天帝の御遣い
先ほどまでの雷と雨はいつしか収まり、星見屋のあるご城下のはずれ・木汰山に到着する頃には、雨はすっかり上がっていた。
杉野森から臺原の山道を抜けると、突然、木汰山の拓けた道に出る。道の両脇には杉木立が整然と並び、もともとは人通りを意識して作られた道だったのだろうと偲ばれた。ご城下のはずれにある「しまゐ屋」までは人家も無く、ぽっかりと空いた異空間の様であった。
雨上がりの道には、山鳩がいつもより多く降り立ち、地上の蚯蚓を啄んでいる。それを目ざとく見つけては、おねずはここぞとばかりに鳩を「えい!えい!えい!」と、蹴散らすようにして歩いていた。おねずがご機嫌な時にやる「仕返し」だ。ねずみだった時に鳩にたくさんつつかれ、虐められたことを、おねずは忘れていなかった。
「おーい、ちょうちゅけど~ん!はとがいっぱい、いる!いっちょにやろう!」
おねずはご機嫌で手を振っている。
「俺はやらん。おねずも、ほどほどにしておけ」
惣右介はのんびりと答える。だがその実、星見屋が近づいてきているので、口調とは裏腹に、惣右介の足取りは重くなっていった。
一方、おねずはたくさんの山鳩を見て興奮していた。
(きょうは いいことが いっぱいだ!)
こねずみは助かったし、さちと仲良くなった。とうみぎ団子も美味しかったし、山鳩をたくさん蹴散らせた。その上、これから神様にも会える。
(かみちゃまにあえる!かみちゃまにあえる)
おねずの頭の中は神様に会えることでいっぱいになり、そして身体は鳩を蹴散らすことに夢中だった。どんどん先に立って歩いたため、惣右介とライからかなり離れていた。
木汰山の杉木立の中ほどを過ぎた頃、おねずは杉の木の根元に蹲って(うずくまって)いる黒い大きな影を見つけた。
(あれはなんだ?くま?)
と、おねずは近づく。今のおねずは多幸感でいっぱいであり、いつも以上に怖いもの知らずになっていた。
その大きな黒い影は近づいてみると、どうやら人の男のようだった。刀を抱え込む様にして、胡坐で座している。髪はまとめているものの、その黒々とした剛毛の癖毛は暴れ放題で、こちらからは顔は見えず、ただ顔中が髭だらけなのがわかった。
もう少し近づくと、半ば下を向いて目を瞑っているように見えた。
(ねてる?)
おねずはさらに近づいていった。
(ちんでる?)
息をしているようには見えない。
「いきてる?」
おねずが声を掛けると、その男はクワっと目を見開き、ゆっくりとおねずを見上げた。
「あっちはおねじゅだ」
おねずは物おじせず、胸を張って名乗る。
「某は荒獅子漢之助でござる」
荒獅子はおねずの態度に気圧されたのか、それともそれが性分なのか、幼女相手に丁寧に名乗り、頭も下げた。おねずも笠を取って、ぺこりと頭を下げる。
お互いに視線を外せないまま見合っていると、荒獅子の腹がぐうぅっと鳴った。
「おなかちゅいてる?」
おねずが聞く。
「いや、某は」(ぐううぅ)
荒獅子が答えるよりも早く、荒獅子の腹が再び答えた。
(ちゃっちゃんにもらったざるはちょうちゅけどんがもっている。…あ)
「あっちのおべんとうがある」
そう言って、おねずは懐から小さな竹皮の包みを取り出す。おねずのお弁当と言えば、例の小さな握り飯だ。その小さな包みを笠の上に置いて、両手で荒獅子に差し出した。
「よければ、めちあがれ」
「やや、それは忝い!だが、おねじゅ殿の昼餉が無くなるのではないか?」
「あっちはだいぢょうぶだ。ちゃっき、ちゃっちゃんにとうみぎだんごをもらってたべた」
