これからどうする
どれくらい時間が経ったのか。
遠くで、風の音がしていた。
その単調な響きの中で、ルーンのまぶたが、わずかに震える。
「……ん……」
掠れた吐息。
視界に映ったのは、淡く揺れる光の膜。
ぼやけた白の向こうに、人影が見えた。
「……ルーン?」
低い声が、すぐ近くで聞こえる。
焦りを押し殺した声音。
ルーンはゆっくりと瞬きを繰り返す。
そこにいたのはフィルだった。
「……フィル……?」
「気分は?」
短い問い。
「……平気」
正直な答えだった。
しかし頭は重く、体は鉛のようだ。
けれど、さっきまでの焼け付くような苦しさは引いている。
フィルは小さく息を吐いた。
「よかった……」
「私、どうしたの?」
「…毒だよ」
その一言に、ルーンの意識が少しだけはっきりする。
「毒?」
「うん。ここに来る前の街道で魔獣と戦っただろ?あの魔獣から受けた傷から毒が入ったんだ」
「……」
「あの毒は遅効性で、全身に回ってから症状が出るものだったんだよ」
淡々とした説明。
だが、その指先はわずかに強張っている。
「放っておけば危なかった」
「そう…」
ルーンは目を伏せた。
だからフィルは、しつこく自分に毒のことを聞いてきていたのか。
自分の腕に触れる。
紫の斑点は、薄くなっていた。
「……治療、してくれたのね」
「薬を飲ませたんだ。用意しておくって言っただろ?……まぁ、用意も何も、最初から持ってたんだけど…。万一のために」
「……どうやって?」
「どうやってって?」
「どうやって、…薬を飲ませたの?」
「え、」
その問いに、フィルの視線が一瞬だけ泳ぐ。
「ええと、……普通に?」
声が、ほんのわずかに硬い。
ルーンはじっと彼を見る。
「……普通に?」
「…ふ、普通に口から飲ませたんだよ。無理やりな。ど、どうかと思ったけど…あれしか助ける方法なくて」
やや早口。
明らかに誤魔化している。
数秒の沈黙のあと、ブルーテイルが「きゅう」と鳴いた。
「…………」
フィルの耳が、うっすら赤い。
ルーンはそれ以上追及しなかった。
追及できなかった、とも言える。
代わりに、ゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡した。
「それで、何でこんな状況に?」
「…ああ。雪崩に巻き込まれたあと、ブルーテイルがオレたちを助けてくれたみたいで」
「ブルーテイルが、この結界を?」
「きゅうっ」
「……どれくらい、経ったの?」
「まだ、一時間ほど」
結界の外の様子はわからない。
ここは雪崩の中で、どうすることもできない状況にあった。
「シオンたちと合流しないと」
ルーンが言う。
「だけど、ここからどうやって出る?上は雪で完全に塞がれてる」
フィルは頷いて、周囲を見渡す。
分厚い雪壁に囲まれていて、脱出するのは不可能に近い。
「んー…」
しばし考え――
ルーンは、ブルーテイルを見た。
小さな体が、ぴんと背を伸ばす。
「……いける?」
「きゅう!」
自信満々の鳴き声。
フィルは首を傾げた。
次の瞬間。
ブルーテイルの体が、淡く蒼い光を帯びる。
「きゅううううっ」
鳴き声と共に結界と同質の魔力が、周囲へ広がった。
雪が震え、押し広げられるように左右へと割れていく。
ごご、と鈍い音を立てながら、雪に亀裂が走る。
蒼い光が前方に道を作り、閉ざされた白の中に、一本の通路が現れた。
「なっ、」
フィルは目を見開く。
「これで、外に出られるわ」
体を動かして、ルーンは立ち上がる。
ふらつく彼女を咄嗟に支え、フィルも立ち上がった。
こんな時でも、ルーンの胸はとくりと音を鳴らす。
「……ありがとう」
まだ足元は不安定だ。
「歩けるか?」
「…ええ。大丈夫よ」
冷たい外気が流れ込む。
ルーンは一歩踏み出した。
「行きましょう」
その声は、まだ弱い。
けれど、揺らいではいなかった。
「………」
フィルは頷き、無言で隣に並ぶ。
万が一また倒れても、すぐ支えられる距離で。
「ブルーテイル。さっきのことはルーンには内緒な」
「きゅ?」
「? 何のこと?」
「こっちの話。気にしないで」
眉尻を下げて、フィルは言う。
そして二人は、蒼い光に導かれながら雪の中を進み始めた。




