家門復活
七月二十四日の朝になった。
早朝からお触れ太鼓が蓮臺のご城下に鳴り響いた。これは蓮臺藩からご領地内にお触れを出す時に前触れとして打つ太鼓である。この太鼓が鳴った日の正午に、ご城下の「蓮華の辻」に高札が立てられる慣わしになっていた。「蓮華の辻」は江戸から北に抜ける奥州道中と、大きな山脈を越えて西側の羽州に続く道が交わるところだった。この道はちょうど八幡様の下、栄生屋の前を通るあの道である。そしてこの四つ辻・蓮華の辻は蓮臺のご城下の中心にあり、人々の往来もご城下で一番賑やかだった。
「いよいよじゃな」
実之助は太鼓の音に気持ちが浮き立つのを覚えながら、深山に言った。
二人は今、青嵐城の東側、崖に面した懸造からご城下を臨んでいる。
七月二十二日に江戸からお世継ぎ誕生の正式な使者が到着した。荒獅子からの連絡を受けていたため、すでに全ての手筈は整えられていたが、お触れを出すための体裁を整える必要があり、日にちの吉凶も占い、ご城下へのお触れは七月二十四日としたのだった。
本日の正午にはお世継ぎ様誕生を伝える高札が立てられる。お世継ぎの名は「千寿」と名付けられた。お世継ぎの誕生、命名ともに酒肴のお振舞い、一時的な税の免除等が施されることになっている。そして、何よりも一番は「恩赦」であった。今回の恩赦は思想犯・政治犯を中心に年少のもの、生活苦からのもの…と深山が選別した者から、実之助が選んだ者達だった。そして、もちろん浩然事件の関係者として、笹葉惣右介の名前もあった。
(惣右介、やっとだ!やっとだ!)
実之助は心の中でずっと叫んでいる。反して、今朝も深山はいつも通り淡々としている。今も実之助の脇に控え、
「ご当主様、八月五日の夜に評定橋の下にてお祝いの花火を献上したいとの申し出がございます」
「おお!花火とな!」
「ご城下の今井堂甚右衛門でございます。お世継ぎ様ご誕生を祝って、花火を打ち上げさせていただきたいとのこと。よろしいでしょうか」
「もちろんだ!さすが今甚!私も花火は好きじゃ!なんて言っても蓮臺は初代お館様の頃から、花火では有名じゃ。これは楽しみだ。ご城下のもの達も皆喜ぶであろう」
「さようでございますな。それでは、今井堂に早速準備に入るよう申し伝えます。また今井堂は只今、この国許におります故、改めてご当主様にご挨拶に伺いたいとも言っております」
「私も今甚に直接会って礼が言いたい。それに今甚から諸国の話も久しぶりに聞きたいものだ。楽しみに待っておると、今甚に伝えよ」
「畏まりました」
深山が深々と頭を下げ、下がろうとしたときに
「深山、此度のこと感謝するぞ。本当に良くやってくれた」
「私はご当主様をお助けする役目なれば、当然のことでございます。…それに、本当に大変なのはこれからでございますので」
実之助の感激とは対照的に、相変わらず深山は感情を見せずに下がって行った。
(嬉しい気持ちを一緒に分かちあいたいのだが…さみしいものだ。だが、これで惣右介が復活し、城勤めになってくれれば!)
