら、
「小滝、いくら何でもおねずは幼すぎる」
(それに、ねずみだ)
惣右介も心の中で言った。惣右介と小滝はお互いが「おねずが大黒様のねずみだと知っている」とは知らない。
「あっちはいいよ、そうちゅけどんのおよめさまになっても」
いつの間にか、おねずがそこにちょこんと座っており、真面目な顔をして言った。
「おねず、お嫁様の意味をわかっているか?お嫁様とは、もっともっと大きくならないとなれんのだ。それに俺は嫁は貰わん」
「なあんだ、つまんないでござる」
おねずはがっかりしている。惣右介は苦笑いして
(いやいや、お前と俺にそんな日は来ないだろうが…)
と改めて思った。時が来たら、二人はそれぞれの場所に行くのだ。
小滝はおねずの手を取って、
「おねず、お前はずっと若様の傍にいてさえくれれば、良いのです。私がいなくなったら、若様を頼みますよ」
「こたきちゃま、いなくなってはだめだ!あっちはずっと、そうちゅけどんのそばにいる。こたきちゃまも、ずっといる。みんな、ずっといるんだ」
小滝の言葉に、おねずが叫んだ。
「おねず、案ずるな。お前が良くやってくれるから、私もほら、元気になってきた」
「もっと、あっちはよくやる!ままをたいてくる!」
おねずは、そう言うと、厨に去っていった。
「若様…おねずは良きものじゃ。大切になさってくださいませ」
小滝がしみじみと惣右介に言った。惣右介はちょっとびっくりして
「ああ、そうだな。だが、お嫁様は難しいな…」
「お嫁様が難しくとも…大事にしてやってくださいませ。あの子は…おねずは若様の守り神ですから」
そう言うと、小滝は目を閉じた。




