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第一部 蓮臺編(御伽草紙篇)  御野初(おのぞめ)

 満志(まんじ)二年 冬 

 奥州蓮臺(れんだい)(たかむら)家 青嵐(せいらん)山・鶴賀谷(つるがだに)松野森(まつのもり)


 篁のご家中では新年に御野初(おのぞめ)が行われる。

 御野初とは、篁家の当代様が参勤交代で国元にいるときに行われる鷹狩りのことである。この鷹狩はご家中勢揃いの大々的なものだった。天賞(てんしょう)の世から続く篁のご家中にとって、一年でも最大の行事である。篁家はもともと戦国時代より武の気風にて有名であったが、太平の世になってからは、もう一つの特徴である文化を愛する気風で名を馳せていた。初代のお館様である藤次郎(とうじろう)が文武両道なうえ、洒落者だったのである。

 幕府の歴代将軍にも頼りにされ、特に先の三代将軍は初代のお館様・藤次郎を「おじじ様」と慕っていた。そのため、後年、お館様が体調を崩されてからは参勤交代も免除されていたが、その「おじじ様」も亡くなって久しく、参勤交代や、堤防工事などの御普請も課されるようになっていた。戦国からの名門・篁家も他の外様大名と同様の扱いだった。

 いや三代将軍が慕っていたからこそ、三代将軍亡き後、篁家は現幕閣の重役達に目を付けられていた。事あるごとに無理難題を言いつけられ、それを何とか家中あげて切り抜けてきたのが先代様・総次郎以降の篁家の実態だった。

 戦国の世は既に遠い昔…とはいえ、家中にはいまだに戦中派が存在し、(時来りなば、我が殿こそ)と密かに思うものが少なからず存在した。先代・総次郎が急逝した折には、まだ殉死した者がいたくらいだ。野心に溢れた腕に覚えのある者達は、御野初での働きで殿のお目に留まって…と、我勝ちに御野初での手柄に血道を挙げる。

 特に今年は篁家三代・実之助(みのすけ)が当代様になって初めての御野初でもある。実之助は先月十一月に初めてお国入りを果たした。年まだ若く、十九歳である。先代様・総次郎が今年の七月急逝、同九月に総次郎の六男で、江戸生まれ・江戸育ちの実之助が当主となった。長兄・次兄ともに早世し、三男・四男・五男は篁家の分家や母方の本家を既に継いでいた。確かに実之助は世嗣にはなっていたが、慌ただしく三代目となったため、周囲は勿論、本人もいまひとつ実感が無いままであり、かつ途轍もない不安を感じていた。

 実之助の亡き生母・舜子(みつこ)は京都の出身で、今上帝の叔母にあたる。また養母である先代様の正室・澂子(すみこ)は幕府初代将軍・大御所様の孫であるため、将軍家も実之助にとって従兄弟達だった。つまり実之助は朝廷や幕府と縁が深い。

 翻って、江戸生まれ・江戸育ちのため、ご領地とは縁が浅い。江戸詰めの家来には顔見知りもいるが、ご領地の家来では顔すらわからない者もいる。今回、お国入りの道中も腹を割って話せる者がおらず、心細い思いをしたのである。実之助には腹心の部下と言えるものはおらず、これから大きな領地とたくさんの家来や領民を抱え、藩を経営していかなければならない。筆頭奉行の深山(みやま)伯山(はくさん)は切れ者で頼りにはなるが、いまひとつ実之助には深山が何を考えているのかわからなかった。実之助はただただ、ため息をつく事しかできなかった。

發子(はつこ)はどうしているだろうか)

 いつも元気で強気の發子のことを思った。

 發子は今、江戸にいる。發子は養母・澂子の元・部屋子であり、実之助にとって幼馴染であり、そして父・総次郎が亡くなる直前に実之助の側室となったのだった。実之助には正室はいない。容姿端麗、天性聡明、薙刀無双の發子を養母・澂子は勿論、先代である父・総次郎もたいそう気に入っており、実之助をそばで支えるように發子に言い含めての側室の話だった。

(実之助様、しっかりとなさいませ!見くびられてはなりません!大丈夫、發子がついております!)

 發子なら、今の実之助にそう言うだろう。だが、今その發子はいない。知っている顔が殆どいない土地に、自分はひとりだ。改めて、実之助は思った。

 青嵐山の崖の上に立つ城の花頭窓からご城下を眺め、またため息をつく。眼下には清瀬川(きよせがわ)が流れ、その向こうに碁盤の目のように仕切られた通りを境にして、初代御館様が作り上げた蓮臺の武家町と町人町が広がっている。

(蓮臺のご城下か…)

 今は正月の準備でみな忙しく、活気に溢れているという話だった。実之助はお国入りの長旅で体調がすぐれず、寝たり起きたりを繰り返していたため、まだご城下に行っていない。お城は御野初、そしてご城下は初売りの準備。蓮臺は活気と「戦国以来の名家」だという自負に溢れている。

 この時、実之助の視線のはるか遠く、空に凧が揚がっているのが見えた。それは冬の灰緑の丘の向こうに小さく、だが高く揚がっていた。こんな年の瀬の忙しい時期に凧を揚げるなんて…發子だったら「ほでなす!」と言って、たとえ相手が子どもであっても怒るだろう。これは実之助と發子が知っている数少ない蓮臺の言葉で「役立たず、馬鹿者」だ。幼い頃、江戸下屋敷のお喜多様から教えてもらった言葉だった。

 ほでなす。

 …ああ、ご領地に一人知っている者がいた。もう一人の幼馴染だ。長らく会っていない。

 ()の者は今どうしているだろうか。


 惣右介(そうすけ)は、御野初ではいつも御狩場の(はずれ)の検分を仰せつかっていた。

 もともとは御狩場全体の検分役であるが、御野初の時には誰の目にもつかぬよう、深山の指示により、端に待機させられている。御狩場検分役自体がひとかどの武士の役目とはみなされていなかったため、ご家中の者には任せるわけにはいかないという深山の判断でもあった。殿の目に留まることもなく、御野初前と御野初後にのみ必要とされる役目であり、「我こそは」と思う者には疎ましい役目でもある。だが武について熱心ではなかった惣右介にはちょうど良かった。もとより惣右介は刀も鉄砲も嫌いであり、何よりも殺生が嫌だった。惣右介はのんびりと胡琴を毎日でも弾きながら、何をするでもなく、「その日まで」何も考えずに毎日をやり過ごしたい…と、思っていた。なんとか、最低限の生活さえできれば、と考えるのは、家に年老いた乳母の小滝(こたき)がいるからだ。自分と小滝が生きていくだけで精一杯のかつかつの生活だが、支給される扶持米のおかげで何とかはなっている。