(はんぶんだったけど…)
半分はライにあげてしまった。もっと食べたかったけど…少しおねずは悲しくなった。
おねずが差し出した小さな包みを、荒獅子は両手で大切に受け取り、押し頂いた。
「本来であれば、遠慮すべきところだが、使命を持つ我が身には、今は背に腹はかえられぬ。有り難く頂きもうす」
人一倍身体の大きな荒獅子の手のひらの上では、それは包みごとすっぽりと包まれてしまうかのように見える。
「ありがたいことである」と荒獅子は目を瞑って手を合わせ、包を開けた。
中からいつもの小さなおにぎり二つと、小滝の紫蘇巻きが現れた。常とは違うのは、小さなおにぎりは紫の大葉でくるりと巻いてあった。
「ほう、これは小作りで雅な。おねじゅ殿が作られたのか?」
「ちょうだ」
ちょっとおねずは得意になって答えた。「雅」の意味はわからなかったが、荒獅子の口調から褒められたのはわかった。
「おにぎりはあっちがにぎった。ちちょまきは、こたきちゃまがちゅくった」
「ほほう。さようでござるか」
荒獅子はおにぎりをそれぞれ一口、紫蘇巻きはまとめて一口、合計三口で食べてしまった。
「美味なり。そなたのこたき様は、良き腕をお持ちじゃ」
小滝の腕を褒められて、おねずは嬉しくなった。鼻を膨らませながら
「あらぢちちゃま、びみってなんだ?」
「美味とは、美味しいという事なり」
「おにぎりはどうだ?びみか?」
おねずがキラキラした目で聞いてきた。
「おにぎりも、勿論、誠に美味でござる」
それを聞くと、おねずは弾ける様に
「びみっていった!びみっていった!」
と叫んで、荒獅子の前でくるくる回った。
(ふむ。なかなか見事な旋回ではないか。それに澂子様には及ばないが、これは稀に見る美しき女童だ。幼き頃の發子様にも勝るとも劣らない。かようなところに、こんな女童が住まうとは。いや、妖か狐狸の類か?並外れて美しいというのに、この鄙びた様子は何故なのか。蓮臺のご城下でも珍しかろうに)
荒獅子はおねずの様子を見ながら、とりとめもなく考えていた。
今朝は日の出前から、星宮の宮司に出会うためにずっとここで待っていた。事が事だけにこの場所を離れることも出来ず、ただただいつ現れるかもわからぬ星宮の宮司を待ち続けていたのだ。あまりに腹が空きすぎて、狸に化かされているのかもしれぬ。
(念のため、眉に唾つけん)
少し、空腹の虫が収まってきた荒獅子はおねずを見ながら冷静さを取り戻しつつあった。
当のおねずは、くるくると旋回るのもひと心地ついたのか、また荒獅子に向きなおり、
「あらぢちちゃまは、ここでなにちているんだ?」
と聞いた。荒獅子は(女童とはいえ、油断してはならじ)と気を引き締めた。
「某はここを通りがかり、余りに腹が空いて休んでいたのだ」
(なんとも情けない言い訳だが、真実をいうよりもマシである)
荒獅子は顔から火が出る思いであったが、お役目への忠実を選んだ。
「ちょっかぁ、ぢゃあ、あっちがきてよかったね」
「そうなのだ、ありがたいことである。おねじゅ殿、痛み入る」
荒獅子はまたぺこりとおねずに頭を下げた。
そして、おねずもまたぺこりと頭を下げ、おかっぱ頭のかぶりを振ると、
「あっちはねぇ、きょうはいっぱい、いいことがあった」
「それは良きことである」
「それで、いまからもいいことがある」
「ほぅお、今からも、でござるか?」
「ちょうだ、ほちみやのかみちゃまにあう!」
「なんと!星宮の神様、とな!」