そう思うことが今の実之助にとって希望の光だった。
一方、深山はいつも以上に悩ましいことが山積みだった。
今回の恩赦では、家格が復活するものが多数いるため、それに合った住まいや職務も考えなければならない。先代様はその治世の間、粛清とまでは言えないまでも、かなりの頻度で蓮臺藩の「大掃除」をやってのけていた。惣右介の「浩然事件」もそのひとつである。実之助はすぐにでも惣右介をお城にあげ、自分の傍に置きたいと“だだをこねた“が、
(かえって惣右介が人の誹りを受けることにもなるやもしれぬ故、まずは今の御狩場検分役のまま、それに合わせて家格を復活させることが惣右介を守ることになりまする。惣右介のためを思うなら、今しばらく)
と、深山が何度も言って、やっと実之助を説き伏せたのだった。
正午の鐘が鳴り、蓮華の辻に高札が立てられた。
正午前から蓮華の辻に集まっていた蓮臺のご城下の人々は、挙げられた高札を見るなり、「お世継ぎ様のご誕生じゃ!めでたいことじゃ!」と沸き立った。酒肴のお振舞い、一時的な税の免除ということで、正月の初売りもかくやというばかりの騒ぎになった。中にはその場で『はつねをどり』を踊りだす者までいるくらい、蓮臺の町は喜びに包まれた。
同じ頃、深山の姿が募者町の惣右介のあばら家の前にあった。今日はいつもと違い一人ではなく、供を二人連れている。
「募者町の惣右介、出ませい!」
供の一人が、腹に響く声で言った。
少ししてガタガタと戸が開き、中から接ぎだらけの着物を着て惣右介が出てきた。
惣右介は突然の来客に何がおこったのか理解できず、ただ憮然としてそこに立った。
そんな惣右介の様子を見て、先の一人は一瞬眉をしかめたが、
「某は蓮臺藩徒歩目付・真藤半之亟である」
「某は蓮臺藩国目付・佐賀孝之進である。そなたは募者町の惣右介に相違ないか」
惣右介は二人の向こうに深山がいることを認めると、
「ああ」
といつもの通り、不遜な態度を取った。
「こちらに蓮臺藩筆頭奉行・深山伯山様がお越しである。ご当主様・篁河北守の御名代である。中に入らせてもらうぞ」
惣右介の返事を待たず、目付の二人はずかずかと中に入ろうとした。
「ちょっと、待ってくれ。いったい、いもしない惣右介という男の所に、何の用だっていうんだ?わざわざ筆頭奉行様まで足をお運びなさるなんて、大げさな」
「無礼者!御筆頭様の前じゃ、わきまえよ」
徒歩目付の真藤が惣右介を叱責する。惣右介の向こうでは小滝がおねずをしっかりと抱きかかえ、目を三角にして深山達を睨みつけていた。
「よい、真藤」
深山は手を上げて真藤を制した。
「惣右介、本日私はご当主様の名代である。入らせてもらうぞ」
深山はそう言って、眉根を寄せる惣右介を無視して中に入って行った。中に入ると、厨の端で深山を睨んでいた小滝に一礼した。そして、小滝が抱きかかえていたおねずに気づき、
(ん、この娘は)
と言う表情になったが、すぐに無表情に戻り、上がり框から板の間に上がった。続いて二人の目付も中に入る。と言っても、土間すぐに上がり框、板の間、狭い畳の間、脇に厨…で終わりである。あまりに狭すぎて、二人の目付は己の身の置き所に困った。深山が板の間にあがり、小さな畳の間の「床の間」もどきを背にして座ると、目付の二人も深山の両脇に座った。だが、二人とも深山に膝がつくのではないかと思う程の狭さだった。
「これからご当主様からの上意を申し渡す故、惣右介はそこに直れ。小滝殿も…ご家族の方々も、一緒に聞きませい」
小滝は惣右介の横に並んで膝まずいた。おねずも小滝の真似をしてその横に膝まずく。
深山は懐から封書を取り出し、それを開いた。
「本日、蓮臺藩篁家第三代当主・河北守篁実之助が世嗣誕生に伴い、これを慶して、募者町無宿人・惣右介こと笹葉惣右介を無刑より赦免とする
一、ここに笹葉家の再興及び惣右介の名字帯刀を許し、笹葉惣右介の御知行被下置御帳における記録を復す事とする也
一、笹葉家家格は受刑前に戻す事とする也
ただし、旧知行地である三杉については既に藩蔵入地となっているが故、棒禄は蔵米取りとし、四十俵二人扶持からとする