 八年前に父の領地は取り上げられたが、母の残した小さな家作に住み、小さな畑を耕し、釣りをする。お城に登城することも無く、誰も惣右介には関わらない。そして何よりも、難しいことをこれ以上考えることが嫌だった。活かされず殺されずの日々は、ある意味、引退した老爺のそれであった。

 そんなだったから、今日もお狩場を検分して歩いているが、

(やっぱり胡琴があれば良かったなあ)

 と思いながら、気のりしないまま鶴賀谷(つるがだに)のあたりを歩いている次第だ。城下町からここまで離れていれば、なかなか人も来ない。胡琴もかき鳴らし放題だ。とは言っても、お役目はお役目ではあるので、そこまではしない。惣右介は基本的にまじめな男だった。

 明け六つにご城下はずれの募者町(つのものちょう)の家を出、八幡神社に手を合わせ、国見から木汰山(きたやま)を歩く。青嵐(せいらん)神社にも手を合わせ、洞巻(ほらまき)から蓮臺の北を抜けて、鶴賀谷へ向かう。

 今日は鶴賀谷を歩き、そのまま松野森(まつのもり)まで歩いていく予定だ。

 青嵐神社を抜けて臺原(だいはら)に向かうあたりは丘の陰にあたり、昼でも暗く、民家もぽつぽつとあるだけだ。そんな道を惣右介はひとりで歩いて行く。師走とはいえ、日も高くなり、そろそろ腹も減ってきた。

(小滝が用意してくれた握り飯でも食うか)

 出がけに小滝から「若様、お弁当をお持ちくださいまし」と竹皮の包みを渡された。それは握り飯が二個と、味噌を大葉で包んで揚げた紫蘇巻が入っている。小滝の弁当の定番だ。

 小滝は今でも惣右介のことを「若様」と呼ぶ。既に「若様」ではなく、年齢も二十一になるのに「若様」と呼び続けるのだ。さすがの惣右介も気恥ずかしいので、

「小滝、若様は勘弁してくれ」

 というのだが

「若様は何があろうと若様でございます」

 と頑強に聞き入れない。小滝なりの抵抗なのだろうと、近頃は惣右介も諦めている。

 それに惣右介を訪う者もいないのだから、小滝が家内で惣右介のことを何と呼ぼうと、誰に聞きとがめられるものではないか…と思うことにした。

「さて」

 鶴賀谷の丘の上に腰を下ろす。ここからは、ご城下を臨むことができる。山と呼ぶには低い丘が連なり、ぐるりとそれに囲まれている。

 なかなかいい眺めだと惣右介は思う。

 昔、亡き父と一緒にこんな風にご城下を眺めながら、このご城下の造りについて特徴を考えてみよ…と父上に質問されたことを思いだす。あの時は何と答えたのか。また、父上の答えは何だったのか。思い出せない。

(あの時以来、俺は本当に阿呆になってしまったからな)

 父は惣右介にいろいろなものを見せ、学ばせてくれた。参勤交代の折には惣右介を伴い、江戸での見聞を広めるように計らってくれた。見るものも聞くものも物珍しく、あの頃は何もかもが楽しく期待に溢れていた。そのうえ父上が国許の五溺塾(ごできじゅく)を尋ねる時には惣右介もお供をすることが許されていた。そこでは大人と一緒に無極(むきょく)先生の話を聞くことができた。鶴のように細く、総髪の先生の姿を思い出す。だがもう既に五溺塾は無く、無極先生も黄泉に旅立たれてしまった。そして惣右介自身、今はすっかり、この体たらくだ。父上に申し訳ないと思いつつ、今の自分にはこれで精いっぱいだ。

 考えても仕方のないことを振り飛ばすように頭を振り、小滝の握り飯に噛り付く。小滝の手で握るので、惣右介の掌の半分ほどの大きさだ。まだまだ小滝にとっては「若様」であり、惣右介は小さいままなのだろう。腹は一杯にならないが、今の自分の禄ではこれでも贅沢だ。小滝はきっと薄い粥を食べているのではないだろうか。山の中で何か滋養のありそうなものを探して帰ろう。この季節には何も目ぼしいものが無いかもしれないが。その時には帰り道の途中、ご城下の北のはずれに少し回り道をして、しまゐ屋の女将にとろろ汁を少し分けてもらおう。二個目の握り飯の最後を口に入れて、惣右介はそう思った。

 そしてまたご城下を見やる。今頃、ご城下は年の瀬と新年の初売りの準備で慌ただしいことだろう。どちらも自分には縁が無いが、それでもご城下が活気づいているのを感じるのは、自分の気持ちも浮き立つような気がしてくる。遠く青嵐山の上に蓮臺藩の城が小さく少しだけ見える。

(江戸の若様、お国入り…か。ま、その為の御野初の準備だが。俺の知ったことではないがな)

 今年は冬が遅い。何度か雪は降ったが、まだ積もるまでは至っていない。できればこのまま御野初まで保ってくれれば良いが、今、雪が降らないのは百姓には心配なことだろう。自分で畑もやる惣右介はそう思う。冬の雪は、夏の暑さに備えてくれる。それにこの時期、雪が降らないという事は、気が乾き、火事が起こりやすいという事だ。関東と違い、湿った風が吹く地方ではあるが、やはり火事が起これば大ごとになる。惣右介が検分しているのは、火事の種が無いかどうかを確認する意図もあった。竹筒の水を一口飲み、

「さあ行くか」

 声を出して立ち上がる。と、そのとき。

「あ、いたいた!」

 草むらの向こう、藪の中から声が聞こえた。がさがさと草をかき分ける乾いた音がして、バラバラと子供たちが現れた。それはいつもの見知った顔だった。

「そうすけどーん!」

 五作、太郎、寅吉、五作の妹・みの、さち、太郎の弟・次郎。鶴賀谷村の子供が、山の中に枯れ木を拾いに来ているのだ。子供たちも正月の準備に駆り出されている。

「おう!今日は良く採れているか?」

 惣右介は気さくに声をかける。

「おう!もう今日の分は集まった!」

 年長の五作が大人ぶって答える。

「そうか、良かったな」

 惣右介も嬉しそうに返す。子供達は背中いっぱいに枯れ木を背負っている。

「そうすけどん、いか凧揚げてよ」

「よしよし!」

 五作が背負子の陰から、いか凧を取り出す。それは惣右介が作ってやったものだ。

「よおし、いいか」

 折しも良い風が吹いてきた。風に乗って、いか凧はびゅうんと、高く舞い上がる。五作もいか凧を揚げるのは上手なのだが、今はまだ惣右介の方が上背があるため、五作よりも高く揚がる。どれだけ高く揚げられるのかを楽しみにしている彼らにとって、惣右介が揚げてくれるのは最高の楽しみなのだった。

