気付かされる
部屋の隅には、簡易的な仕切りが立てられていた。
「じゃあ、着替えるから」
ルーンはそう言うと、紙袋を抱えてその向こう側へと入っていく。布の仕切り一枚とはいえ、姿は見えなくなった。
フィラーラは期待に満ちた目でその仕切りを見つめている。
「絶対似合うと思うよ、ルーン!」
仕切りの向こうから、衣擦れの音が小さく聞こえる。
「そうだといいけど」
ルーンの声は、いつも通り落ち着いていた。
しばらく様子を見守り、ホワイトが静かに口を開く。
「……一つ、疑問がある」
唐突な言葉に、フィラーラが首を傾げる。
「疑問?」
しかしホワイトの視線は、仕切りの向こうへ向けられていた。
「君にではなく、私のルーンに対しての疑問だ」
布越しに、その声が届く。
「…何?」
少しして、ルーンの声が返ってきた。
ホワイトは淡々と続ける。
「昨日の夜、私のルーンと金色の子の会話を聞いた」
一瞬、衣擦れの音が止まった。
「……聞いてたの?」
「私と私のルーンは魔力を介して繋がった。だから、私のルーンがどこで何をしていようとも私にはすべてわかり、誰と話しているか、その会話も聞こえてくる」
悪びれた様子もなく、ホワイトは答える。
そして、静かに尋ねた。
「ここで、私のルーンに問う。あの金色の子とは、どういう関係だ」
「……………」
仕切りの向こうで、ルーンは少しだけ考える。
考えるまでもなく、答えはすぐに出た。
「どうって……仲間よ」
当然のような答え。
だが、その言葉にホワイトは即座に首を横に振った。
「違う」
短い否定だった。
ルーンは思わず言い返す。
「何が違うの?」
「あれは、仲間に対する反応ではない」
ホワイトは静かな声で続けた。
「反応?」
「昨日、私のルーンが金色の子と会話をしていた時、魔力の流れが微弱に変化した箇所があった」
仕切りの向こうで、ルーンの手が止まる。
「声も変わった。心拍も上がっていた」
淡々とした観察の言葉が続く。
「あれは、"ただの仲間"に向ける反応ではない」
「……………」
ルーンは、しばらく何も言わなかった。
ただ、ドレスの布を握ったまま立ち尽くしている。
やがて、少しだけ苛立ったように口を開いた。
「……あのね。そんなの、たまたまでしょう」
「違う」
また、同じ言葉だった。
ホワイトは少し考えるように目を伏せてから、言う。
「私のルーン。私の見解では、私のルーンはあの金色の子を特別に見ている」
その言葉に、ルーンの胸がわずかにざわめいた。
「特別?」
「そうだ」
ホワイトは続ける。
「ここで問う。私のルーンは、金色の子が傷付くことを嫌うか。彼が他の女性と話すことを嫌うか。彼が刻印のせいで死ぬことを嫌うか」
「っ、」
仕切りの向こうで、ルーンの呼吸が少し乱れた。
ホワイトは、それを見逃さない。
「私のルーン。今の問いで、私のルーンの魔力の流れが激しく乱れた。…私のルーン。私のルーンはもう金色の子を仲間とは思っていない」
静かな声が言う。
「…いや。仲間と思ってはいるが、それとは別にもっと強い感情がある」
ルーンは言葉を返せなかった。
ただ、胸の奥が妙に落ち着かない。
頭の中に、ふと浮かぶ。
フィルの顔。
優しく笑う表情。
自分の名前を呼ぶ声。
危なっかしくて、でも、いつも前に出て守ろうとしてくれる背中。
それを見ていると、なぜか落ち着かない気持ちになる。
胸の奥が、少し熱くなる。
ルーンは小さく首を振った。
「……そんなわけない」
そう言ったつもりだった。
けれど、声は少し弱かった。
ホワイトはその沈黙を聞き、そして迷いなく言う。
「私のルーン。私のルーンは、金色の子に恋をしている」
その一言が、布の仕切りを越えて落ちた。
ルーンの手から、ドレスの布がするりと滑り落ちる。
床に、やわらかい音がした。
「……え?」
思わず漏れた声は、小さかった。
ホワイトの隣でそれを聞いたフィラーラは、目を見開く。
「私は、私のルーンを昔から見てきた。私のルーンは、私たちカラーを導く運命を持った女性。私たちは、私たちのルーンを愛している。私のこの想いと、私のルーンがあの金色の子に抱いている感情は似ている」
その言葉が、頭の中でゆっくりと響く。
「…………」
フィルのことを考える。
彼の顔を思い浮かべた瞬間、ルーンの胸は小さく脈打った。
彼女は動かないまま、しばらく立ち尽くす。
やがて小さく息を吸い、そして誰にも聞こえないほどの声で呟いた。
「……うそ」
その言葉は否定ではなく、戸惑いに近かった。