これについては後ほど改めて吟味の上、御沙汰する也
一、笹葉惣右介の職分については、当面は士分としての御狩場検分役を申し付ける也
ついては、家格過分になれども、当面は職分に合わせる事とする也
以上、是、本日よりの御沙汰として、ここに謹んで承ること申しつけ、ここに記す
満志二年七月 蓮臺藩河北守 篁実之助」
深山は上意書を読みあげ、次にそれを表裏反対にして両手で持ち、惣右介、小滝、おねずにも見えるように掲げた。
「恩赦だ、惣右介。本日から、お前は笹葉惣右介に戻った」
深山は一息ため息をつくと、そう言った。
惣右介は呆然としていた。
「ご当主様に頭を下げぬか、笹葉惣右介」
徒歩目付の真藤はまた惣右介を叱責する。
「有難き思し召しじゃ。感謝なされ、笹葉殿。長の年月、よう耐えなされた。まことにようございましたな」
國目付の佐賀も今度は笑みを湛えていった。
「承知仕りました」
惣右介はそういうだけで精いっぱいだった。
「うむ。これからはお役に励むように。では、明日、お城で待っているぞ」
と言って、深山は立ち上がった。その深山の後を追うように、目付二人も立ち上がり、三人は惣右介の家を出て行った。
三人が出て行っても、惣右介は土間に膝まずいたままだった。
「俺が笹葉惣右介に戻ったというのか」
「ええ、ええ、若様。笹葉の家が再興されたのですよ。無刑という陳腐な呪いから解放されたのでございます」
小滝はすっかり涙ぐんでいる。おねずは何が起こっているのか、わからない。
「実之助に世継ぎが出来て…恩赦だということか」
「さようでございますね。おめでたきことでございます」
「そうだ…だが俺は恩赦を受けても少しも、嬉しくない…」
「…若様。それはそうでございますとも。潔白が晴れたわけではございませんから。所詮、これはお情けでございます」
小滝がはっきりと言った。
(ああ、そうだ。これは所詮、お情けだ)
惣右介も小滝の言う通りだと思った。
「ですが、若様。まずは同じ土俵に乗らなくては、何も始まりませぬ。皮はいくらでも切らしてやればよいのです。同じ土俵に乗ってこそ、相手の骨が切れるというもの。若様、仇討の機会が巡ってきたのでございますよ」
(仇討ち…か)
惣右介は小滝の話を複雑な気持ちで聞いていた。
一方、おねずは
(ちょうちゅけどんも、ちゅがかかってたんだ!)
とびっくりした。そして、
(おなぢ、どひょうって おとぎちゃまもいってたっけ)
と思い出し、
(ちょうちゅけどんも、あっちといっちょだ!)
と嬉しくなった。
三人三様の思いに浸っていた時、戸の外に人影がうつり、
「申し、笹葉様、今井堂でございます」
と声がかかった。小滝はすぐに戸口にいって、戸を開けた。
そこには今井堂の御国番頭・新左衛門が自ら手に風呂敷包みを持って立っていた。
「この度は、笹葉様に於かれましては、おめでとうございます」
と新左衛門は深々と頭を下げた。
「忝い。これまで、今井堂には本当にお世話になった」
惣右介はそう言い、頭を下げた。それに合わせるように小滝も丁寧に頭を下げた。
「こちらはお祝いの品と言うほどのものではございませぬが、明日から早速ご入用かと存じまして、主からの御届け物でございます。どうかお納めくださいませ」
新左衛門は風呂敷包みを小滝に渡した。小滝が受け取ると
「羽織、袴など、ご登城の際にお召し頂けるように草履も含めて一式揃えてございまする。差し出がましいかとは存じましたが、何分にも急なことでございましたので、笹葉様でもお困りかもしれないと、主が申しまして…」
そう言って、ぺこりと頭を下げる。
その様子を見て、おねずは
(このひとは、だいこくねじゅみかもちれない)
と思った。おねずがそんなことを思っているとはつゆとも知らない新左衛門は続けて、
「主の甚右衛門は、ただ今こちらのお国許に帰ってきております。ささやかなものではございますが、御城下の料亭・山百にて、お祝いの席を設けさせて頂きたいと申しております。小滝様にはお籠をご用意させていただきますので、是非お越しくださいますよう、お願い致します」