「たかい!たかい!」

「すごい!すごい!」

 子ども達が歓声を揚げる。惣右介も高い空に上がったいか凧を見上げる。

「ああ、いか凧はいいなあ」

 思わず惣右介が言うと、子供たちも「もっと!もっと!」と歓声を上げる。

 いか凧は悠々と空の高みに揚がり、冬の光を一身に浴びていた。


 新年になった。

 蓮臺藩の正月は当代様へのご挨拶から始まる。初日にはご分家、ご親戚、ご重役、家臣の中でも主だった者、そして二日目にはそれ以外の家臣が御挨拶に青嵐山の蓮臺城に登城する。

 実之助は明け前から正装で挨拶を受ける。まずは一門筆頭の津野田(つのだ)氏から挨拶が始まった。津野田氏はもともと足利将軍の頃からの由緒ある名家であり、戦国の世が終わりを告げると同時に初代お館様に家中に迎え入れられたのだ。

 実之助は三日前に筆頭奉行の深山伯山から正月の来客目録と段取りを告げられ、挨拶の特訓をされたのであった。奉行というのは他藩では家老を指し、蓮臺藩独自の職制である。

「とにかく、ゆっくりと自信をもって言うこと」

「不必要なことは言わないこと」

「不意の質問には『それは改めて』と答えること…」

 深山の用意した段取り一覧に最初は面食らったが、今となってはその心遣いが有難い。父・総次郎の江戸での正月は見てきたが、当主として国許での正月は見たことが無い。規模も段取りも江戸での正月とはたいそう差がありそうだった。確か初代お館様は「国許ではゆっくりとするように」と実之助の父である先代様には言った…とのことだったが、とてもそんな気分には、今のところなれない。

「次は一ノ関(いちのせき)千勝(ゆきまさ)様にございます」

 深山が重々しくそう告げた。二番手は、実之助の叔父・一ノ関氏こと篁千勝であった。父・総次郎の弟で初代お舘様の十男である。押し出しの良い叔父は、重厚な面持ちで実之助に当たり障りのない正月の挨拶を言上した。実之助も決まり通りに挨拶した。

「して、ご当主様」

 一ノ関の叔父は不意に言った。

「お世継ぎはお決めになり申したか」

 実之助は不意を食らって、つい何か答えそうになったが、深山が心持ち頭を上げ、視線だけを厳しく実之助に向けていた。

(ああ、そうであった)

 お世継ぎと言っても、実之助に正室はおらず、つい先だって側室に發子を迎えたばかりである。自分が当代を継いだばかりで、お世継ぎどころではないのだ。一ノ関の叔父とは江戸でも顔を合わせていたが、圧があり、何となく苦手だった。確かに江戸で家督を継いだ際、将軍家へのご挨拶の後にも聞かれていたことだった。

「それは改めて」

 やっとの思いで実之助は言った。(はあ、良かった、深山のおかげだ)

「これは出過ぎたことを申しました」

 一歩後ろに躙り(にじり)下がって、頭を下げてはいるが、きっと心の中は正反対だろう。

 一ノ関の叔父は退出した。襖が閉められたあと、思わずため息が漏れた。

「ご当主様、よく頑張られました。さあ、もうおひとり」

 深山は小さい声で言った。

「もうひとりか」

「はい。御一門の中のご意見番を自負されておりまする。堪えてくださいませ」

 そういうと、今度は打って変わって張りのある声で

三春(みはる)右京亮(うきょうのすけ)様にございます」

 深山が告げる。(ああ、美春の兄上か)実之助はまたため息をつく。今日の挨拶に来ることはわかっていたのに、やはり気が重くなる。三春右京亮は実之助の年の離れた異母兄だった。亡き父・総次郎にとって長男、次男が早世した今、長子でもある。三春家は坂上田村麻呂の時代からの名家であり、実之助の祖母の実家だった。

「ご当主様、新年あけましておめでとうございます。」

 三春の兄は型通りの新年の挨拶をした後、ずずっと前にいざり寄り、

「お国入りから体調がすぐれず、城に引きこもってばかりと聞いたが、それはまことか」

 大丈夫か…と聞かないところが、三春の兄らしい。兄は身体頑健で鳴らしている。

「それは改めて」

 実之助は声に感情が出ないように気を付けて、ゆっくりと答えた。深山の用意した『それは改めて』はなんと重宝な答えではないか。実之助は深山の配慮に心から感謝した。

「ふむ。そうか。今日は新年の客も多かろう。また改めて、わしも来ようぞ。そのときにゆっくりと藩主としての心構えについて話をしようではないか。まあ、御野初もあるしの。その時に話す折もあるだろう」

 実之助の胃はぎゅっと縮んだ。

「さようでございますな、兄上。また、改めて」

 再び、実之助は言った。美春の兄は不服そうではあったが、礼儀正しく退室していった。

「ご当主様、ご一門のご重鎮方は以上でございます。あとは家臣からのご挨拶のみ。お気楽になさってくださいませ。ですが、ご油断はなさりませんように」

 筆頭奉行・深山の気遣いが有難い。まるで發子が傍にいるようだ。

「あいわかった。深山、感謝するぞ」

「いたみ入りまする。あとは、御野初にて、毅然とした態度を取ってくだされば、今回は切り抜けられましょう」

(今回は?切り抜けられる?)

 深山の言葉には引っかかるものがあったが、それよりも何よりも

(そうだ、御野初。これも気鬱の元だ。狩りなんて、とんでもない。考えただけでもうんざりだ)

 考えないようにしていたが、もう二日後に迫ってきている。

(ああ、御野初の前の晩に大雪が降ればよいのに)

 実之助は心からそう思った。

 その後は一門、一家、準一家、一族、宿老、着座と家格別に挨拶が進んでいく。一家より後は大広間にて,その家格ごとに挨拶を受ける。

「深山。今日はこれで終わりだな」

 実之助の記憶では、確か目録はそうなっていたはずだ。

 深山は少し間を置き、そして居住まいを正して言った。

「もうおひとり、いらっしゃいます」

「もうひとり?先の目録では、元旦の挨拶は以上だったはずだ」

「はい。お名前を書き込むことが出来ない方がいらっしゃいました」

「名前を書き込むことが出来ない?」

 それは記録に残せないという事だ。一体どういうことだ?

「只今、控えていらっしゃいますので、こちらに案内させます」

 今は大広間だ。こんな広いところで、一人と会うのか?何か不自然だ。

「深山。それはいったい」

 深山は、実之助の方を見ない。

 襖の向こうで(ご案内いたしました)と声がした。

「いらっしゃいました」

 と、深山が言った。深山の物言いがちぐはぐだ。相手はいったい一門なのか、家臣なのか。実之助は考えあぐねる。名前を記すことができない人物とはいったい誰なのか?

