無事でよかった
崖の斜面は、想像以上に険しかった。
雪の下には岩が混じり、足場は安定しない。
一歩踏み出すたび、ざく、と雪が崩れる。
「……ったく、こりゃ…滑ったら一発で終わりだな」
ジェイクがぼやく。
シオンを先頭に、三人は慎重に崖を下っていった。
冷たい風が吹き抜け、視界を白く霞ませる。
どれくらい降りただろうか。
ふいに、フィラーラが足を止めた。
「……ねぇ、あれ何かな?」
小さな声。
シオンが振り返る。
「どうした」
フィラーラは崖下の奥を指差した。
ジェイクが視線を向けて、目を細める
雪と岩の隙間の向こう。
淡く、蒼い光が揺れていた。
「……ん?何だありゃ?」
シオンの目が鋭くなる。
「急ぐぞ」
光を目指して、三人は足取りを速める。
斜面を滑るように降り、最後の段差を越えた。
そして――
雪原へと足を踏み入れる。
その時、元気な鳴き声が響いた。
「きゅう!」
顔を向けると、蒼い光の中心で青い生き物がぴょんぴょんと跳ねながらこちらを見ている。
ブルーテイルだ。その向こうには人影。
フィルと、そして――ルーン。
その姿を確認した瞬間。
フィラーラの表情がぱっと明るくなった。
「ルーン!」
彼女は駆け出す。
声を聞いて、ルーンは少し驚いたように目を瞬かせた。
「フィラーラ……?」
次の瞬間、彼女はぎゅっと強く抱きつかれる。
「!」
「よかった!よかった!」
震える声。見えてはいないが、きっと彼女は泣いているのだろう。
ルーンは一瞬戸惑いながらも、そっとフィラーラの背を撫でた。
「大丈夫。生きてるわ」
少し疲れた声。
だが確かに、いつもの調子だった。
シオンとジェイクも近づいてくる。
元気そうなフィルとルーンの姿を上から下まで見て、肩を竦めた。
「おいおい、雪崩に飲まれたってのにピンピンしすぎだろ。……お前ら運良すぎか」
「無事でよかった」
ジェイクのあとにシオンが言う。
短い言葉。
ルーンは小さく頷いた。
「そっちも。無事みたいでよかったわ」
そこで、シオンの視線が彼女の首元に止まる。
わずかに残る、薄い紫の痕。
何があったんだと聞くと、フィルが口を開いた。
「毒に侵されてたんだよ」
「毒?」
「実は――」
かくかくしかじかと、簡潔に説明する。
「でも、薬は飲ませたから。命に別状はない」
シオンは数秒だけルーンを見つめ――
「そうか」
やがて頷いた。
それ以上は聞くつもりはないらしい。
そして、その視線は周囲の雪山へと戻る。
「こんな所に長居はできない。ホワイトの捜索を続けるぞ」
「上、戻る?」
フィラーラが聞く。
「いや、このまま先を進む。さっきの道を戻るのはリスクが高いからな。進んでいれば、いずれ上に戻る道は見つかるだろう」
腕を組んで、シオンは言う。
その言葉に、皆が頷いた。
歩き出すと、冷たい風が吹き抜ける。
「…………」
歩き出したシオンたちの後ろで、ルーンは胸に手を当てた。
「きゅう」
とくとく、と音がする。
ブルーテイルを通して、ホワイトの気配が近付いているのを彼女は感じていた。