そう言って、再び頭を下げた。頭を下げた新左衛門の視界に、彼をじっと見つめる二つの目がとびこんできた。新左衛門はその時初めて、おねずに気がついた。
(これは、ここらでは見ない美しい娘だ)
「や、これは、これは!失礼いたしました。どちらのお嬢様で?」
惣右介が答えるより、おねずが一言早かった。おねずは、大真面目な顔で、
「あっちはおねじゅでごぢゃる。ちょうちゅけどんのちんるいでごぢゃる」
案の定、新左衛門は目を丸くし、しどろもどろになりながら
「さ、さようでございましたか…」
「新左殿、すまぬ。びっくりさせてすまない。遠い親類の娘を預かっている。ちょっと故があってな、少し変わっておる。不調法は許してくれ」
惣右介は生真面目な新左衛門に対して申し訳なく思った。小滝も下を向いて、肩が震えている。当のおねずは澄まして、新左衛門の足元から少し離れて凝視していた。
「さようでございましたか。それでは、どうぞおねず様もご一緒にお越しくださいませ」
ペコリと新左衛門は頭を下げた。それにつられるように、おねずもぺこりと頭を下げた。
相変わらず、からくり人形のようだが、距離をとることと、語尾には気をつけているようだ。今は「ござる」が気に入っているらしい。
「あの言葉遣いは何処から、覚えて来たのでございましょう?」
と、小滝は不思議がっていた。もちろん惣右介はわかっていたが、それを口にするわけにはいかない。荒獅子と「忘れる」と約束したからだ。
「それでは、明日の申の刻頃にお迎えの籠を向けさせて頂きます。ご足労をお掛けしますが、何卒、よろしくお願い致します」
そういうと新左衛門は、再び深々とお辞儀をして辞していった。
無刑になり、全てを失ってしまった惣右介一家を、今まで陰になり日向になり、支えてきてくれたのは、今甚こと今井堂甚右衛門である。
今井堂は幕府認可の鉱山採掘を生業として、甚右衛門が一代で築いた大店だった。本店は江戸にあり、この財力を元に諸国物産取引も生業の一つとしていた。商うものは海産物から工芸品、絹物、太物、古着、果ては南蛮渡来の薬草・書物迄、ありとあらゆるものと言っていいくらいであり、その羽振りの良さから江戸・吉原辺りでは今甚大臣とも言われている。東北から関東にかけての鉱山を主として採掘していたため、この蓮臺のご城下にも拠点として暖簾を掲げていた。笹葉の家とは母・志津がまだ実家の青嵐城にいた頃からの縁と聞いているが、浩然事件の後、特に志津が亡くなってからというもの、何かにつけて世話になっていた。
その今井堂が惣右介の為に一席、設けてくれるという。奥州から関東の鉱山を訪ね歩き、江戸に本店を持つため、殆ど蓮䑓にはいない今井堂である。いつも御国番頭の新左衛門を通して気にかけてくれ、惣右介達の生計が立つようにと心配りをしてくれていたことに、惣右介は心から感謝していた。十三歳で後ろ盾を全て失ってしまった惣右介にとって、今井堂はある意味、世間の冷たい風から守ってくれる唯一の大人の男でもあったのだ。
血縁の後ろ盾になるような人物という意味では、母・志津の兄である一ノ関の伯父や実之助の異腹の兄である従兄弟の三春殿はいるが、どちらも浩然事件以前より、惣右介とは距離を置いているようだった。多分、戦国以来の生え抜きの家臣とは言え、格下の笹葉の家に嫁した末の妹の息子など眼中になかったのであろう。そのため、惣右介としても伯父や従兄弟という実感がわかないどころか、他人以上に遠い…というのが正直なところだった。
(久しぶりに今井堂と会える)
と、惣右介は嬉しく思った。それは小滝にしても同じとみえ、おねずに何を着せようかと、つづらの中をひっくり返し、嬉しそうにああでもない、こうでもないと始めていた。
翌、七月二十五日の朝早く、卯の刻半に惣右介は青嵐城に登城した。
今年の正月に、新年の挨拶に上がって以来である。あの時は、まさか半年後に自分が無刑より許され、笹葉の家が再興されるとは思ってもみなかった。それどころか、生きて帰れないかとすら思い、覚悟を決めて登城したのだ。城での遇され方も、あの時とは雲泥の差であり、「存在している者」として扱われていることが不思議だった。