荒獅子は余りの驚愕に声が大きくなった。今まで街道沿いはおろか、ご城下でも噂を聞かなかった星宮という言葉を、今ここでこの不思議な女童の口から聞いた。あまりに思いがけなかったので、荒獅子は不意を突かれたのだった。
「おねじゅ殿は星宮をご存じなのか?」
「かみちゃまにあった。あっちはききたいことがあるんだ」
「ききたいこと、であるか…」
(この女童も己が命を知りたくて、ここに来ているということか)
荒獅子はまた感心した。
(幼子ながら、あっぱれな度胸でござる)
荒獅子自身は、己が命はただ一つと心に定めている。
崇拝する澂子様のご意志を遂げる事だ。既に俗名から玲萩院と名を変えて、落飾されてはいるものの、荒獅子にとっては唯一無二の御方だった。澂子様が将軍家から嫁がれる前、ご実家にいらっしゃる頃からお傍で仕え、畏敬の念を抱いての長の年月である。今回の發子様の願いも、もともとは澂子様からのものであることから、荒獅子は無理を押して務めている。
「おーい、おねずぅ」
杉木立の向こうから、おねずを呼ぶ声が聞こえた。
「あ、ちょうちゅけどんだ!」
おねずが声のした方に振り替える。
「ちょうちゅけどん、こっちだよぉ」
おねずは杉木立の道の真ん中に走り出て、声のしたほうに手を振った。荒獅子も首を巡らして、その方を見る。見れば、笠を被り上半身裸の男がひとり、両手にそれぞれ何かを持って歩いてくる。右手には笊を持ち、左手に持つ荷物はなんだかよくわからない。箱に襤褸布を掛けているようで、重さもそれなりにありそうだった。近づいてくると、(ちょうちゅけどん)と呼ばれた男は、苦笑いのような表情を浮かべながら歩いていた。
「おねず、やっと追いついた」
そういうなり、その男は左手の荷物を丁寧に下におろした。そして、そこに荒獅子がいることに初めて気づいたようだった。
「これは、失礼いたしました…」
「やや、こちらこそ、申し訳ござらん。某は荒獅子漢之助と申す。そちらのおねじゅ殿に貴重な弁当を馳走になった」
「荒獅子さま?」
惣右介は反応した。荒獅子と言えば、忘れもしない八年前のあの日、父の危急を伝えてくれた奥向き仕えの家人ではないか…そう思うと惣右介は目を伏せ、なるべく視線を合わせないようにした。
「ちょうちゅけどん、あらぢちちゃまにびみっていわれた!」
おねすは嬉しそうに惣右介に言う。
「それはよかったな、おねず」
惣右介がおねずにむかって、にっこりと笑った顔をみた荒獅子は、ハッとして
「其処許は、笹葉殿の御子息ではないか?確か…そうか、そういえば惣右介殿と言ったか。笹葉惣右介殿ではないのか?」
惣右介は重たい嫌な気持ちになって、自ずと口調も固くなった。
「いかにも。過去には笹葉惣右介という時もござった。だが、今はただの惣右介でござる。笹葉の家は無くなり、笹葉惣右介という者は今も昔も存在しない者でござる…荒獅子様なら、ようくご存じでございましょう」
荒獅子は黙ってしまった。確かに奥向きに仕え、澂子様の御傍近くに仕えていた荒獅子はあの浩然事件についてかなり詳しいことを知っている。だが、笹葉惣右介がその後どうなったのかは、実は今の今まで知らなかった。何せ「無刑」の上、肝心の澂子様のところに齎される情報は偏ったものだからだ。
「ちょうちゅけどん、あらぢちちゃまをちってるのか?」
「それは」
惣右介も口ごもってしまった。おねずは無邪気に聞いてくるが、どう答えてよいかわからなかった。惣右介が答えない様子を見て、荒獅子も何も言わない。
(惣右介殿も答え難いことであろう)