 大広間の向こうから、男が入ってきた。

 男は頭巾を被っている。身体を縮めるようにして猫背になっており、顔は下に向けている。今までの家臣たちのかしこまった挨拶とは違い、気が入っていない様子がわかる…と、実之助はなぜか思った。男は顔を上げないまま実之助のいる上座よりかなり前で、長い手足を折りたたむようにかしこまり、そして頭を畳につけた。

「頭巾をとりませい」

 深山が言った。男は上体を起こし、両手で丁寧に頭巾を取ると、又両手をついた。

「惣右介にござる。新年のご挨拶に上がり申した」

 実之助は(ああ)と思った。胸が熱くなった。

「ご当主様には、新年あけましておめでとうございまする」

「惣右介、久しぶりじゃ。よく来てくれた。八年ぶりかの」

 実之助は自分でも馬鹿なことを言っていると思ったが、言わずにはいられなかった。

 惣右介が姿を消したのは、自分との跡目争いが原因と聞いている。あの時は周囲の勝手な思惑により、実之助が全くあずかり知らないところで物事がすすみ、そして終わった。実之助が知った時には、惣右介の両親は亡くなり、惣右介は江戸から去り、笹葉(ささば)家のご領地は藩直轄の蔵入地になっていた。自分はあの時も体調を崩して、すべてが終わった後、發子から顛末を聞いたのだった。実之助と發子、惣右介は幼馴染であった。幼き日、英邁だった惣右介は若様のご近習候補として、江戸の蓮臺藩上屋敷や中屋敷に出入りすることを特別に許されていていた。

「八年…に、なりましょうか」

 惣右介は頭を上げて、だが視線は落としたまま表情もなく答えた。本来家臣であれば、勝手に頭を上げるなど言語道断であるが、深山は何も言わなかった。深山も惣右介の扱いに困惑しているのであろう、と実之助は思った。それなら、先ほどからのちぐはぐさは理解できる。何といっても、惣右介は初代お舘様の孫である。惣右介の母がお館様の娘だった。惣右介の祖父・笹葉不曲(ぶきょく)は、号を名乗る前は松鶴介(まつのすけ)と言い、戦国の世ではお館様の右腕として鳴らした武将だった。惣右介の父・笹葉左馬之助(さまのすけ)も、笹葉家の家臣は勿論、知行地の三杉(みすぎ)でも領民にも慕われ、人望篤い人物だったと聞いている。初代お舘様の孫ということは、もちろん実之助の従兄弟である。何よりも文武両道だった温和な惣右介を、実之助は実の兄よりも慕っていた。

 惣右介が国許に帰って以来、何度か手紙を出したが、惣右介からの返信は全くなかった。發子から顛末を聞いてからは(それでは自分のことをさぞや恨んでいるに違いない)と思い諦めたのだった。

「惣右介、恙ないか」

 何を聞いても自分が馬鹿に思える。実之助は心の中でそう感じる。

「おかげさまで、恙なくやっておりまする」

「そうか。して、ご城内ではどのような役職を?」

 一瞬、惣右介は目を伏せ、

「何も…いや、一応、御狩場検分役にござる」

 御狩場検分役…。それがどんな役目か、さすがの実之助にもわかる。出世の見込みのない全くの閑職だ。家格だけで言えば、惣右介はもともと戦国の世から続く「一家」である。

 本来であれば、ご家中では深山のような筆頭奉行にもなれるという家格だ。

 確かにあの一件でご領地が召し上げられ、直轄領になってしまったとは聞いていたが、初代お館様の血を継ぐ惣右介がそのような役職についているとは驚きだった。

 言われて見れば、惣右介の裃は清潔で糊もしっかりとあててあったが、着物自体の柄も織りも、ひと昔もふた昔も前の古いもので、惣右介の祖父・不曲が慶兆(けいちょう)の役の際に太閤殿下よりご褒美で賜ったもの…と聞いても納得するような代物だった。なにせ重たそうなのだ。江戸育ちで女たちに囲まれて育った実之助は、装束には目が肥えている。

「御狩場検分役…では、御野初にて会えるな」

 あまりに懐かしく、実之助はつい昔の気分で言った。

「惣右介殿は」

 深山が慌てて入った。深山は苗字を呼ばなかった。

「深山様、お気遣いくださいますな」と惣右介は言って、

「ご当主様、私は御野初の本番には参加いたしませぬ。もちろん、検分役ゆえお狩場にはおりますが、私は皆さま方の目の届かないところに待機しておりまする」

 慌てた深山をゆっくりと制するように、落ち着いた声で惣右介は言う。

「私は居ても、いない者となりますれば」

 実之助は惣右介の言っている意味がわからない。

「深山、それはどういうことなのだ?」

「ご当主様、それはまた改めて」

 深山が言った。瞬間、(ああ、これは深山の方便のための言葉であったか…)と、実之助は先ほど深山に感謝したことを後悔した。

「ご挨拶も申し上げたので、これにて失礼つかまつる、ごめん」

 惣右介は再び頭巾を無造作に被ると、ばっと袴の音を立てて立ち上がる。

「惣右介、待て」

 実之助が声をかけたが、惣右介はそのままくるりと背中を向け、大広間から出て行った。本来は無礼にもほどがあるのだが、それも致し方あるまい。

 実之助はその後ろ姿を呆然とした気持ちで見送った。

「ご当主様、正月の膳のご相伴を皆がお待ちしております。そちらに参りましょう」

 と、深山は立ち上がり、実之助を促した。

 深山こそ、無礼ではないか?と実之助は思った。


「ただ今、戻った」

 たいして広くも無いあばら屋だが、惣右介は声をかけた。近頃、小滝の耳がめっきり遠くなって来たからだ。

「若様、お帰りなさいませ」

 小滝は奥から、ゆっくりと表に出て来た。

「ご無事で何より」

 小滝は泣いている。それだけ、心配でたまらなかったのだろう。何せ、新年のご挨拶に呼ばれるなど、八年ぶりだからだ。今更、何のために深山は自分をお城に呼び、ご当主様にお目見えさせたのだろうか。

「お城に挨拶に行ったくらいで、大袈裟だなぁ、小滝は」

 口ではそう言いながら、実は内心、惣右介も万が一の覚悟はしていた。

「ほれ、五体満足だ、安心してくれ」

 惣右介は手を広げて見せる。

「よございました」

 涙もおさまり、小滝の口調が変わった。

「突然,お城にお召しだなんて、ほんにひと月早く言ってくだされば、袴も何も仕立て直したものを…ああ,情けない、笹葉家の若様がこんな古びたものをそのまま…」

(装束の愚痴になったということは、安心したのだろうな)

 と、惣右介も安堵した。

「まあ,良いではないか。古いが御爺様(おじじさま)が太閤殿下から拝領したものだ。こんな事でも無ければ、表にでることもなかったろう。どんなに落ちぶれても,これだけは、と守ってくれた小滝のおかげだ。礼を言うぞ,小滝」