そして、今朝は出かける際にひと悶着があった。
おねずである。おねずが一緒に行くと言って惣右介にかじりついて離れなかった。
惣右介の足にしっかりとしがみつき離れないおねずに、惣右介も小滝も手を焼いた。
「大丈夫だ、おねず。今日は俺は死なん。約束する」
約束にならない約束ではあったが、惣右介がそう言うと
「わかった…ぢぇったい、きょう、ちんではだめだ、ちょうちゅけどん」
おねずは渋々、手を離した。
「聞き分けてくれてありがとうよ、おねず。今日は俺の代わりに小滝の手伝いをして待っていてくれ」
「うん」
相変わらず、惣右介へのおねずの返事は「うん」のままだった。
おねずを置いて青嵐城に登城した惣右介は、そのまま大広間に通された。大広間は千畳敷と言われており、畳にして二百六十畳ほどの広さである。十四の部屋があり、今回は特別に「孔雀の間」に通されていた。
「孔雀の間」には今回の恩赦にて閉門・蟄居等を解かれ、お役に復帰したもの達が並んで座していた。ざっと見て、三十名ぐらいだろうか。それらの者たちは惣右介と違い、受刑したとはいえ存在は生きており、家格もそのままで過していたもの達である。それゆえ、黙って座している姿も武士然としていた。
そんな中で、完全に武士の世界から離れてこの九年間を過してきた惣右介は異質の存在であり、浦島太郎も同然であった。何とか体面を保っていられるのも、昨日、今井堂が届けてくれた裃と清好織の袴のおかげである。これが無かったら、場違いも甚だしかったであろうと、惣右介は思った。だが、反面、
(それが何だっていうんだ!俺は存在してなかったんだからな)
という気持ちもあった。惣右介は内心、釈然としないまま、今ここにいる。
笹葉家の家格は本来、「着座」であるため、家臣の中でも上座の方である。だが、今回復活に際し、惣右介の職分は「御狩場検分役」のため、その職分にあった席…というわけで一番末の方に案内されていた。却って大広間の様子をよく見ることが出来、かつ、末の席次のものには誰も注目していない為、惣右介が畏まっていないことを見咎めるものはいない。
四半刻ほど経った頃、ドンドンドンと太鼓が鳴った。それを合図に前の方に着座していた方々が一斉に低頭したので、惣右介もそれに倣った。
ぞろぞろと蓮臺藩御国許在住のお偉方が入ってくる気配が続き、皆様方が席に着かれると、一息おいて、ご当主様の御なりが告げられた。
上段の間である「鳳凰の間」向かって右側の襖が開き、実之助が入ってきたようだった。
「ご当主様、此度、恩赦を承りましたもの達でございます」
筆頭奉行の深山の声が響いた。
「うむ。皆の者、苦しゅうない、頭をあげよ」
実之助の声がした。
それを受けて深山が「皆の者、直りませい」と言うと、惣右介達は全員上体を起こした。
藩主が座す上段には実之助がおり、その一段下には左右に分かれて奉行が七人、各目付が十一人とお歴々が部屋の中央をあけて控えている。中でも一番実之助寄りに、奉行筆頭の深山が座っていた。実之助は姿勢を崩さず、
「此度は我が一子、蓮臺藩篁家世継ぎとなる千寿誕生に際し、ここにいる皆の者の罪科を許し、復職させることとした。今まで長きにわたってご苦労であった。これからは、再び蓮臺藩のため、また来る(きたる)千寿の治世のために力を尽くしてほしい。よろしく頼むぞ」
実之助が朗々とした声で言う。惣右介としては、優し気な実之助ばかりを見ていたので、少し意外な気がした。
(ずいぶんと藩主然としてきたものだ)
惣右介は感心してしまった。
(実之助は存外、良いご当主様になるのかもしれん)
自分自身は相変わらず御狩場検分役の為、直接お目見えする機会も無いだろう…と、今の惣右介はそれぐらいしか考えていなかった。昨日、小滝は「仇討」と言っていたが、惣右介にはそんな気持ちもさらさらなかった。…というよりは、そんな熱い気持ちはもうどこか遠い昔に消えてしまっていたのだった。
