北の大陸へ
翌朝。
ルーンたちは早々に街を発ち、港町へと移動した。
潮の匂いが濃く漂う船着き場の桟橋に、一行の足音が乾いた木を叩く。
「じゃあフィラーラ、お願い」
「うんっ」
準備が整うと、フィラーラが荷物袋をごそごそと漁り、小さな船の模型を取り出した。
「それじゃ、いくよ」
彼女はそれをそっと海へ浮かべ、澄んだ声で歌い始める。
やわらかな旋律が風に乗り——次の瞬間、小さな船は淡い光に包まれて、みるみるうちに本来の大きさへと膨らんでいった。
「なっ、」
一緒に来ていたガルシアが目を見開いて驚く。
そりゃ、驚くよな。
口をあんぐりと開けたまま動かなくなったガルシアを見て、ジェイクが言った。
準備を終え、彼から順に船へ乗り込む。
風向きと波の様子を見極め、タイミングを計って船を出航させた。
桟橋がゆっくりと遠ざかっていく。
「じゃあなー!兄ちゃんたちー!」
岸から大きく手を振りながら、ガルシアの声が響く。
それに応えるように、甲板に立つフィラーラも両手をぶんぶん振った。
「またねー!」
「オレ!兄ちゃんたちのこと絶対忘れないからー!!」
ガルシアは叫び続ける。
やがて、港町は水平線の向こうへ小さく消えていった。
+
目的地は北の大陸。
舵を取るシオンの隣で、ルーンは地図を広げ、航路を確認していた。
「このまま北西を維持して。しばらくしたら少しだけ東に寄せて」
「わかった」
短い返事とともに、シオンは舵を微調整する。
甲板では、フィルとフィラーラが手すりに捕まり、穏やかな海を眺めていた。
ジェイクは、船内で眠り込んでいる。
静かな航海だった。
風は穏やか、波も高くない。
何かが起きる気配もなく、時間だけがゆるやかに流れていく。
「シオン。操縦、変わる」
「ああ。頼む」
操舵は交代制で、数時間経ったのち、それはフィラーラの担当となる。
甲板にて、ルーンとフィルが今後の話をしているところにシオンが割って入った。
「カラーは、まだ二つ残ってるわ」
ルーンが静かに言う。
「北の大陸にあるホワイトと、東の大陸にあるグリーン。この二つの雫をブルーテイルに飲ませれば——世界の崩壊は止められる」
風が彼女の紫の髪を揺らす。
「あと二つか…。最初は五つも集めるとか結構大変だなと思ったけど、意外とあっという間だったな」
「そうね。でも、まだ終わったわけではないわ。これからもカラーとの遭遇時には何が起こるかわからない。今まで以上に油断しないようにね」
その言葉に、シオンとフィルは同時にうなずいた。
+
——それから一日。
船は順調に航路を進んでいた。
昨日と変わらず、海は静かだ。
手すりに頬杖をつきながら、ジェイクがぽつりと漏らす。
「……こんなに何もない時間が続くと、これから先の航路でなんか起きそうだよな」
隣で海を見ていたルーンが、風になびく髪をかき上げながら即座に返す。
「そんな事言うと、本当に起こりそうだからやめて」
「長年の経験で、自然とそう思っちまうんだよ」
ジェイクは海から目を離さないまま答えた。
「何もないのが一番よ。特に、海の上ではね」
「……そりゃそうだ」
二人は同時に、小さく息を吐いた。
そして、しばらく無言で波を眺めたあと——ルーンが口を開く。
「そういえば、聞きたかったことがあるの」
「ん?」
「ジェイクは、いつから探求者をやっているの?」
問われたジェイクは、少しだけ空を見上げた。
「そうだな……お前さんくらいの歳には、もうやってたと思うぜ」
懐かしむような声だった。
ルーンはさらに続ける。
「そう。…なら、シオンとは、いつから知り合いなの?」
「あいつとは——」
ジェイクは、操縦席の方へ視線を向ける。
「シオンとは、三十過ぎてからすぐに出会ったんだ。そこからの付き合いで、探求者としてのスキルを磨きたいってんで、一時期俺たちは相棒だったんよ」
「相棒……」
「懐かしいな」
くつくつと肩を揺らす。
「あの頃からあいつは無愛想でな。何考えてんのか、さっぱりわからねえ奴だった」
少し間を置き、肩を竦める。
「……ま、今でも時々わからんけど」
口元を緩ませて言うと、ルーンも同じく口元を緩ませた。
その時。
——ゴトン。
鈍い音が、船体のどこかから響く。
「何だ?」
「……?」
ルーンとジェイクは同時に顔を見合わせる。
そのあとも再び、
——ゴトン、ゴトン。と音が響いた。
二人は手すりから身を乗り出し、音のした方を覗き込む。
波間に、緑色の何かが見えた。
「何だあれ?」
ジェイクが目を細める。
揺れる海面のせいではっきりしないが、それは手足のようなものをばたつかせ、溺れているようにも見えた。
魚か、海藻か。
それは何度も船体にぶつかり、気になる音を立て続ける。
ルーンは小さく息を吸い、指先を持ち上げた。
淡い魔力が波の上に伸びる。
「……ちょっと引き寄せるわ」
慎重に、落とさないように。
緑色のそれをゆっくりと甲板の上へと運び上げる。
目の前に置かれた“それ”を見て、ルーンは首を傾げた。
「…………」
それは、ゆっくり、ゆっくりと。
小さな手足を動かし、甲板の上を、のそりと這うように進む。
それを見下ろした、ジェイクが納得したように呟いた。
「……こりゃ、亀だな」