 惣右介は本心から言った。今、惣右介の身を案じてくれるのは小滝だけだ。

「ああ、若様、勿体無い」

 小滝はまた泣きだした。気丈な小滝だったが、近頃、歳のせいか涙もろくなった。

「ほれ、小滝、お城で正月の料理を折にしてくれた。きんきはもちろん、小滝の好きな栗のきんとんも入っているぞ」

 左手に持っていた風呂敷を見せ、小滝に渡す。

「俺は城で頂戴してきた。全部,小滝の分だ。それに餅や(はぜ)、いくらも持たせてくれた」

 まあまあまあ!と小滝の目が輝いた。

「これで正月の雑煮を作ることが出来まする。何年振りかのお正月支度!ありがたい。

 門松がなくとも、お正月らしくなります、ああよかった」

「そうだな」

 惣右介の家には門松はない。門松を立てることを許されていなかったからだ。

 惣右介は羽織を脱ぎ、腰のものを床の間に置いた。重たかったものを下ろし、ため息を吐き出したかったが、それを小滝に聞かれると面倒なことになる。惣右介は、ぐっとこらえた。腰のしつらえは滅多に持ち出すことが無く、今日も久しぶりに出してきたのだ。実戦で使う機会もなく、父の形見ということで手入れは怠っていないが、腰に差し慣れていないせいか、やはり重い。苗字の名乗りが許されていないのに、正装で来いとは馬鹿馬鹿しいにもほどがある。だが、こんなことは口が裂けても小滝の前では言えなかった。

「深山様が小滝によろしく、と」

 何げないふりをして、惣右介は言った。

「はん?」

 小滝の声が低くなる。

「あの『てほ語り』めが」

 深山の名を聞くと、途端に小滝の口は悪くなる。深山は父が存命中は、父の親友だった。だが()()()、父とは袂を分かったのだ。小滝は深山のことを『てほ語り(うそつき)』と言ってはばからない。

「小滝、深山様はお立場上,仕方なかろう。このようにお気遣いくださるだけ,ありがたいものだ」

 常に惣右介より先に小滝が機嫌を損ねるので、自然、惣右介が宥め役にまわる。そのため、この八年いつも惣右介は怒り損ねていた。近頃ではすっかりそれにも慣れてしまい、深山に対して何も感じなくなっている。深山にだけでなく、すべてのことに何も感じなくなっていくかのようだ。

 ()()()から既に八年。時は過ぎ世の中は変わったが、惣右介の時間は八年前から止まったままだった。八年間、惣右介の毎日はただただ判で押したような日々だ。()()()、命は助けられたが、それが良かったのかどうか…すら、もう考えられない。そもそも、()()()…そうだ、()()()のことは事件ですらなく、正史の記録には全ては無かったことにされている。今、惣右介本来の生死についても、このご家中の記録にはどこにもない。笹葉惣右介は正式には存在しないのだ。生まれてきてすらいないことになっている。

 それが、惣右介に与えられた刑罰であった。こんな刑罰を考えたのは、深山伯山だと聞いている。なんでも無刑というらしい。もう一人惣右介と同じ刑罰を受けることによって、命を救われたものがいると風の噂で聞いているが、それが誰なのかは皆が口を閉ざしている。ほんのひと握りの者を除いてご家中の人間は惣右介とは目を合わせない。必要最低限の会話も直接は交わさない。とは言え、それは武家の者たちのみであり、町人や農民はそんなことは全く意に介さず、惣右介と気さくに交わっていた。惣右介にとっては、堅苦しくなく有難かったくらいだ。

「若様、お餅はいくつ召し上がられますか」

 小滝の声で惣右介は我に返った。今更、考えてもせんのないことに頭を使って何になろうか。惣右介はいつもの惣右介に戻った。


 正月も三日になった。

 今日はいよいよ御野初の本番である。実之助の願いむなしく、雪は降らなかった。

 御狩場となる鶴賀谷の丘の上には陣が張られ、幕内にはご家中の名だたる者たちが勢ぞろいしていた。一門以下勢子にいたるまで二千人を越える人数が参加している。陣の内には叔父である一ノ関氏、美春の兄も揃っている。まだ日が上がる前の時間であり、暗くて寒いはずだが、陣の内のそこかしこに篝火が仕立てられ、幕に隔てられたおかげで明るく暖かい。寒いのが苦手な実之助も陣の内にいる限りは何とか耐えられそうだった。普段は人がいないお狩場の地を大勢の者が行き交い、何匹もの猟犬の吠える声、馬のいななき、冬の朝とは思えない騒がしさだ。興奮と熱気がそこら中にあった。

「あとどれくらいで、日が昇るのだ?」

 御野初は日の出とともに開始される。実之助は傍に控えている深山に聞いた。

「四半時ほどで日が昇りまする。海の果てに日が姿を見せ始めましたなら、海より順に太鼓にて合図が送られます。最後の太鼓がこの鶴賀谷に届いたときに、開始の合図を法螺貝が告げまする」

「そうであったな」

 ということは、日が昇ってからもしばらくは時間がかかるという事だ。古風なやりかたで致し方ないとはいえ、実之助は少しうんざりした。最後の太鼓が鶴賀谷に響いたら、法螺貝が鳴る。それと同時に実之助は立ち上がり、

「皆のもの、出陣じゃ!」と号令をかける段取りだ。

 戦国時代を偲んでの行事でもあるから仕方ないが、大声など出したことが無いわが身である。この何日か、深山とともに朝早くに大声を出す練習もしたが、その成果が発揮できるのかどうか甚だ疑わしい。実之助の声は青嵐山の御裏林(おうらばやし)から龍ヶ峰(りゅうがみね)渓谷に空しく散ってしまうばかりだった。「腹にもっと力を入れて」と、深山は熱心に指導してくれたが、

(深山はなぜ、こんなに一生懸命なんだろう?)

 と実之助は有難くも不思議に思うばかりで、声は一向に大きくならなかった。

「ご当主様、本日の鷹と鷹数寄者(たかすきもの)・矢萩の二代目佐久衛門の倅、鷹仕(たかし)にござりまする」

 実之助の前に、鷹を左手の腕に掲げ持った黒装束の男が控えた。ご家中の鷹数寄者・二代目矢萩佐久衛門の次男、鷹仕だった。現在は鷹仕の兄が三代目の矢萩佐久衛門の名を継いでいる。矢萩佐久衛門は蓮臺藩の鷹数寄者が代々継ぐ名前だ。

「ご当主様には御野初、お慶び申し上げまする。本日の鷹は荒星(あらぼし)と申しまする」

 鷹数寄者は顔を上げずに言った。

「おお!立派な鷹じゃな」

 荒星という名の鷹は大きく、落ち着いていた。

 何よりも特徴的だったのは額に白い星があった。

「なるほど、額の星で荒星なのじゃな」

「代々、ご当主様の鷹には星がございます。先代様の鷹にもございました」

 深山が言った。鷹数寄者は全く動かない。

「ああ、そういえば…先代様の鷹を幼き頃に見たことがある。確かに星があったかと。あれは確か…凍星(いてぼし)といったような…」

 荒星がかすかに動いた。同時に

「ここは人が多く、荒星が落ち着かなくなりますので、控えの位置に戻りまする」

 矢萩佐久衛門の次男はそう言って立ちあがると一礼し、その場を去っていった。本来であれば、このような挨拶も昨年の内にすべきであり、また鷹との息合わせもするはずであった。だが実之助の体調が安定していなかったために、今ここで初のお目見えとなってしまった。何もかもが付け焼刃で、間に合わせばかりだ。本当にこんな調子で御野初は上手くいくのであろうか。実之助には不安しかなかった。