深山がひとりずつ氏名と家格、職分を告げていく。それに対し、実之助が一人一人に
「うむ、よろしく頼む」
「うむ、期待しているぞ」
と声をかける。そして、声をかけられたものは黙って頭を下げているようだった。
(皆、どんな気持ちでいるのだろうか)
と、惣右介はその様子を見ていた。
この空白の九年間にどんなことがあったのか、正確なところは惣右介も知らない。折々にご城下での噂が入ってくることはあったが、あくまで噂でしかなく、ここにいるほとんどの者は浩然事件より後の御咎めの者達のようだった。十三歳で無刑となった惣右介には知った顔がひとりもいなかったのだ。そのことを考えると、逆にこの数の多さに驚きを感じた。
(いったい、蓮臺藩に何があったというのか。ご先代様は何をお考えだったのだろうか)
自分は生きていくのに精いっぱいであり、御狩場検分役の務めを果たす時も…先代様の御野初の際にも、人目につかぬところに控えるよう深山の指示を受けていたため、全くご城内の動きはわからなかった。
「次、笹葉惣右介」
深山が惣右介の名を呼んだ。微かに大広間にさざなみが起こった。
「笹葉家はもともと着座の家格であるが、今回、笹葉惣右介の職分を御狩場検分役とするため、家格はそれに伴い、控えの間勤めとする」
再び、微かにさざめいた。惣右介も黙って、頭を下げた。
「笹葉惣右介、長きにわたり苦労させた。許せよ」
実之助が言った。
「ご当主様、それは!」
深山が慌てて、言った。確かにそれは言ってはならない事だろうと、惣右介も思う。
「良い、深山」
実之助は深山を制して、
「惣右介、これからは今までの分も頼む」
と軽く頭を下げた。今度は大きなどよめきが広間全体に走った。
「ご当主様、もったいのうございます」
と、惣右介は慌てて言った。大広間の空気が一気に変わったように感じ、
(これは面倒くさいことになったかもしれない)
と、さすがの惣右介も思った。
「あのような言葉を、皆の面前で惣右介にお声がけされてはいけませぬ」
実之助の自室に戻ってくるなり、厳しい口調で深山は言った。
実之助は金野に着替えを手伝わせながら、
「私の本心を言ったまでだ。今回はそなたの勧めを取り入れて、惣右介を御狩場検分役にとどめたが、本心は傍にいて欲しいと考えておる。それを皆の者に示したのだ」
珍しく実之助も強気だった。
「あまつさえ、御頭まで下げなさるとは…」
一方の深山も珍しく、激しているようだった。
「何が悪い。私が兄とも慕っている男だ。敬意を表すのは当たり前ではないか」
「ご当主様がそう思われましても、他の者はそう取りませぬ。惣右介のことを思われるのであれば、もう少しご自重くださいますよう…これで、明日からの惣右介の立ち居振る舞いは皆の耳目を集めることになりますぞ」
「良いではないか、惣右介はもともと優秀な男だ。皆の注目が集まって悪いことなど、何もない。逆に家格の取戻しをもっと早くしてやれるようになる」
実之助は自信たっぷりに言う。
「そう簡単なものでは無いのです、実之助様…」
深山はため息交じりに言った
(先代様もそれでご苦労されて、あのように大掃除がたくさん行われましたのに)
「深山は取り越し苦労が過ぎる。疲れているのではないか?少し、休んだらどうだ?」
実之助は(口うるさい)とは深山のことを思っているが、そうは言っても深山が己のことをいつも気遣ってくれていることもわかっているので、本心から心配して言った。今日の言上も、例によって深山の特訓の成果だった。
「ありがとうございます。ですが、この秋にはまた、江戸に参勤で戻らなければなりませぬ故、その準備もございます。まだまだ休むわけにはいきませぬ」
「深山…我が藩にはお前しかいないのか?他には人材はおらぬということか」
「そのようなことはございませぬが…まだご当主様のご治世になられてから、わずか一年でございます。今のうちにご当主様の礎を固めておかなければなりませぬ」
まさしく、今回の恩赦には、優秀な人材の登用という目的が深山にはあった。