荒獅子は惣右介の心中を思いやった。おねずのことといい、只今のいでたちといい、何から何まで謎ではあったが、荒獅子は自分の好奇心は横に置いて、惣右介の出方を待った。
そんな二人の緊張をよそに、おねずはおねずで宙を見ながら、くるくるとまた回っていたが、急に
「あ、たか!」
と叫んで、惣右介の陰に隠れた。前方の上空を鷹がくるりと飛んでいた。
惣右介はその方向を見上げ、手を額に当てて
「あれは、荒星ではないか?」
「こわい!」と、おねずは半泣きの状態で叫び、ライの檻から襤褸布を奪い取り、頭から被った。
「大丈夫だ、俺がついているから荒星に手は出させない、安心しろ」
と惣右介がおねずを抱きかかえる。
「荒星がいるということは、鷹仕がそばにいるということか…?」
惣右介は周囲を見渡す。だが、鷹仕の姿は無かった。
そして…荒獅子といえば、惣右介の持っていた檻の中のものと目が合った。黒と金の見たことも無い毛色だ。立ち上がって檻を覗き込むと、件の獣も荒獅子をじっと見る。
「これは、狸か…貉か?いや、手には鉤爪?初めて見るものじゃ…」
「それは、ライじゃ」
突然、声がした。
「かみちゃま!」
「爺様!」
「ホシミヤサマ!」
おねずと惣右介、そしてライ迄もが、同時に声を出した。荒獅子は驚愕するばかりだ。特におねずは鷹の恐怖も吹っ飛んだのか、襤褸布から飛び出してきた。
「ほほう、おあつらえ向きに皆お揃いだな」
星見屋の爺様は飛び出してきたおねずの頭に手を置き、優しく撫でた。
「こねずみよ、ライを連れてきてくれたのだな。感謝するぞ。わしも探しておった」
「ちょうちゅけどんが、ちゅれてきた」
「そうか。惣右介よ、感謝する。天帝から再三催促が来ておる。困っていたのだ」
「ホシミヤサマ、モウシワケナイ。オレモ スベヲ サガシテイタ」
星見屋の爺様の言っていることもわからないし、何よりも関わりたくない。
惣右介は星見屋の爺様の言うことには取り合わず
「では、送り届けたぞ、ライ。さ、おねずも帰るぞ」
と、おねずの手を引っ張った。
「まだじゃ、惣右介、これからが本番だ。ライを天に帰す手伝いをせい」
「いや、もう帰る。そいつは鶴賀谷村で蔵を荒らし、捕まったのだ。ライが何かは知らんが、生きて帰れるだけでも御の字だ」
「惣右介、お前は呼ばれているのだ。それでこの場にいる」
惣右介は怪しむばかりで、星見屋の爺様の言うことを取り合おうとしなかった。
「呼ばれている?まさか。俺はただの惣右介だ。人別長にも載っていない男を誰が呼ぶというのか」
「天が呼んでいるのだ」
星見屋の爺様がきっぱりと言った。あまりにきっぱりと言い切ったので、惣右介は憮然としたものの二の句が継げなくなってしまった。
星見屋の爺様は、惣右介、荒獅子を順繰りに見て
「ふむ。東西は揃っておるな。あとは南か…」
と言った。そして腕を組んで、考え出した。
目の前で展開されていることについていくので精いっぱいの荒獅子は
「あなた様は星宮の宮司様でいらっしゃいますか?」
と、やっとの思いで口にした。
(ホシミヤの宮司?星見屋の爺様ではないか…)
惣右介は荒獅子の言葉に違和感を持つ。
「いかにも。やんごとなきお方の御遣いの者よ」
「某のことをご存じで…?」
「ああ、待っておったぞ。ライが来たからの、おいおい来る頃じゃと思っておった。ライ、難儀であったが、それでも東西を見つけてくるとは、立派なものじゃ。天帝もさぞ、お前をお褒めになるだろう」
ライの金色の毛が一瞬光ったように見えた。
「あとは、南だが…」
(南?)
