父と再会
翌朝。
王城の窓から、淡い朝の光が差し込んでいた。
夜の静けさがまだ少し残る時間。城の廊下は落ち着いた空気に包まれている。
フィルは、兵士に案内されながら城の奥へと進んでいた。
向かう先は、王の自室。
扉の前まで来ると、兵士が足を止めた。
「陛下は中でお待ちです」
そう言って軽く頭を下げ、扉を開ける。
中へ入ると、部屋の中は静かだった。
大きな窓から朝の光が入り、白いカーテンがゆっくり揺れている。
その奥。
広い寝台の上に、一人の男が横になっていた。
王都アーバンの王・ファルクス。
フィルの父親だ。
彼は、最後に見た時よりも明らかに痩せていた。
かつては重厚な鎧をまとい、戦場に立った王。だが今は、体を起こすことさえ難しそうに見える。
それでも、フィルが入ってきたのに気づくと、彼はゆっくり視線を向けた。
「……来たか」
掠れた声だった。
フィルは少しだけ近づく。
「久しぶりだな」
王は小さく笑った。
「大きくなったな。元気そうで、何よりだ……」
その言葉には、長い時間の重みがあった。
フィルはベッドのそばで足を止める。
「そっちは今にも死にそうだな」
「…………」
「サクヤと母さんに聞いたよ。…病気、なんだってな」
「……医者には、もう長くは生きられないと言われた」
言いながら、王は息を吐く。
「すまなかった」
視線がフィルの右手に向く。
王にも刻印は見えていないが、その気配だけは感じ取っていた。
フィルの眉がわずかに動く。
「お前が兵士を殺したと聞いたとき」
王は天井を見上げる。
「私は疑わなかった」
声は静かだった。
「刻印の話を聞いていたからな」
刻印は災いを呼ぶ。
理性を奪い、殺戮を行う。
その言葉を、王は信じていた。
「あの時、少しでもお前のことを信じられていれば……」
短い沈黙。
フィルは表情を変えない。
王は小さく笑う。
「父親として……失格だった」
その言葉には、どこか諦めが混じっていた。
少しだけ視線を落とし、フィルは眉をひそめる。
「……今さらだよ。この三年、オレがどんな気持ちでいたかわからないだろ?突然、身に覚えのない罪を着せられて、王都を追われて…、知らない土地で右も左もわからなくて誰にも頼れない。……父さんのせいでオレはこうなったんだ。そんな簡単に謝ってくれるなよ…!」
歯を食いしばり、フィルはそれまで胸に秘めていた思いを王に告げる。
王は、静かに聞いていた。
「………そうだな」
窓から朝の光が差し込む。
部屋の空気は穏やかだったが、その奥には言葉にできない時間が横たわっていた。
「お前の思いは理解している。許してくれとは言わん。…だが、これだけは言わせてくれ」
しばらくして、王は言った。
その声が、ほんの少しだけ強くなる。
「戻ってきてくれて、ありがとう」
「…………」
フィルは黙っていた。
眉をひそめたまま、父親を見つめる。
「…あの日から、私たちは変わった」
王は、少しだけ目を細めた。
「その中でも、一番変わったのはサクヤだ。あれは昔から、お前の背中ばかり見ていた」
小さく笑う。
「お前がいなくなってからもな」
「………」
「騎士団長となったのは、お前を迎えに行くためと聞いた。そのために、幼い頃より慣れぬ剣の稽古を一生懸命にやり、…あっという間に騎士となり、団長にまで上り詰めた。私は驚いたよ。我が息子ながら、大したものだと思う」
王はゆっくりと言う。
部屋の中に静かな空気が流れ、やがて王は咳をした。
体が小さく揺れる。
フィルは反射的に一歩近づいた。
「大丈夫だ」
王は手でそれを制す。
「喋りすぎたな。久しぶりにお前と話せて、恥ずかしながら舞い上がっているのかもしれん」
息を整え、淡々とした声で言った。
「………フィルよ」
王はフィルを見た。
まっすぐな視線。
「その刻印は危険だ」
その視線はフィルの右手を捉えた。
「それは……この世界のものではない。…それは、前の世界の落とし物だ」
ホワイトが言っていた言葉と同じだった。
「………知ってる」
「そして、その刻印に関わる出来事が、最近増えている」
「…増えてる?」
フィルの眉が、わずかに動いた。
王は頷き、ゆっくりと続ける。
「刻印を持つ者。刻印に狂わされた者。そして……刻印を探す者たち」
朝の光が、部屋の空気を白く照らす。
「お前が戻ってきたのは、偶然ではないかもしれないな」
「…………」
フィルは黙って聞いていた。
王は、ゆっくりと目を閉じ、小さく息を吸う。
「もしこの先、刻印の真実に触れることがあるなら」
そして、目を開けた。
「その時は、逃げずに向き合うのだ。…たとえそれが残酷な真実だったとしてもな。それが、お前の運命なのかもしれない」
王は言う。
部屋は静かになり、フィルはしばらく黙っていた。
そして、ぽつりと聞く。
「……どうして、それをオレに?」
聞くと、王は少しだけ笑った。
「簡単だ」
その声は弱い。
けれど、王としての強さがその言葉には隠されていた。
「お前はもう、この"戦争"に巻き込まれているからだ」
窓の外では、朝日が王都を照らしていた。