先代様の治世に於いて、その専制体制に一言物申すといった方々の多くが「大掃除」されてしまい、その中にはたくさんの「人材」も含まれていた。
そして、先年、蓮臺藩にとって一大事が起きたのである。先代様ご逝去の際に、その時のご高齢の御筆頭や奉行、目付の多くが、望んで殉死されてしまったのだ。
戦国時代の流れを汲んだ作法とは言え、今では殉死は野蛮な風俗として幕府により禁止されている。だが、まだまだ古風な方々が蓮臺藩には多く残っており、その方たちが「ここが忠義心の見せどころ」とばかりに先代様の後を追われたのだ。
幕府開幕の祖・大御所様の孫であり、将軍の叔母である玲萩院を頂く蓮臺藩にむかって、幕府は表立ってはこの事態を責めることはしなかった。だが、内々には「他藩への示しがつかぬ」として「実之助殿の三代擁立は不受理とし、藩はお取り潰し、篁家は転封…」という話が幕閣では取り沙汰されていた。
この危難から逃れるため、後家の身ながら玲萩院が出張ることになった。そしてその手先となって奔走したのが深山である。
表向きは実之助を三代様にするため…ということではあったが、その実、蓮臺藩自体の存続の危機だった。だが、そんな危機的状況であることを藩の内外に気取られようものなら、一斉に一ノ関様や三春様、果ては幕閣共が、蓮臺藩に牙をむいて飛び掛かってくることは容易に想像できた。それを阻止すべく、表立っては大きな波風を立てず収めるという…深山ならではの動きによってお務めを果たした。この手腕は玲萩院に大きく認められ、幕府への玲萩院の強い推挙によって、深山は蓮臺藩の筆頭奉行に就任したのだった。このような経緯がある為、
(いつ、北の狸と南の猪に足元をすくわれるやもしれぬ。その上、大権現様よりこちらには虎も潜んでおる…ご当主様など鷹に狙われた鼠の如し…と、幕閣雀共には侮られている)
と、深山はいつも心の中でひとり危機感と戦っていた。
「次の治世に恙なくつなげていくためにも、でございます」
「そうか、千寿の治世にか…そうであるな。頼むぞ、深山」
実之助は屈託なく言った。それに対し、深山は黙って頭を下げた。
その日はお城にて、明日からのお勤めについて顔合わせや申し渡し等があることになっていた。だが、なにぶんにも惣右介の御狩場検分役は前々からのお役目であり、もともと一人で担っているような役目でもあった。大した引継ぎがあるはずもなく、お昼前には惣右介は解放され、今は募者町への帰途の途中である。本丸のある青嵐山から下り、西の丸前を回り込んで、殿橋を渡って清瀬川沿いの道を歩いていた。
本来、お城勤めの御家来衆は青嵐城のすぐ下に広がる御家来町に住むのが通常であるが、今回の御沙汰で惣右介は家格が完全に戻らない為、以前、笹葉家が住んでいた評定橋の袂にある大きな家には戻れなかった。かなり不便ではあるが、今まで通り、募者町に住み続けることになる。豊かな三杉という知行地を持っていた以前の家格からすると、今回の扶持米取りの家格では、とてもではないが笹葉の大きな家は維持することが出来ないのも確かであった。
ただ、登城して初めて分かったことがあった。御狩場検分役というのは、鷹匠である鷹数寄者とともに筆頭奉行直属の職分であった。
なんでも、去年、深山が筆頭奉行となってからはそのような職性に完全に変わったとのことだった。それまでは他に担当する奉行がいたが、名ばかりだったり、ご高齢だったり故、実務はご家中では新参者の深山が請け負っていたそうだ。その後、深山は御狩場検分役を担当したまま目付、奉行と出世していった。
そして、とうとう深山は御狩場検分役担当を手放さないまま、御筆頭になった…とのことだった。
(俺の上役は御筆頭で、同僚は鷹仕のみということか…なんだ、今までと変わらんな)
安心したような、気が抜けたような、そんな気分だった。とは言え、ガチガチのお城勤めに比べれば有難い事であり、今までの貧乏と背中合わせの暮らしに比べれば、少しは楽にはなるだろう…と、思う。
(小滝が元気なうちだけ、何とかなれば十分だ)
とだけ、惣右介は考えていた。それ以上の望みはなかった。




