雪の中での戦闘
王都へ続く雪原を進んでいくと、低い唸り声が風の音に混じった。
シオンが即座に足を止める。
次の瞬間、雪煙を蹴散らして三体の魔獣が姿を現した。灰色の体毛に、氷のように鋭い牙。飢えた目が一行を捉える。
空気が一瞬で張り詰めた。
「下がって、デメテラ」
フィルが短く告げる。
「え、ええ……!」
デメテラは頷き、素直にフィルの後ろへ下がった。守られる位置に入る動きは迷いがない。
それを――ルーンは、はっきりと視界の端に捉えた。
彼女の手には、申し訳程度に小型のナイフが握られている。
「(……集中しないといけないのに)」
わかっている。
魔獣は三体。油断すれば一気に崩される数だ。
それなのに――。
意識が、前ではなく横へ引かれる。
「行くぞ!」
シオンの声と同時に、戦闘が始まった。
「うらあ!」
ジェイクが前に出て、一体の攻撃を受け止める。
シオンの剣閃が雪煙を裂き、確実に一体目を仕留めた。
「フィル!」
「任せろ!」
二体目も、連携は乱れない。
「…………」
――本来なら。
ルーンも、そこに完璧に噛み合っているはずだった。
だが。
「フィル…!」
「大丈夫。デメテラは動かないで!」
視界の端で、フィルがデメテラを庇うように立っている。
「っ、……」
胸の奥が、ちり、と焼けるようにざわついた。
「ガアッ…ガ、……」
二体目の魔獣が倒れる。
残るは、一体。
シオンが剣先を向けた。
次の瞬間。
最後の魔獣が、牙を剥き出しにしてルーンへ突進した。
「ルーン!!」
フィルの叫び。
同時に、彼が地面を蹴る。
だが――
わずかに、間に合わない。
鋭い爪が、ルーンの腕を掠めた。
「……ッ!」
焼けるような痛みに、ルーンの表情が歪む。
けれど、すぐさま彼女の瞳が鋭く細められた。
魔力が一気に収束する。
「――散りなさい!」
放たれた魔法が、魔獣の体を正面から撃ち抜いた。
雪煙が舞い、巨体が地面に崩れ落ちる。
周囲に魔獣の気配はなくなり、静寂が戻った。
「ルーン!」
真っ先に駆け寄ってきたのはフィラーラだった。
彼女はルーンの腕を見て、顔色を変える。
「ルーン!血……!」
「……大丈夫」
ルーンは短く言い、すぐに自分の傷口へ手をかざす。
淡い光がにじみ、傷がゆっくりと塞がっていった。
「こうしていれば平気だから」
そう言った声は、いつも通り落ち着いていた。
――けれど。
その表情は、わずかに硬い。
「…………」
フィラーラの眉が、心配そうに寄る。
少し遅れて駆け寄ってきたフィルも、無言でルーンの顔を見つめていた。
何か言いかけるも、言葉は出てこない。
その後、歩みを進めていき、やがて日が傾いて、雪原は群青色に染まり始めた。
一行は足を止める。
「……王都までは、まだ距離があるな」
シオンが空を見上げて言った。
「今日はこの辺で野宿だな」
「おいおい。こんな寒空の下で野宿なんてしたら死ぬぞ」
ジェイクが腕を組んで、即座にぼやく。
だが、この周辺に町や宿はない。
重たい沈黙が落ちかけた、その時。
「あの」
デメテラが、遠慮がちに口を開いた。
全員の視線が集まる。
「確かこの近くに、旅人用に建てられた小屋があったはずよ。昔、この街道を通った時に見たことがあるの」
「本当か?」
シオンの目が細まる。
「案内できるか?」
「ええ、たぶん」
デメテラはしっかり頷いた。
そして一行は、彼女の案内で再び雪道を進み始める。
隊列は、自然と先ほどと同じ形。
前方にシオン、フィル、デメテラ。
中ほどにジェイクとフィラーラ。
そして――
最後尾を、ルーンが歩く。
しばらく雪を踏む音だけが続き、ルーンは小さく息を吐いた。
その時、不意に声が掛かって足音が近付く。
顔を上げると、そこにはフィルがいた。
彼は、歩調を合わせるようにルーンの隣に並ぶ。
「………」
視線が、先ほど傷を負った場所へ。
「腕、大丈夫か?」
低く、抑えた声だった。
ルーンは一瞬だけ言葉に詰まり――
視線を前へ戻す。
「……ええ。問題ないわ」
そっけない返答。
胸の奥のざわつきは、まだ消えていない。
「もし、体調に何か変化とか起きたらすぐに言って。あの魔獣の爪には毒があって、…傷を治したとしても、体内にそれが入っちゃってたら大変だから。薬、用意しておくからさ」
「…………」
無言で頷く。
白い息が、二人の間に静かに溶けていく。
その先に、旅人用の小屋の影が、うっすらと見え始めていた。