 暗かった夜明け前の空が東の方から少し白み始めた。海の向こうに日が昇り始めたのだ。遠くから、かすかにどおん、どおんと太鼓の音がした。海の近くの一の太鼓だ。

 一の太鼓の音に重なるように、どおんどん、どおんどんと二の太鼓が続く。

 少しずつ、近づきながら三の太鼓、四の太鼓と太鼓の響きは重ねられ、それが合奏となって響き渡り、夜が明けていく様は壮観な光景だった。冬の夜の名残り、明け方の星たちは闇とともに追いやられ、代わって眩しい陽の光が美しい蓮臺の山や川、冬の蓮臺平野を少しずつ照らし出す。丘の上から見える清瀬川の流れは、陽の光に呼応するようにきらきらと反射している。太鼓の音は蓮臺平野のそこかしこに満ち溢れ、自然と気持ちが高揚してくる。八番目の太鼓が鶴賀谷の近くで鳴った。

 それを受けて、法螺貝が鳴り響き、次の瞬間「うぉー」という(とき)の声、馬の響き、勢子たちの掛け声、犬の鳴き声…御野初が始まった。

「始まったな」

 惣右介は松野森の山の上の見晴台で、その音を聞いた。ここはお狩場の端だ。ここまではよほどのことが無ければ誰も来ない。鹿や猪は猟犬や勢子たちがお狩場の中央へと追い込む。今日で言えば楠岡(くすおか)のあたりだろうか。あくまで正月の大事な行事なので、お昼までには狩りを終え、獲物を料理して皆にふるまう…というところまでが一連の流れだ。その後は城に戻っての行事が続く。昔はお館様手ずから調理してふるまったそうだ。

(実之助はするのだろうか)

 惣右介はふとそんなことを考えた。

 八年ぶりに会った実之助は大人になってはいたが、やはり優しい柔和な顔つきだった。決して頑健そうには見えなかったし、疲れと不安をその顔の中に垣間見た気がした。

 江戸育ちで、大切に御殿の奥で育てられていた実之助。実之助の養母である正室・澂子(すみこ)様を惣右介も覚えている。何度か江戸・愛宕下の上屋敷でお会いしていた。実之助の生母・櫛司舜子(くしつかさみつこ)様は実之助が生れた時に亡くなられていた。舜子様は内密に京都から降嫁され、今上帝の叔母にあたられると聞いている。実之助の体質は公家の舜子様に似たのだ…と、厨の女たちが噂していたのも聞いた。そして澂子様はあの当時、将軍様のお従姉弟様とのことだった。澂子様とお会いすると「玲瓏」という言葉をいつも思い出した。

 そして發子殿。なんでも去年、実之助の側室になったという事だから、今は發子様か。

 目鼻立ちの整った聡明な少女だったと思う。凛として薙刀を構え、お付きの者たちと稽古していたのを思い出す。

「私が実之助さまをお守りいたします」

 と二言目には言っていた。

 普段はあまり笑わない澂子様が、その時だけは満面の笑みで満足そうに微笑まれていた。

 最後に会った時、実之助と發子は十一歳、惣右介は十三歳。惣右介は元服直前だった。

 その頃の惣右介は蓮臺ではなく、「若君のお相手」という表向きで江戸に遊学していた。もともと江戸生まれ、江戸育ちではあったが、蓮臺藩上屋敷の長屋に一人前に一室を与えられ、江戸に住まう学者・医者・武芸者を訪い、いろいろなことを学んでいた。それは父の跡を継いで笹葉家の領地・三杉の良き統治者になるためでもあり、ゆくゆくは実之助に仕え、蓮臺藩の運営の担い手になるべく期待されていたからであった。

 この日は江戸の上屋敷でいつもの通り、実之助と一緒に澁谷先生から天体についての御進講を受け、發子殿は隣の部屋で侍女たちと縫物をする体で、やはり講話に耳を澄ましていた。

 突如「ごめん」と奥付(おくづき)近習頭(きんじゅうがしら)荒獅子(あらじし)漢之助(おとこのすけ)が駆け込んできて、

「笹葉惣右介殿、早馬でござる。お国元に戻りませい」と伝えられた。

「国元?まさか今から?」

「さようでござる」

「それは一大事じゃ、惣右介、早う」

 実之助も不安な顔をしている。手を取られるようにして立ち上がり、惣右介は奥の間を後にした。通用門に向かって速足で歩きながら、

「いったい何があったのですか」

「お父上に何かあったようでござる。まだ詳細は分からん」

 父上に何か…。なんだろうか。確かに父も母も今は蓮臺にいる。父のことで早馬などと、父本人が仕立てるはずがない。であれば、父に何かあったのだ。それも火急を要することが、だ。

 あれはいったい何だったのだろうか。そのころの記憶が惣右介にはぽっかりと抜けている。ひと月もたたないうちに、惣右介の父は病死、後を追うように母も病死とされ、そして惣右介は「無刑」という処罰を賜った。領地であった三杉は召し上げられ、御舘様以前からの名門・笹葉家は無くなってしまったのだった。


 陽が昇ってから、既に一刻が過ぎようとしている。冬の低い空が広がっていた。東北特有の岩絵の具の青に白を混ぜたような色の空だ。日が昇ったとはいえ、今は一年で一番寒い時期である。蓮臺平野に冷たく重い風が吹き、石を載せた道は凍る。

 御野初の前に再度検分しているので、凍ったところ、足場の悪いところは避けて歩く。

 しゃくっ、しゃくっと霜柱の崩れる音だけがする。

 子供の頃は、冬の朝の音が楽しみだった。朝の目が覚めた寝床の中で、どんな音が聞こえるか…氷柱から滴り落ちるしずくの音が大きければ、今日は暖かい。初午の日の車輪の音には気持ちが浮き立たせられる。そして、何も聞こえない…まったく静かな日は、雪だ。それも一面真っ白になっている。全てが雪に吸い込まれてしまうのだ。

 雪といえば、思い出す人がいる。

(そら殿はどうしているだろうか)

 父と通っていた五溺塾の埜口(のぐち)先生の娘・そら殿だ。惣右介より、確か八歳くらい年上だったか。「そら」というのは海を隔てた隣国の言葉で「雪」を意味するらしい…と聞いた。

