恋の自覚
布の仕切りの向こうで、ルーンはしばらく動けずにいた。
床に落ちた水色のドレスを見つめたまま、思考がまとまらない。
胸の奥が、妙に落ち着かない。
さっきホワイトが言った言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
――恋。
「……そんなわけ」
否定しようとして、言葉が続かなかった。
胸のざわめきは消えないまま、やがて着替えを終え、仕切りの布をそっと開く。
「……き、着替えたわよ」
外に出た瞬間、部屋の空気が一瞬止まった。
フィラーラの目が、ぱっと大きくなる。
「ルーン……!」
次の瞬間、彼女は勢いよく近付いてきた。
「すっごく可愛い!!」
思いきり褒められて、ルーンはわずかに眉をひそめる。
「……そう?」
水色のドレスは、思っていたよりも体に馴染んでいた。淡い色合いが彼女の雰囲気によく合っている。
フィラーラはぐるぐるとルーンの周りを回る。
「絶対似合うと思ったの!」
ホワイトも静かに彼女を見つめる。
「ああ。よく似合っている」
短く言う。
「私のルーンは美しい」
「……“私の”はやめて」
ルーンはすぐに訂正した。
しかしフィラーラはそんなやり取りなど気にせず、ぱっと顔を輝かせる。
「見せに行こう!」
「……え?」
「シオンたちに!」
「あ、本当に行くのね。……って、ちょっと待ちなさい!」
ルーンが止める前に、フィラーラはもう扉へ向かっていた。
「絶対みんなびっくりするよ!」
勢いよく扉を開ける。
すると、フィラーラの動きが止まった。
「あ」
ドアノブに手を掛ける寸前だったか、その人物もフィラーラと同様に動きが止まっている。
そこに立っていたのはフィルだった。
「……フィ、フィル」
ルーンの足も止まる。
彼は少し驚いた顔をしていた。
「吃驚した。急に出てこないで…、って、フィラーラ…その格好…」
「えへっ。デメテラに借りたの。どう?」
フィルの前でも、フィラーラは体をくるりと回す。ふわりとスカートが揺れ、それを見たフィルは口元を緩ませた。
「凄く似合ってるよ」
「へへっ。ルーンも着てるんだよ!」
「……ルーンも?」
彼の視線が、ゆっくりとルーンへ向く。
水色のドレス姿の彼女を見て、フィルは一瞬、言葉を失った。
「……え」
それだけだった。
けれどその表情は、はっきりと驚いている。
ルーンの胸が、どくんと鳴った。
気付いてしまった。気付かされてしまった今の彼女にはもう、この気持ちを誤魔化すことは出来なかった。
「(……恋)」
その言葉が、また頭をよぎる。
急に、フィルの視線が落ち着かないものに思えてくる。
顔が少し熱い。
「……何よ」
思わず、少し強い声が出る。
フィルは慌てたように首を振った。
「いや、別に……その……」
フィルは少しだけ顔を赤くして、言葉に詰まる。
それから少し視線を逸らし、頬を掻いた。
「フィル。感想は?」
期待に満ちた表情で、フィラーラはフィルを見つめる。
「……………」
そして、彼はもう一度ルーンの姿を見た。
「似合ってる」
短く呟く。
それだけだった。
それだけなのに、ルーンの胸がさっきよりも強く跳ねる。
「……そう」
どう返せばいいのか分からず、ルーンは小さく答えた。
「ね?可愛いでしょ?」
「お、おう……」
フィルはまだ少し戸惑っている。
ルーンは視線を逸らした。
胸の奥が、落ち着かない。
「(……そうか)」
昨日までと、何も変わっていないはずなのに。
フィルがそこにいるだけで、妙に意識してしまう。
「(……本当に、私は)」
ルーンは小さく息を吐いた。
ようやく分かった。
ホワイトの言葉は、間違っていない。




