王都アーバン
冷たい空気を纏ったまま、ルーンたちは王都アーバンへと連れて来られた。
雪山から下りた彼らを待っていたのは、整然と並ぶ騎士団の姿だった。彼らに導かれるまま、彼女たちは石造りの大通りを進んでいく。
王都の中心。
街の奥地にそびえる巨大な城が、ゆっくりとその姿を近づけてきた。
やがて重厚な城門が開かれ、ルーンたちは城内へと足を踏み入れる。
中は静まり返っていた。
行き交う兵士や使用人たちが、足を止めて彼らを見つめる。
好奇心と警戒、そしてどこかざわめいた空気。無数の視線を浴びながら、ルーンたちは奥へ奥へと進んでいった。
彼らの話題の中にいたのは、主にフィル。
フィル様が帰ってこられた。これでこの王都は救われるぞ。などの声があちこちから聞こえる。
「なぁ、お前…フィルが王族だって知ってたか?」
ジェイクが小声でシオンに聞く。
「…ああ」
「ああって、…知ってたんなら教えろよ」
「聞かれていたら教えていた」
やがて辿り着いたのは、玉座の間。
高い天井の広間の奥。
金色の髪の女性が玉座に腰を降ろし、サクヤがそのそばに立った。
ルーンたちは足を止め、彼らを見つめる。
静寂の中、女性が口を開いた。
「改めて、はじめまして皆さん。私はミリエラ・フォンベルク・アーバン」
雪山でも感じたが、穏やかで、よく通る声。
「この王都アーバンを治める王、ファルクスの妻です」
その言葉に、ルーンたちは小さく息を呑む。
だが、玉座の間にいるはずの人物がひとり足りない。
それを察したのか、ミリエラは静かに続けた。
「本来なら、ここには王もいるはずでした」
わずかに視線を伏せる。
「ですが王は今、病に侵されています。現在は自室のベッドで療養中です」
その言葉を聞いた瞬間、フィルの目が大きく見開かれた。
「……病気?」
思わず漏れた声に、ミリエラはうなずく。
「ええ。詳しくはここでは言えませんが、…どうか、王の不在をお許しください」
広間の空気が重く沈む。
その沈黙を破ったのは、サクヤだった。
彼はゆっくりとフィルを見て、ふっと微笑む。
「兄さんが戻ってきてくれてよかった」
その言葉に、フィルの表情が固まる。
「さっき雪山でも話したけど……もう一度言うよ」
サクヤは静かに続けた。
「兄さんの罪は取り消された」
「どういうことだ?」
シオンが静かな声で聞く。
「兵士を殺したのは兄さんじゃなかった」
サクヤの声ははっきりとしていた。
「兄さんは、ただその場に倒れていただけで、兵士たちは別の人物に殺されたんだ」
「別の人物?」
「今は地下の牢屋にいる」
短く、サクヤは答えた。
その後、ミリエラが言葉を継ぐ。
「真実がわかったあと、私たちはすぐに貴方を探しました。けれど、どこを探しても見つからなかった」
金色の瞳がフィルを見つめる。
「貴方を探し続けて、気がつけばもう三年あまり。貴方はもう、見つからないものとばかり思っていました」
三年。
その時間の重さが、広間の中に落ちた。
「兄さんが右手に刻印が浮かんだと慌てて言ってきたものだから。父さんが早とちりしてしまったんだよ」
言うと、ミリエラがフィルの右手を見る。
フィルの右手には刻印が刻まれているが、彼女にもサクヤにもそれは見えていない。
「その刻印は……災いを呼ぶ刻印だと、私たちは聞かされていました」
その言葉に、ルーンの視線が自然とフィルの手へ向かう。
「刻印に選ばれた者は、必ず災いに見舞われる」
ミリエラの声は落ち着いていた。
「それは周囲の者にも伝染し、やがて自分たちを苦しめる」
そして。
「刻印は精神に寄生し、理性を奪い……その人の意思に関係なく殺戮を行う」
その説明に、広間の空気がさらに冷えた。
「だから」
ミリエラは言う。
「だから私たちは、兵士たちを殺したのはフィルだと思ってしまったの」
血を流し倒れる兵士たち。
そのそばに倒れていたフィル。
刻印のことも含め、そう思ってしまっても無理はない。
「ごめんなさい」
ミリエラはゆっくりと頭を下げた。
その謝罪を聞きながら、ルーンは眉尻を下げてフィルを見る。
「…………」
フィルは何も言わなかった。
今さらそんなことを言われても。
胸の奥でそう思う。
けれど口には出さない。
――ただ、右手を強く握りしめた。
その横で、ジェイクがそっとシオンへ顔を寄せる。
「刻印って……何のことだ?」
反対側にいたフィラーラも、首を傾げながらシオンを見る。
その様子を後ろから見ていたホワイトが、静かに口を開いた。
「刻印」
感情のない声だった。
「三年前、金色の子の右手に宿った災い」
広間の視線が集まる。
「刻印は、前の世界の落とし物。異物。刻印は、誰しもが持つ可能性が高い」
「前の、世界……?」
ホワイトの言葉は淡々としていた。
ほんのわずかも表情を変えずに、彼は続ける。
「刻印を持った者は、いずれ精神を喰われ、寄生される。そして――そう長くないうちに死に至る」
「っ、」
その言葉を聞いた瞬間、ルーンの肩が震えた。
肩に乗っていたブルーテイルが、小さく鳴く。
まるで心配するように、ルーンの顔を覗き込んだ。
「死に至るって…!」
「残念ながら、刻印を消す方法は存在しない。つまり、金色の子の未来は絶望的」
静寂が落ちた。
その重い空気を、サクヤが断ち切る。
「……とにかく」
彼は明るい声を作った。
「兄さんが戻ってきてくれた。今はこれを喜ぶことにしよう」
サクヤは軽く肩を竦める。
「雪山で何をしてたのかは知らないけど、疲れてるだろ。部屋を用意させるよ。今日はゆっくり休んでくれ」
そう言って、彼は口元を緩ませた。
聞きたいことは山程あるが、答えてくれそうな雰囲気でもない。
仕方なくシオンたちはその言葉に甘え、今夜はこの城で一夜を過ごすことにした。
礼を言う彼らの中で、ルーンは痛み続ける胸をおさえ、目を伏せていた。