 惣右介に胡琴を教えてくれたのも、そら殿だった。埜口先生は夜、門人たちと酒盛りをする時に決まって、そら殿に胡琴を所望した。物悲しいような、深いような、不思議な気持ちになる音色だった。

 ある日の昼下がり、誰もいないときにそら殿が一人軒先で胡琴を弾いていたことがあった。ちょうど、父の使いで五溺塾を訪れた惣右介はその姿をじっと見ていた。

 それに気付いたそら殿が

「惣右介さまも弾いてみられますか」

 と、にっこりと笑った。

 その時、惣右介は初めてそら殿が笑ったのを見た…と思ったのだ。

 それから、そら殿は折々に、惣右介に胡琴の手ほどきをしてくれた。

 物静かで聡明、気品のある美しさは、發子殿のような華やかさではなかったが、雪の中に咲く椿のようだった。

 そら殿は嫁入りの話があったはずだ。埜口先生が「そらが嫁に行きたがらない」と言っているのを聞いた父が「埜口先生も娘御のことになると人の子だな」と笑っていたのを覚えている。そして子供心になぜか、ほっとしたのだった。

 あれから八年経っている。

 きっと今頃は良き妻、良き母になっているに違いない。

 昔のことばかり、考えてしまうのは実之助に再会したせいだろうか。自分の感傷的な部分に(我ながら…)と、惣右介は苦笑いした。

(それにしても、今年は雪が少ないな)

 惣右介は降らない雪のことをまた思い、顔を上げた。

 と、そのとき。

(ん?これは)

 冷たい気の中に微かな匂いを感じた。

 それは何かを焼いているかのような匂いだ。

(谷底の村で、朝餉の支度でもしているのか)

 と最初は思ったが、いや、正月のまだ三日だ。

 竈は使うまい。

 ほのかに煙が流れてきた。

(や、これは野火か)

 煙が流れてくる元の方を確認し、惣右介は足早にそちらに向かう。

 枯れた草をかき分け、踏みしだきながら、進んでいく。

 煙と匂いがだんだん、強くなってきた。駆け足になる。

 ぶすぶすと、音が聞こえ始める。

 それはどんどん、大きく強くなるばかりだった。

 バチバチと激しく燃える炎が見え始め、あたりの温度は上がり、煙で白くなる。

(これは通信凧を揚げなくては!)

 惣右介は元の高台に戻るために、くるりと踵を返した。

 すると、惣右介の足元の(くさむら)から小さい白いものがバラバラと飛び出してきた。

(ねずみ!)

 白いねずみがそこらじゅうから、飛び出し、惣右介の周りに群れだした。

 そして、そのねずみ達はちうちうではなく、何か不思議な鳴き声を発していた。

(一体、どうしたっていうんだ)

 惣右介は早く!と急くが、惣右介の前にひときわ大きな白いねずみが立ちはだかり、惣右介をキッと見据えた(気がした)。

「何をしておる!早く逃げろ!」

 ねずみ相手に惣右介は叱責した。

 いつの間にか、大ねずみとともにねずみ達が惣右介を取り囲むように並び、惣右介の行く手を完全に塞いでいる。

 バラバラに鳴いていたねずみ達の鳴き声は、徐々に徐々にまとまっていき、それは「うちはほらほら、そとはすぶすぶ」と聞こえるまでになった。

「なんだ、なんだ!」

 惣右介は無視して、ねずみを乗り越えようとするが、ねずみ達の層は厚く、足を延ばしたものの一歩では届かない。

 笹葉の家では「ねずみ殿を大切に扱え」…という言い伝えがあったが、こんな窮地に追い込まれては、それどころではない。

 大きいねずみを中心としたねずみの群れは、「うちはほらほら、そとはすぶすぶ」と歌いながら、じわじわと惣右介を追い詰めつつ、煙が流れてくる元へと進んでいく。

 自然と惣右介もそちらの方向へと後ろ向きに進まざるを得ない。

「うちはほらほら、そとはすぶすぶ」

 白煙の中、ねずみの歌は続く。

 早く注進しないと、この辺りが焼け野原になってしまう。

 惣右介の気持ちは焦るばかりだ。

(なぜ逃げん?)

 依然として、ねずみ達は惣右介の行く手を阻みながら、歌をうたっている。

(うちはほらほら、そとはすぶすぶって)

 後ろ向きに歩いていたその時、惣右介の踵が何かにぶつかり、危うくひっくり返りそうになった。おっと、と声を出して前かがみになって均衡を取り、そのついでに逆さのまま、ぶつかったものを見た。

 それは狩り装束の塊だった。

 人が倒れていたのだ。

(これを報せたかったのか)

 惣右介はひとりで納得する。

「おい、大丈夫か?」

 と抱き起すと、意識が無く、ぐったりしている。

 抱え込んで顔を上げさせると、果たしてそれは実之助だった。

「なんで、こんなところに!」

 わけのわからない事ばかりで、さすがの惣右介も混乱し始めていた。

「実之助、実之助、しっかりしろ!」

 火が傍まで来ている。

 そのうえ、ねずみ達に追い詰められたせいで、火に取り囲まれつつあるらしい。

 つまり逃げ道を失いつつあるという事だ。

 ねずみ達はあいかわらず、白煙の中で歌っている。

(うちはほらほら、そとはすぶすぶ…)

 もしや、それは。昔、矩長(のりなが)先生の御進講で聞いたことがある…大国主命(おおくにぬしのみこと)の故事か?

「ねずみ殿、それは内側はうつろで、外側はすぼんでいる、ということか?」

 大きいねずみが前足を胸の前に重ね、頷いたように見えた。

 途端にねずみ達はちうちうと普通に鳴きながら散っていく。

 一斉に波が引くように消えた。

 惣右介は「ええい、ままよ」と、実之助を肩に担ぎ上げ、右足でドン!と地面を踏み込んだ。

 その瞬間、めりめりめりっという音ともに、地面が割れ、惣右介は実之助を担いだまま、地の底に落ちた。ドスンと激しい音はしたが、幸い、落ちたばかりの土が積もった場所の上に落ちた。

 惣右介は今落ちてきた地面を見上げる。

 先ほどの大きな白ねずみが惣右介達を見届けるかのように、穴の淵からのぞき込んでいた。惣右介と目が合うと、大きな白ねずみは何かを穴に投げ入れた。それは小さく折りたたまれており、惣右介が拾い上げると大きな白ねずみは頷いた(ように見えた)。

