夜の小屋にて
旅人用の小屋は、思ったよりもしっかりした造りだった。
中で火を起こすと、凍りついていた空気がゆっくりと緩んでいく。
長旅の疲れもあり、ほどなくして皆、毛布にくるまって眠りについた。
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「………」
暖炉の前で、ルーンは静かに火を眺めていた。
隣には、フィラーラ。彼女は、ひとりで起きているのはつまらないだろうからと、眠気を抑えてルーンに付き合っていた。
外では雪がしんしんと降り続いていて、火のはぜる音だけが、周囲に小さく響く。
しばらくの沈黙のあと、やわらかな声が隣から落ちた。
「……ルーン」
ルーンは視線を火へ向けたまま答える。
「なに」
「港町出てから、ずっと元気ない」
ルーンの指先がわずかに動いた。
「そうかしら」
「うん。……もしかして、具合…悪い?」
「……別に。なんともないわ」
いつもの短い否定。
フィラーラは、眉尻を下げて言葉を続ける。
「嘘。ルーン、表情かたい。船を降りるまで、そんな事なかった」
責める気配は、欠片もない。
「……ルーン。フィルとデメテラ、ずっと見てた。気になるの?」
ルーンの呼吸が、ほんの一瞬だけ乱れた。
だが、すぐに言葉を返す。
「別に。気になんてしてないわ」
即答だった。
――けれど。
火の明かりに照らされた横顔は、どこか硬い。
フィラーラは少しだけ首を傾げる。
「そっか」
否定はしない。
ただ、静かに火を見つめ、小さく言った。
「……ねぇ、ルーン」
「なに」
ぱち、と火が弾ける。
「誰かが、他の人と楽しそうにしてるの見て、胸がモヤモヤするのって……」
言葉を、少しだけ選ぶように間を置いて。
「……大事に思ってる証拠、かもしれないよ」
「え、」
ルーンの瞳が、わずかに揺れた。
すぐには、何も言い返せない。
「……なに、急に」
「えへへ。なんとなく、ルーンが悩んでるみたいだったから」
フィラーラの笑顔が、やけに眩しく感じる。
胸の奥のざわつきが、名前を与えられかけているようで――落ち着かなかった。
「……なにそれ。知らない、そんなの」
ようやく絞り出した声は、少しだけ小さかった。
フィラーラは、優しく笑う。
「うん。今はそれでいいと思う。ゆっくり、答え出す。わたし、見守ってるね」
それ以上、踏み込まない。
外では、雪が静かに降り続いていた。
「……………」
ルーンは膝を抱えるようにして、火を見つめる。
胸の奥のモヤは、消えていない。
けれど――
それが何なのか。
ほんの少しだけ、輪郭が見え始めていた。
+
「……ん、」
小屋の中は、静かな寝息に満ちていた。
火は小さくなり、赤い熾がゆっくりと明滅している。
その中で――
フィルは、ふと目を覚ました。
何かに起こされたわけではない。
ただ、長年の癖のように、浅い眠りから意識が浮かび上がっただけだった。
「…………」
無言のまま、ゆっくりと視線を巡らせる。
ジェイクは豪快ないびきをかき、シオンは微動だにせず眠っている。
デメテラも、毛布にくるまって穏やかな寝息を立てていた。
そして――
暖炉の近く。
二つの人影。
フィラーラと、ルーン。
彼女たちは膝を抱えるようにして座り、火をじっと見つめている。
「(……まだ寝てないんだな)」
起き上がって声を掛けようとしたが、ルーンの横顔を見て、それはやめた。
その横顔は昼間よりもずっと静かで、どこか硬く、フィルは思わず眉を寄せる。
「…………」
視線が、そこから離れなかった。
火の明かりが揺れるたび、ルーンの横顔に淡い影が落ちる。
感情を押し殺したような表情。
しかし、何かを考え込んでいるように見えた。
フィルは、気付かないうちに小さく息を吐く。
「………」
しばらくの間、フィルは無言でルーンを見ていた。
やがて、何も言わないまま静かに天井を見上げる。
そのままゆっくりと目を閉じた。
小屋の中には、薪のはぜる音だけが残る。
「…………」
ルーンは、自分が見られていたことなど知らないまま、そのあともずっと火を見つめ続けていた。




