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むかしむかし、ざっとむかし

さあさあ、皆様 お立合い!

これから始まります

この物語は

全て 作り物 紛い物でございやす

登場する者みな

ひとときの幻、

うたかたの夢なれば

野暮は言いっこ無しですぜ!

 天賞(てんしょう)十三年十一月十六日  黒塚郡(くろづかぐん)陣鳥橋(じんとりばし)付近


 ぽつりぽつりと落ちて来始めた雨粒は、やがてザーッと音を立てて強い雨となった。

 雨粒は藤次郎(とうじろう)の額をたたき、顎へと流れていく。兜こそ被っていないが、具足は雨を含み、いつもよりも重たく感じる。

 流れていく雨が鬱陶しいのか、それともこの状況に苦虫を噛み潰しているのか、その両方なのか、藤次郎の表情は先ほどから歪んだままである。

「どうしたものか」

 思わず、口に出た。

 幸い、雨音のおかげで周囲のものには聞こえずに済んだようだ。

 家督を継いでからというもの、人前では決して弱音を吐かないようにしてきた。もともと幼き頃より、人前で弱音を吐くなどという事はしてこなかった。木から落ちて怪我をした際に目の玉をくりぬいた時でさえ、歯を食いしばって堪えた。あれは五歳の時だったか。

 藤次郎の一言が、家中の士気を左右してしまうことも確かだが、何よりも藤次郎自身が自分の弱音に負けてしまうような気がしたからである。

 師匠の龍吟禅師(りゅうぎんぜんし)が聞いたら「そんなことを考えること自体が、己に負けている証拠よ。弱いのも己。それを受け入れてこそ、泰然自若というものだ。」と喝を入れられてしまうだろう。

 それでも、藤次郎は泰然自若を装いたかった。

 いつかは本当に身に備わる日が来るかもしれないが、それは今、必要なのだ。

 藤次郎は十九歳だった。


 とはいえ。

 どうしたものか。敵はこの森の向こう、目前に広がっている。多勢に無勢だった。敵は三万、こちらは七千。そして、何よりも相手が悪い。親戚筋が各地から勢ぞろいしている。これでは身内での潰し合いではないか。

 藤次郎の野望は天下取りだ。先はまだ長く、今始まったばかりだ。それなのに身内に後背を狙われては天下取りどころではない。

 親戚筋一門から見れば、藤次郎が昨年親父殿から家督を譲られ、その親父殿が亡き今、まだ家中が固まらぬこの時が好機なのはわかる。だが、藤次郎にとってもここが正念場だ。親父殿の弔い合戦なのだ。いくら親戚筋とはいえ、甘く見られてたまるか。ここはどんな手を使ってでも勝たねばならない。ここで勝たなかったら、藤次郎の「これから」は無い。

 今回はまだ出張ってきていないが、羽州(うしゅう)の伯父御なんぞが出てきた日には、これ幸いと藤次郎を攻め、赤子の手をひねるが如く藤次郎をやり込めてしまうことだろう。

 まだ羽州の伯父御が出張ってこない理由は二つ。親戚筋一門と戦う藤次郎の力量を見極めること。これは藤次郎の母・(よき)姫が藤次郎の弟・小次郎に家督を継がせたいと伯父御に書状を送っているからだ。それは藤次郎も知っていた。斧姫は羽州の伯父御の実の妹だ。

 そして藤次郎が勝っても負けても羽州の伯父御にとって一門が潰しあえば、自分の兵力を損なうことなく、邪魔な相手が減ってくれる。最後の最後で出張って、漁夫の利を得ればよいだけだ…きっと、そんな考えであろうと思っている。羽州の伯父御が出てくる前に、片を付けなければならない。

 どうしたものか。

 藤次郎は爪を噛んだ。それは幼い頃からの藤次郎の癖だった。


「もうし、もうし」

 足元のほうから、声が聞こえたような気がした。

 雨の中だ。雨がそこらを叩いている音の中、それは聞こえた。

 そんなはずがない。

「もうし、もうし」

 空耳にしては、はっきりしている。

 あまりの悩ましさのあまり、己は気がふれてきたのであろうか。

「もうし、もうし」

 もう一度、その声は足元からした。

「ねずみの問いも三度まででござる」

「ねずみ?」

 藤次郎は足元を見た。

 具足をつけた藤次郎の足元に、ねずみがいた。

 真っ白く、ねずみにしては大きめな「それ」は、前足を胸の前に重ねて、上体を起こして立った。

 それは三寸ほどの大きさに見えた。

 全身白いかと思われたが、その実、ねずみの後ろ脚は黒かった。

 後ろ脚だけは具足を付けているかのように、黒くしっかりとしていた。

 そんなねずみを見たのは初めてだった。

「もうし、わかさま。わたくしは、この地の大黒(だいこく)ねずみ(おさ)である黒脛巾(くろはばき)と申すものでございます」そう言って、ねずみはぴょこんと頭を下げた。

 藤次郎は、目の前で起こっていることを受けいれるだけで精いっぱいだった。

「わかさま、びっくりされただろうが、わたくしはわかさまをお小さい頃から、知ってござる」

「ねずみ殿が?」

 自分でもしらず、ねずみに「殿」をつけていた。

 黒脛巾(くろはばき)というねずみは、何か軽くあしらえないものを持っており、藤次郎は気圧されていた。

「はい、わかさまがおうまれになるときに、わかさまのお父上がわれらが(あるじ)・大黒様にお祈りされたのでございます」

 親父殿が…藤次郎は優しく立派だった父の面影を思い出し、胸が熱くなった。

「わかさま、この場はわたくしたちがお助けもうす」

 藤次郎は一瞬何を言われたのか、飲み込むことができなかった。

 いま、ねずみは「助ける」と言わなかったか?