(なんだ、なんだ?)と惣右介はそれをバサバサと広げてみた。小さく折りたたまれていた「それ」は広げると一畳ほどの大きさの一枚革になった。

「これで覆えと言うのか?」

 惣右介は大きな白ねずみに問いかけた。藁にもすがる思いだった。大きな白ねずみは再び頷いた(ように見えた)。

 そして、くるりと後ろを向いて去っていった。

 その時、(あ、足だけは黒いのだな)と、何故か惣右介は思った。

 白煙はより濃く、穴の中にも入り込み始め、火の近づいてくる音もますます大きくなる。

「こりゃ、たまらん」

 惣右介は実之助の鼻と口を手拭いで覆った。

 自分には、己の肌着の袖を引きちぎり、鼻と口を覆った。

(ああ、これでまた小滝のお小言があるな)と思いながら、実之助に覆いかぶさるように体制を整え、大きな白ねずみが落とした一枚革を頭から被った。

 そのとき目の先で、白いものが動いた。

「ちうちう」

 今度はひときわ小さい白ねずみだった。

「なんだ、お前は逃げ遅れたのか」

 白い小さなねずみは、惣右介に見とがめられたのが恐怖なのか、動けなくなっているようだ。

「おねずよ、こっちにこい!」

 惣右介は手を伸ばし、ぐわっと小さなねずみを掌で掴むと、そのまま自分の懐に入れた。

「乱暴して済まぬ。しばし、そこで我慢せよ、おねず殿」

 白い小さなねずみは気絶してしまっていた。

 実之助も白い小さなねずみも気絶しており、惣右介ひとりでこの場を何とか乗り越えなければならない。

 穴の中に白煙は充満し、とうとう頭の上を野火が走っていった。

 瞬間、穴の中が凄まじく熱くなり、もう駄目かもしれん…と惣右介は覚悟を決め、

「南無三!」と目を固くつぶった。


 バシャッと、冷たい水を頭からかけられ、惣右介は気がついた。

 途端に寒さが襲ってくる。この極寒の季節に人に水をかけるなんて…

「気がついたか」

 鷹数寄者の鷹仕(たかし)がのぞき込んでいた。

「お前…」

 惣右介は(何するんだ!)というところを飲み込んだ。

 そうだった、自分は野火に囲まれて、実之助とともに穴に落ちたのだった。

「俺は助かったのだな」

 やっと記憶と現状がつながった。

「蒸されて、お前は気を失っていた。だから水をかけた」

 鷹仕は淡々と言った。鷹仕の頭の向こう、空高く、鷹がくるくると飛んでいるのが見える。きっと荒星だろう…と、がばっと惣右介は上体を起こした。

「鷹仕、野火は治まったのか?」

「ああ、落ち着いた。お前が通信凧で知らせたからな。すぐに消火に取り掛かったが、大半焼けてしまった」

 なんのことだ?惣右介は耳を疑った。

「いや、俺は何もしていない。ご当主様を担いで、穴に潜るので精いっぱいだった」

「そうか。お前が言うなら、そうだろう。だが、野火の印の凧があがった」

 なんだろうか、あやかしの仕業か。

「ご当主様は?ご無事だったか」

「ああ、御無事だ。御家来衆が寄ってたかって真綿でくるんで、大事にお城に駕籠で連れ帰ったさ。ご苦労なことだな。で、お前は放り出され、深山様が俺を呼んだ…ということだ」

「そうか、すまぬ。ありがとう、鷹仕」

「ま、俺とお前はご家中では(はんぱ)者だからな」

 今、ここにいたのが鷹仕だけで良かった、と惣右介は思った。

「お前たちを見つけたのは、荒星だ」

 鷹仕は言った。

「そうか、感謝しなければ」

「ついては、おまえのその懐の中にある白ねずみを荒星に褒美としてやっていいか?」

(え!)惣右介は思い出した。気を失う前に、小さな白いねずみを懐に入れたのであった。恐る恐る懐を覗き込むと、小さな白いねずみは気絶したままだった。もしや死んだのか?惣右介はそっと手を当ててみた。まだ、あたたかく、早い脈を打っていた。

「申し訳ないが、このねずみは駄目だ。他の褒美を用意するから、これは勘弁してくれないか。笹葉ではねずみを粗末にするなという言い伝えがあるんだ」

「ふうん、そうか」と鷹仕はこれまた淡々と言った。

 いつの間にか鷹仕の肩に舞い降りていた荒星に向かって

「残念だったな、荒星。惣右介がもっと良い褒美をくれるそうだ。ねずみは諦めろ」

 と言った。鷹はじっと動かずに聞いていた。


 御野初の野火の話は惣右介が帰るのよりも早く、すでに小滝に届いていた。惣右介の無事を確かめると、案の定、着物をドロドロにしたことや、肌着を切り裂いたことを小滝に叱られた。もう子供じゃないのに、と惣右介は思うが、同じ理由で惣右介は叱られている。

 まあ仕方がない。小滝は心配のあまり玄関でずっと惣右介を待っていたのだった。今はお互い、ただひとりの身内だ。乳母と言っても、実際には祖母・母親のようなものだ。できるだけ心配させまいとは思っているが、なかなか難しい。

 その晩。心配疲れで小滝は早く寝てしまったが、惣右介は寝付かれなかった。

(誰が通信凧を揚げたのだろうか)

(いったい、あのねずみたちは何だったのだろうか)

(ねずみが助けてくれた…ということなのか)

(いや、実之助はなんだって、あんなところに倒れていたのか)

 考えれば考えるほど、謎である。

 確かに笹葉の家には「ねずみ殿を大切に扱え」という言い伝えがある。

「江戸育ちは、大黒様のお使いのねずみの話を知らんのかのう。我が家中では大黒様のねずみを大切にしなければならん。お館様の窮状を助けてくれて、ご恩があるからな。特に笹葉の家はそうじゃ」

 御爺様(おじじさま)はそう言っていた。戦国時代をお館様と一緒に駆け抜けた惣右介の祖父・笹葉不曲は、酒に酔うと必ずと言っていいほど、この話をした。

「御爺様、なぜ、特に笹葉の家はそうなのですか」と幼い惣右介が問うと、既にかなり聞し召していた祖父は「そういうものなのだ」というばかりだった。

 ぼんやりと惣右介が物思いにふけっていると、目の端で何かが動いた。あの白い小さなねずみだった。気絶したねずみを、惣右介はかごの中に手拭いを敷いて寝かせていた。

「おお、気がついたか」

 惣右介が手を伸ばすと、ねずみはその手を交わすように逃げた。そして、白い小さなねずみは惣右介に向かって何かを訴えるように、こちらに向かって歯をむき、激しく鳴いた。

 だが、惣右介にはただ、ちうちうとしか聞こえない。

「申し訳ないがおねず殿よ、お前の言っている事をわかってやれない。ゆるせよ」

 惣右介は困惑して言った。ねずみは小さく溜息をつき(そんな風に見えた)、じっと惣右介を見つめ、そしてくるりと踵をかえして暗闇に消えた。

(うーむ。何か怒っていたような気がする。助けたのは間違っていたのか)

 惣右介はどうしたら良いかわからなかった。いや何かにつけ、何かがわかった試しなど今までとんと無い。

(ああ、やっぱり俺は()()()()だ)惣右介は思った。

 


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