確かなこと
翌朝。
小屋の外は、夜の雪で一面の白に塗り替えられていた。
簡単な朝支度を終え、一行は出発の準備を進めている。
その中で、ルーンは無言で荷物の紐を結び直していた。
指先の動きは正確だが、どこか、ほんのわずかにぎこちない。
「……ルーン」
不意に低い声が落ちてきて、ルーンの手が止まった。
顔を上げると、すぐ近くにフィルが立っていた。
彼の視線は、昨日傷を負ったルーンの腕に向いている。
「もう平気か?」
短い確認。
いつもと同じ、優しい口調。
ルーンの胸が、わずかに跳ねる。
「……ええ。昨日も言ったでしょ。何ともないわ」
返事が、ほんの一拍だけ遅れる。
自分でも気付かないほどの僅かな間。
「そっか。……毒は?」
ルーンはすぐに視線を外し、立ち上がった。
「あれから体調の変化はないし、問題ない」
言葉はいつも通り。
けれど、フィルの横を通り過ぎる動きが、ほんの少しだけ早い。
足早に離れていく彼女の背を見つめて、フィルの眉がわずかに寄った。
「……?」
違和感。
だが、うまく言葉にならない。
「ふうん」
その時、軽い声が横から聞こえる。
振り向くと、デメテラが腕を組んでこちらを見ていた。
口元には、うっすらと意味深な笑み。
「デメテラ」
「随分、あの子のこと気にしてるのね。……もしかして、好きなの?」
「っ、」
フィルの胸が、どきりと鳴る。
そのほんの少しの表情の変化を、彼女は見逃さなかった。
視線が、ルーンへ向く。
観察するような、やわらかい目。
「べ、別に…気にするのに理由なんていらないだろ」
誤魔化すようにそう言って、フィルはデメテラから離れた。
デメテラの目が、細くなる。
「(……あら)」
胸の内で、静かに何かを理解する。
けれど、それを口には出さない。
代わりに、もう一度うっすらと意味深な笑みを浮かべ、くすくすと笑った。
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一行は、再び雪道へ踏み出す。
隊列が整っていく中で。
デメテラは一歩遅れて歩きながら、ちらりと後ろを振り返った。
少し距離を置いて歩く、ルーンの姿。
そして、その様子を無意識に目で追いかけてしまっているフィル。
デメテラは、誰にも聞こえないほど小さく笑った。
「……なるほど。そーゆうことか」
その呟きは、白い息に溶けて消えた。
それから半日後。
ルーンたちは、王都近郊の街道へと差しかかっていた。
視界の先に現れたのは、雪に半ば埋もれた立て看板と、左右に分かれる二股の道。
シオンが足を止め、ジェイクが看板の雪を払う。
「……分かれ道か」
「えーと……右に行くと王都。真っ直ぐ行くと雪山方面、だな」
ルーンも文字を確認し、小さく頷く。
目的地は雪山だ。
迷う理由はない。
「雪山、真っ直ぐ」
フィラーラがそう言い、先に足を踏み出した。
「……ねえ、フィル」
雪を踏みしめる音が、一定のリズムで続き始めた頃、不意にデメテラがフィルの隣で声を落とす。
歩調を緩め、自然に彼の横へ並んだ。
「なんだ?」
フィルは前を見たまま、短く返す。
デメテラは少しだけ首を傾げ、どこか懐かしむように言った。
「王都、寄らなくていいの?」
フィルの足が、わずかに鈍る。
それはほんの一瞬だが、確かにリズムが崩れた。
「……あそこに用はないよ」
低い返答。
デメテラは、ふっと目を細める。
「ふうん」
軽い相槌。
そのまま、何でもない調子で続けた。
「王様も、もう怒ってないと思うよ」
「………」
フィルの表情が、わずかに強張る。
デメテラは気付いているのかいないのか、くすりと小さく笑った。
「…ねぇ。雪山から戻ったらさ、一度帰ってみようよ。案外、歓迎されるかもしれないよ」
風に紛れるほどの、やわらかな声。
フィルは一拍置いてから、短く息を吐いた。
「……歓迎なんてされないよ。怒るとか怒らないとか、そういう問題で追放されたわけじゃないし」
それだけ言って、わずかに歩調を速めた。
会話はこれでおしまいとでも言うように、フィルはどんどん彼女から離れていく。
「…怒らせちゃった」
デメテラは、小さく息を吐いて肩を竦める。
ふと見ると、こちらの会話が気になったのかルーンが聞き耳を立てていた。
「…どうかしたの?」
「!」
声を掛けると、ルーンは肩を震わせて、慌てて視線を外す。
それを見たデメテラは、何度目かの笑みを浮かべた。