惣右介は、先ほどライと交わした会話を思い出した。
「どうしたものかのう」
「ホシミヤサマ、ソレ、ソコニイル ダイコクネズミ ノ ムスメ ナラ、ヤミニ スマウ モノ ナリ。ネズミ ハ ネノクニニ スマウモノ。ソノウエ ソノムスメ ハ ハネヲモツ」
ライの言葉を受けて、星見屋の爺様は改めておねずを目を眇めて見た。
「ほうお、ライの言った通りだ。気がつかなんだ。こねずみよ、おまえは羽を持っているのだな。闇に住む者だけでは、ちと弱いが、羽を持つのは上等じゃ。ふむ丁度良い」
星見屋の爺様は、満足げに頷く。とうのおねずは星見屋の爺様からさっと離れて、
「あっちには、はねがあるのか、ちょうちゅけどん?」
と惣右介に縋り付き、不安げに聞いた。おねずに聞かれたものの、惣右介にはおねずにあるという羽は見えなかった。
「おねず、残念ながら俺には見えん」
「あらぢちどのは、どうだ?」
おねずが半泣きの顔で、聞く。
大嫌いな鷹や鳩のような羽が自分にあると言われたことが衝撃だった。
「某にも見えぬ。…ただ、おねず殿。世にも名高い星宮の宮司様の仰る事だ、間違いはない。きっと下賤な我らには見えんが、天に御心がある方々には、おねず殿の羽が見えるのだろう」
荒獅子は真面目に答えていた。惣右介は心の中で
(そんなこと、あるわけないだろう!)
と、ふつふつと怒りがわいてきた。自分のこともだったが、この後に及んでおねずのことまで適当な事を言いだして、本当に困る爺様だ。
「爺様よ、あまりいい加減なことを言わないでくれるか。特におねずはまだ小さい。小さいものに対して、惑わせるようなことをいうのはやめてくれ」
「笹葉殿、それは宮司様に対して失礼なものの言いようであるぞ」
荒獅子はあくまで「星宮の宮司」として敬意を払っている。
「まあ良い、まあ良い、荒獅子とやら。惣右介は全ての事の原因はわしにあると、頑なに思っておるからな。それもまあ、致し方ないこと。事はそんなに簡単ではないのだが、今の惣右介にはそれが限界よ」
爺様はそこまで言うと、今度はおねずをちらりと見て
「だが、これからは違うかも知れぬ」
と言った。おねずは半泣きの表情で、惣右介の陰から覗いている。
「さて、お前様たちに頼みがある」
星見屋の爺様は惣右介とおねず、荒獅子に向き直って言った。
「ここにおるライは、もともと天に住まうもの。天帝の御遣いじゃ。今回は、天帝の命を受けてこの下界に降りて来たのじゃが、故あって帰れなくなってしまった」
三人は一斉にライを見た。この不思議な狸のような生き物が「天帝の御遣い」とは、俄かには信じられなかった。だが、荒獅子はハッと気づいて
「先程、宮司様はライが来たから、私が来る頃かと思っておられたと仰いました。では、私の御役目とライの御遣いは関係があることでござろうか?」
「荒獅子、そなたはまんざら阿呆ではないと見えるな。まあ、そういうことじゃな」
荒獅子はぐっと息を呑んだ。何せ自分の御役目は、江戸表の發子様からお国元への御世継誕生を確実に知らせる密使であり、かつ星宮の宮司にお世継ぎ様の命を伺う事である。そのうえ、場合によってはその先まで命じられている。
「荒獅子とやら、聞きたいことは数多あるじゃろうが、ライを返したら、ゆっくりと聞こう。ここは、早くライを返してしまいたい。天帝も痺れを切らしておる」
「宮司様。わかり申した。それで、某どもは何をすればよいのであろうか」
荒獅子はすっかり、爺様に協力する態勢だ。
「戻す為には、青竹で四方の結界を張り、四神の送り出しの儀式をする」
星見屋の爺様は惣右介を見て、
「東は青竜、惣右介はそこに」
次は荒獅子に向き直り、
「西は白虎、荒獅子とやら、お前様がぴったりだ」
それを聞いて、荒獅子は頷いた。
「北は玄武、老人、賢者の位置。そこは、わしで間に合わせる。今回は天帝もお許しくださるだろうて。…そして、南じゃ」
