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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
2、カラーを求めて
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眠れなくて





 サクヤと別れ、自分の部屋の前まで戻ってくると、フィルは足を止めた。


 扉の前。

 そこに、ひとつの影があった。

 膝を抱え込むようにして、床に座り込んでいる少女。

 廊下は薄暗く、窓から差し込む月明かりだけが床を淡く照らしている。

 窓際の近くに座る彼女の横顔を、その青白い光が静かに縁取っていた。


「ルーン…?」


 フィルは少女の姿を見て、呟く。

 靴が床を打つ小さな音が廊下に響き、その少女…ルーンは顔を上げた。

 フィルの姿を見つけると、ぱちりと目を瞬かせ、すぐに立ち上がる。


「…あ…」


 少し慌てたように服を整え、口元にぎこちない笑みを浮かべた。

 フィルは彼女に歩み寄りながら、首を傾げる。


「ここで何してるんだ?」


 ルーンは一瞬言葉を探すように視線を揺らし、それから小さく答えた。


「眠れなくて……」


 その顔には、どこか疲れが滲んでいる。


「騎士の人に部屋の場所を聞いたの。それで、ここに来て……」


 ルーンは扉の方をちらりと見た。


「ノックしたんだけど、いなくて」


 肩を竦める。


「仕方ないから待ってた」


 そして、すぐに言葉を足した。


「待ってたって…」

「あっ、安心して。そんなに長くは待ってないわ」


 フィルはそれを聞いて、短く息を吐く。

 廊下で話し続けるのもどうかと思い、彼は扉を開けて、ルーンを部屋の中へ招き入れた。



+



 部屋は思っていたよりも簡素だった。


 広さはそれほどない。

 ベッドと小さなテーブル、壁際のクローゼット。置かれている家具はそれだけだ。

 窓は開いていて、夜風がカーテンを静かに揺らしている。


 ルーンは部屋に入ると、ゆっくりと周囲を見渡した。


「……」


 フィルは窓の方へ視線を向けながら言う。


「ここに戻ってくるのも久しぶりだよ」


 三年。

 その時間が、言葉の奥に沈んでいる。


 ルーンは何も言わず、静かにベッドへ腰を下ろした。

 フィルもその隣に座る。


「……よかったわね」

「ん?」

「無事に故郷に帰ってこれて」

「……ああ。うん。まさか普通に帰ってこれるとは思ってなかった…」


 眉尻を下げて、笑う。


「えと…それで、どうしてオレのところに?」


 フィルは少し首を傾げて聞いた。


「フィラーラは?」

「フィラーラなら早々に眠ったわ」


 ルーンは答え、小さく笑う。


「シオンとジェイクも、雪山登山での疲れが出たみたい。三人ともぐっすり」


 そして、肩を竦めた。


「話し相手が欲しいからって起こすのも忍びなくて。…それで、貴方のところに来たの」

「オレも眠ってるかもしれないって考えなかったの?」


 ルーンは少しだけ視線を逸らした。


「考えたけど……」


 小さく息を吐く。


「考えるより先に体が動いていたのよ」


 そう言って、困ったように眉尻を下げた。

 その表情を見て、フィルは少しだけ目を細める。


「眠れない理由、聞いても?」


 何気ない調子で尋ねる。

 ルーンは少し考えるような仕草を見せて、フィルの右手へ視線を落した。


「色々考えていたら、目が冴えちゃって」

「色々?」

「そう。色々」


 それ以上は言わない。

 しばらく、二人の間に沈黙が落ちる。


 その静けさを破ったのは、窓から入り込んだ風だった。

 夜の空気は冷たい。

 防寒着を脱いだままのルーンには少し厳しい寒さで、冷たい風が肌を撫でると、ルーンは小さく体を震わせる。


 その様子に気付いたフィルは立ち上がって、窓がある方へ歩いていった。


「……」


 開いたままの窓枠に手をかける。

 おそらく、誰かが開けてそのままにしていたのだろう。

 母か。弟か。あるいは使用人か。

 そんなことをぼんやり考えながら、窓の取っ手に触れる。


「――――」


 その時、ふと、いつの日か思った疑問が頭に浮かんだ。

 フィルは自分の右手を見る。


 刻まれた刻印。

 それから、ゆっくりとルーンの方へ振り向いた。

 ベッドに座る彼女は、寒いのか腕をさすっている。


 窓を閉めて、フィルはルーンのもとへ戻った。


「あのさ、ずっと思ってたんだけど…」

「なに?」


 隣に座り、口を開く。


「……君は、この刻印のことをどこまで知ってるんだ?」


 その言葉を聞いた瞬間、ルーンの視線が再びフィルの右手に落ちる。

 見えない刻印を見つめ、そして眉尻を下げた。


「…………」


 やがて、顔を伏せる。


「詳しくは知らないわ。貴方のように…刻印を持った人を知っていた。ただそれだけ」

「! オレの他にも、こいつを持ったヤツがいるのか?」

「いる、というより、いたって言った方が正しいわ。…その人たちは、既に死んでしまったから」

「………」


 ルーンは言う。

 フィルは息を呑んだ。


「死んだのは、刻印のせいで?」


 謁見の間で言っていたホワイトの言葉を思い出す。

 刻印に寄生された者は、やがて意識を乗っ取られ、死に至る。


 問えば、ルーンは静かに頷く。

 そして、少しだけ間を置き、フィルは言った。


「……もし、話せるなら…その人たちのこと、教えてくれないか」


 その声は穏やかだった。


「教えるって、」

「なんでもいい。知りたいんだ、その人たちのこと」

「…………」


 ルーンは、すぐには答えなかった。

 視線を落としたまま、しばらく黙っている。


 部屋の中で、カーテンがかすかに揺れた。


「私が、あの人たちのことについて話せるのはひとつだけよ」


 ルーンの口調が、少しだけ強くなる。


「聞いて、後悔しないのなら…教えてあげるわ」

「大丈夫。聞かせて」

「………はぁ」


 ルーンは、小さく息を吐く。


「長くなるから、途中で眠らないでね」


 そして、彼女はゆっくりと顔をあげて口を開いた。



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