「ねずみ殿が、助けてくれる…というのか」

「さようでござる。地には、地の利というものがござりまする。ねずみにはねずみならではの知恵がございまする。おまかせくだされば、一滴の血も流さずに、この場を納めて見せましょうぞ」

「血を流さずに、とな?」

「さようでございます」

 ねずみは何をするというのだろう?

 元来、藤次郎は好奇心が強く、何でも面白がる性質(たち)だったが、近年は家督を継ぎ、そのうえ親父殿まで失った重圧から、軽々しくふるまうことも無くなり、笑顔をみせることすら滅多になくなっていた。

 だが、久しぶりに、面白がりの血が騒ぎ始めた。

「ねずみ殿、それは凄いではないか。一滴の血も流さずに、この場を納めてくれるなど、それは願ったりかなったりだ。して、どうするというのだ。」

「明日の朝には、あちら側の皆様をすべて消し去って見せまする」

「はあ?」

 藤次郎はお腹の底から、間抜けな声を出した。

 これも幸い、雨の音が消してくれている。少し離れている家臣たちは気づいていない。

「すべて、消し去るだと?一体、何をする気だ?」

 ますます、知りたくなってきた、本当にそんなことができるのか。

 黒脛巾(くろはばき)はまた、ぴょこんと頭を下げて、

「それは、今はまだお話することは出来かねまする。ですが、成し遂げましたなら、わかさまにお願いがございます」

「なんじゃ、申してみよ」

「みっつございます。ひとつ目はわかさまの統べられる地に、わたくしどもを住まわせてほしいのです」

「なんだ、勝手に住めばよいではないか。悪さをするなら、許さんが。ねずみ殿の様子では、悪さをするとは思われぬ。わざわざ、断りに来るとは、いかようぞ」

「わかさまの統べられる地には、おおきな百足が棲んでおりまする。それを退治していただきたいのです。これがふたつ目にござります」

「人の大軍なら血を流さずに追い払えるのに、百足は追い払えないのか」

「あやつは、こころが無いのでわたくしたちでは戦いようが無いのです。何せ、ねずみは小さいものですから、知恵を使って生きていかねばならないのです。ですが、あやつにはそれが利きませぬ。」

 黒脛巾はそう言った。藤次郎は、ねずみの言った意味は今ひとつわからなかったが、

「確かに醍醐・村上の世から百足を退治するのは武士の役割。あいわかった!藤太ならぬ藤次郎が百足退治を引き受けよう」

 軽く答えた。本来の藤次郎の気質が勝った。

「わかさま、ありがとうございます」

 黒脛巾は前足を腹の前に重ね、ぴょこんと頭を下げた。

「百足を退治してやるから、ねずみ殿は好きなように暮らすがよい。ただし、悪さだけはしてくれるな」

「ご安心くだされ。わたくしたちは、大黒ねずみ。わたくしたちのゆくところ、豊作をお約束致しまする」

「おお、それはかえってありがたいではないか。重畳、重畳。で、最後のひとつは?」

「わかさまに、わたくしの娘を嫁にしていただきたいのです」

「ふーむ。それはちと難しいな。すでに私には嫁がいる」

「でも、わかさまは猫や鯖、貝…とお嫁様がいらっしゃると伺っておりまする。何故、ねずみではいけないと?」

 ああ、といって藤次郎は笑った。驟雨は有難かった。

「それは、側室たちじゃな。猫や鯖…と言っても、みな人の女だ。申し訳ないな、ねずみ殿」

「それでは、人の形であればねずみでも、嫁に貰っていただけるので?」

 藤次郎はすっかりねずみとの会話が楽しくなっていた。

「おお、人の形であれば、喜んでねずみ殿の娘御を嫁に頂こう」

「お約束いたしました、わかさま。それでは、お約束を果たしに行ってまいります」

 といって、また、ぴょこんと頭を下げた。そして、雨の中、熊笹の茂みに大黒ねずみは消えていった。黒い具足のような後ろ足に泥が跳ねあがっているのが見えた。

「はてさて、おもしろいねずみ殿であった。久しぶりに気が晴れたぞ!さあ、もう一度、みなと軍議をするか」

 気持ちが軽くなった藤次郎はくるりと踵を返し、家臣たちのいる方へと歩き出した。

 もちろん、大黒ねずみの言ったことを信じたわけではない。今の話は追い詰められた己のこころが驟雨の中で見せた夢まぼろしか…今でも、まだこのあたりにはそんなこともあるだろう、と思ったのだ。なにせこの奥州黒塚のあたりと言えば、昔からいろいろな逸話が残っているくらいだ。

 雨はいつの間にかあがり、そこらは冬の弱い陽に当たって淡く輝いていた。


 あくる朝。

 笹葉松鶴之介(ささばまつのすけ)が駆け込んできた。

「御館様、大変でござる!」

 みな戦場故、眠りは浅く、一斉に跳ね起きた。

 まだ、このころの藤次郎たちは若く、家臣団も小さかったので、身分の分け隔てなく一緒に休んでいた。

「松鶴之介、どうした?」

「敵陣が、すべていなくなってござる…誰も、何も…ないと」

 斥候がそう報告してきたというのだ。

「なんじゃと?」

「なにがあった!」

 皆口々に、叫ぶ。

(ねずみ殿、やりおったな)

 藤次郎だけがそのわけを知っていた。

「ふむ、約束を果たさねばなるまいな」

 藤次郎は独り言ちた。


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