北の大陸へ到着
「かめ?」
ルーンは眉をひそめ、引き上げた生き物をじっと見つめた。
「かめって海の生き物でしょ?……海の生き物って溺れないと思うのだけど……」
「きゅう」
ブルーテイルがルーンの肩から軽やかに飛び降り、甲羅の生き物へと近付いていく。
小さな鼻先でつつきながら、興味深そうに首を傾げた。
「場所が悪かったんじゃね?」
ジェイクは顎に手を添え、首をひねる。
「あっ!」
そこで、声が聞こえた。
振り向くと、そこに立っていたのはフィルとフィラーラ。
「その亀、どうしたの?」
近付いてきたフィルに問われ、ルーンは簡潔に答える。
「釣り上げたの」
「釣り上げ?……、そっか」
するとフィルは、わずかに眉尻を下げて肩を落とす。
亀を見つめ、フィラーラは小さく「可愛い」と呟いた。
「貴方、このかめ知ってるの?」
フィルの反応に、ルーンが問う。
フィルは静かに頷いた。
「こいつは、キタノタートルっていうんだ。北の大陸の海域に生息してる海の生き物だよ」
フィルは亀の顔を指差す。
「ほら、顔のところに二本の線があるだろ?これが特徴なんだ。…こいつがここにいるってことは、たぶん、もうすぐ大陸も見えてくると思う」
言い終えて、彼は小さく息を吐いた。
その微妙な表情の変化に、ジェイクが眉をひそめる。
「フィルは北の大陸出身なのよ」
それに気付いたルーンが、ぽつりと補足した。
ジェイクは「ああ」と短く声を漏らし、再び海の方へ視線を向ける。
――それから二時間ほど後。
ルーンたちを乗せた船は、北の大陸の港町へと到着した。
+
タラップを渡り、桟橋へ足を下ろす。
その瞬間、冷たい風が容赦なく彼らの肌を刺した。
「さっぶ!」
すかさずジェイクが肩を竦め、小さく震える。
「………」
船を降りたルーンは、周囲をゆっくりと見渡した。
真っ先に目に入ったのは、町の至るところに点在する白い塊。足元にもそれはある。
「きゅうっ」
ブルーテイルが白い塊の上に飛び乗る。
シャクシャク、と乾いた音が鳴り、動くたびに小さな足跡が刻まれた。
「雪が気に入ったみたいだね」
その様子を見て、フィルが少しだけ口元を緩める。
そして、小さくした船を回収し、ルーンたちは桟橋を離れた。
しばらく歩いていると、ふいに目の前を白い何かが横切る。
それはルーンたちの前でぴたりと止まり、きょろきょろと辺りを見回した。小さな鼻が、ひくひくと忙しなく動く。
「可愛い!」
それに真っ先に反応したのはフィラーラだった。
近付いていき、彼女はしゃがみ込んでそっとその生き物に触れる。
指先に伝わるのは、ふさふさと柔らかな感触。
ルーンたちも自然と近付き、その生き物をまじまじと観察した。
「こいつは、うさぎか?」
ジェイクが首を傾げる。
「雪うさぎだよ」
フィルが答えた。
雪うさぎ――北の大陸に生息する生き物で、主に雪山で見られる存在だという。
この町にいるのは、少し珍しいらしい。
「ん、」
ふと、ルーンの視線がその首元に留まった。
赤い首輪。
そこに揺れる金色の装飾。
装飾には文字が刻まれていた。
「ここに何か書いてあるわ」
「………す、のお?」
フィラーラが、小さく刻まれた文字を読み取る。
「……スノー?」
フィルが、その名前に反応してぽつりと呟いた。
その時。
「スノー!」
前方から、切羽詰まった声が響く。
足音が近付き、顔を上げると、クリーム色の髪を揺らした一人の女性がこちらへ駆け寄ってきた。
「スノー、こんなところにいた!」
女性は息を切らして、うさぎを抱き上げる。
安堵の色がにじむ声。
ルーンが一歩前に出て、声を掛けた。
「そのうさぎ、貴女の?」
女性は顔を上げる。
彼女は、ルーンたちの姿を見てきょとんとした。
「貴方たちは、…旅の人?」
ルーンは静かに頷く。
「…!」
ルーンたちの顔を順に見つめていった女性は、ひとりの人物の姿を目にすると表情がはっと変わった。
彼女の視線の先にいたのは、フィル。
フィルは女性の顔を見つめ――そして、気まずそうに視線を逸らした。
「フィル?……貴方、フィルよね?」
女性が一歩、また一歩と近付く。
ルーンたちは一斉にフィルの方を振り向いた。
「あー、…えと…ひさしぶり?」
女性はフィルの姿を、まじまじと見つめる。
口を開いて恐る恐る声を掛けると、やがて――彼女の眉尻が、ゆっくりと下がった。
「っ、」
その瞳に涙が浮かんでいるのを見て、フィルは息を詰まらせた。