星見屋の爺様はここまで言って一息ついた。
「南は一番難しい。南は朱雀、一番望ましいのは、(生まれ変わるもの)じゃが、それは滅多に現れるものではない。その時は羽を持つもの、闇に住まうものにて代用するのだが、これも何でもよいというわけでもない。此度は大黒ねずみの娘…根住み(ずみ)か、ちょうど良い。その上、この娘は羽も持っておる。いろいろな意味で条件にかなっておる。ライ、お前は運が良かったな」
「ホシミヤサマ、ソウスケガ ザルノナカニ、トウモロコシ ト ウリ、コメ ト ミソ モ、モッテイル」
ライが言った。それは五作とさちから貰った瓜ととうみぎ団子、そして惣右介の昼餉の握り飯だった。
「よし、とうもろこしと季節の恵み、それに米と味噌まであるのなら、お誂え向きじゃ」
(え、ちょれはちょうちゅけどんのとうみぎだんご…うりも、こたきちゃまにもっていきたかったのに…)
おねずは悲しくなった。自分の分は仕方ないが、惣右介や小滝の分まで持っていかれるなんて…。おねずの心中を察したのか、星見屋の爺様は少し笑いながら
「これ、こねずみ。悲しむのではない。お前はわしに聞きたいことがあったのであろう?どちらにせよ、供物は必要だったのじゃ。これで済んだと思えば、良いものじゃよ」
「わかった」
少し口を尖らせたまま、おねずは言った。
「ライがライであるためには、とうもろこしが必要なのじゃ。ただ、今年はとうもろこしは悉く白美神に奉納されてしまったからのう、ライも難儀じゃったろう。ぎりぎりのところで、とうもろこし…団子だが間に合って良かったのう、ライ?」
返事の代わりなのか、また、ライの金毛が光った。
また遠くが一瞬光った。少し遅れてゴロゴロと雷鳴が聞こえてきた。
「そら、何をグズグズしている、と天帝が催促されている。これですべてが揃った。惣右介、荒獅子、手伝え。ねずみはライをそこから出してやってくれ」
惣右介が異を唱えようとすると、すかさず星見屋の爺様は
「惣右介、心配するな。ライはこねずみを傷つけん。ライ自ら選んだ南の守護じゃ。なんなら、お前の方がよっぽど、危ないと心せよ」
「爺様、意味が分からん」
憮然として、惣右介は言った。
「まあ、まだその時ではない。その時が来たら、わかるだろうて…今はライを天に帰す」
再びの雨がバラバラと降る中、星見屋の爺様の指示で惣右介と荒獅子は四方に青竹を立てた。その間、爺様はその真ん中に祭壇を作り、瓜やとうみぎ団子などが入っている笊を備える。杉木立の下で雨宿りをしながら、おねずとライはその様子をじっと見守っていた。
不意にライが
「ソナタ、ドウシテ ネズミノムスメ ニ ナド ナッテイル?」
とおねずに言った。おねずは何を言われたのかわからず、
「え?あっちは、もともと、ねじゅみだよ、らい?」
そう答えたおねずを、ライはしばらくじっと見て、
「ソウカ」
と、また黙ってしまった。その時、ふと、ライの目は獣の目ではなく、人の目みたいだとおねずは思った。
「それでは、準備が出来た。始めよう」
星見屋の爺様はそう言うと、惣右介、おねず、荒獅子と順番に立つべき場所を指示した。
そして、最後に
「ライよ、そなたも位置につけ」
と指示した。するとまた、ライの金の毛が光った。
ライはちょこちょこと歩いて、真ん中の祭壇に向かう。雨は一段と酷くなり、雷も近くに迫ってきている。どしゃぶりの雨の中、これから何が起こるのかと、惣右介、荒獅子、おねずは固唾を飲んで見守っていた。祭壇の前に来たライは二本足で立ち上がり、空を仰いだ。雨は音を立てて降っている。すぐそこまで来ている雷が閃光の後、轟音を響かせた。
「ライ、今じゃ!」
星見屋の爺様が叫んだ。ライがすかさず、祭壇の上の笊をつかみ、天に捧げ上げた。
その瞬間、辺り一面、閃光で白くなり、続いて世界が割れたのかと思う程の雷鳴が響いた。




