朝から元気
その頃。
ルーンは、盛大に布団を揺さぶられていた。
「ルーン!ルーン!朝だよ!起きて!」
耳元で弾ける声に、ルーンはゆっくりと瞼を開く。ぼんやりとした視界の中で、まず目に入ったのはフィラーラの顔だった。
「……おはよう。朝から元気ね……」
まだ眠気の残る声でそう呟きながら、ルーンは上体を起こす。
そして、ふと彼女の姿を見て首を傾げた。
「……何それ」
「ん?」
フィラーラはきょとんとした後、すぐに気付いてにこっと笑うと、その場でくるりと回転した。
ふわり、と裾が広がる。
「これ?似合う?デメテラに借りたの!」
嬉しそうに胸を張る。
彼女が身に纏っているのは、青いドレスだった。柔らかな布が光を受けて、朝の部屋の中で淡く輝いている。
「綺麗な服だねって言ったら、着てみる?って言われたから着てみた!」
「へえ……」
ルーンは素直に感心したように眺めた。
「確かに、綺麗なドレスね」
その時、部屋の扉が静かに開く。
二人が振り向くと、そこにはホワイトの姿があった。
昨日まではほとんど何も身に着ていなかった彼(彼女?)だが、しかし今日は違う。
彼(彼女?)は、黒い衣服を着用していた。
歩き方はぎこちなく、ぎし、ぎし、と動きにくそうにしながらホワイトはルーンの前までやって来る。
「あなた、それどうしたの?」
首を傾げて聞くと、フィラーラが楽しそうに答えた。
「デメテラに服着ろって言われた。何も着てないままで、お城歩かれると迷惑だからって」
「あー…」
ホワイトが着ているのは、タキシードと呼ばれる礼服だった。
きちんと整えられてはいるが、どうにも動きと噛み合っていない。
ホワイトはルーンの前で立ち止めり、そして、いつもの淡々とした声で言った。
「おはよう、私の妻」
その言葉を聞いた瞬間、ルーンの眉がぴくりと動いた。
「……妻はやめて」
「何故」
ホワイトは首をわずかに傾ける。
「私の妻は、私の妻だ」
「妻になった覚えはないわ」
「魔力を与えた。魔力を与える。妻の証」
「……。…普通に、ルーンでいい」
そう言うと、ホワイトは少しだけ考えるように沈黙した。
やがて頷く。
「わかった。妻と呼ばれるのが嫌ならば、これからは妻と呼ぶのはやめよう」
そして続けた。
「私のルーン」
「……」
ルーンは小さく目を閉じる。
「(“私の”もやめてほしいんだけど……)」
言う気力も起きず、彼女はため息を吐きながらベッドの端に腰を下ろした。
「あのねっ、ルーンのも借りてきたの!」
すると、フィラーラがぱっと声を上げる。
テーブルの上に置いてあった紙袋を手に取り、彼女はそれをルーンへ差し出した。
「はい!」
「……?」
受け取り、袋の中を覗く。
中身を取り出すと、手には水色のドレスが握られていた。
やわらかな色合いの布地。丁寧に作られた装飾。さらに袋の中には、ネックレスやイヤリングなどのアクセサリーがいくつも入っている。
「ルーンに似合いそうなドレス、わたし選んだの!」
フィラーラは得意げに胸を張る。
「アクセサリーも、デメテラにアドバイス貰って、選んだ!」
ルーンはドレスを持ったまま、静かに言った。
「……これを私にどうしろと?」
「もちろん、着るの!」
「断ってもいいかしら」
即答だった。が、しかし。
「駄目だ、私のルーン」
ホワイトがすぐに言葉を挟む。
「私のルーンもそれを着るのを推奨する。きっと似合う」
淡々とした声で続けた。
「私は、私のルーンがそれを着たところを見てみたい」
「わたしも見たい!」
フィラーラがぴょんと跳ねる。
「ルーンのドレス姿!絶対に可愛い!着たら、シオンたちに見せに行く!」
「えっ」
ルーンは思わず目を丸くした。
嫌な予感しかしない。
しかしその予感を否定する者は、この部屋にはいなかった。
結局。
ルーンはドレスの着用を余儀なくされる。
「…………」
朝早くから、ずいぶんと忙しいことだ。
水色のドレスを見つめながら、ルーンは深く息を吐いた。




