ひとつは爆弾おにぎり
マキノたちと別れたルーンは家へと帰ってきた。
玄関の扉を開けるとフィルが出迎えてくれる。
「おかえり。遅かったな」
「ええ。マキノたちと温泉小屋へ行っていたの。……サクラ祭の出し物の件でね」
ルーンは靴を脱ぎながら答えた。
「出し物かぁ。オレも考えないとな」
フィルは呟き、ルーンのあとを歩く。すると客間の方から小さな影が勢いよく飛び出してきた。
「きゅうっ!」
ブルーテイルだ。ブルーテイルはルーンの姿を見つけるなり、真っ直ぐに駆け寄って胸元へ飛び込んでくる。尻尾を大きく振り、全身で喜びを表していた。
「ただいま」
「きゅ!」
ルーンはその体をしっかりと抱きとめ、口元を緩める。ふわふわとした毛並みを優しく撫でると、ブルーテイルは嬉しそうに鳴き声を上げた。
そのままブルーテイルを連れて自室へ向かい、ルーンは制服から普段着へと着替える。着替えを済ませて客間へ戻ると、いつもの場所に腰を下ろして息を吐いた。
客間には自分の他に、フィル、シオン、アラタ、フィラーラの姿がある。ルーンが座るとブルーテイルは膝の上でくるりと体を丸め、安心したように目を閉じた。
「ご飯出来たぞー」
しばらくすると廊下から声が響き、依千蔵と桃華が両手にお盆を持って客間へ入ってくる。
お盆の上には木の皿が載っていて、そこにはひとつひとつ丁寧に海苔を巻かれたおにぎりがいくつも並んでいた。
依千蔵は皿をテーブルの中央に置き、その隣に桃華も同じ皿を並べる。目の前に並んだおにぎりを見て、フィラーラは首を傾げた。
「今日のご飯、おにぎり?」
「ああ。でも、ただのおにぎりじゃないぜ。名付けて――『ひとつは爆弾おにぎり』だ!」
依千蔵は声高らかに宣言する。
「……何それ?」
聞き慣れない名前に、フィラーラが不思議そうな顔をした。依千蔵は並んだおにぎりを指差しながら説明する。
「ここにあるおにぎりは、一見しただけだと普通のおにぎりだろ?」
「うん」
「だけど、この中にひとつだけハズレのおにぎり……つまり、すっげぇ不味いおにぎりが紛れてんだ。それを選んじまったら、はい残念。ってわけ」
どうやら、今日の夕食にこのおにぎりを用意したのには理由があるらしい。これは依千蔵が考えたサクラ祭の出し物の案のひとつなのだという。
実際にみんなに食べてもらい、その反応を見てから案として提出するかどうか決めるつもりみたいだ。
「へぇ。なんか面白そうだな!」
アラタが興味を示し、さっそく手を伸ばしておにぎりをひとつ取った。
それに続いてフィラーラとフィルもおにぎりを手に取る。
「……ご飯は普通に食べたいのだけど」
ルーンは並んだおにぎりを眺めながら、ぽつりと呟く。
「まぁまぁ、ルーンさん。依千蔵のために付き合ってあげて」
桃華にそう言われ、ルーンは眉をひそめた。
せっかく用意してくれたものを断るのも気が引ける。仕方なく、彼女もおにぎりをひとつ手に取った。
「ほら、シオンも!」
「…………」
シオンもアラタに促され、少し迷った末におにぎりを手にする。
「よし。みんな持ったな。じゃあ、せーの!の合図で食べろよ」
依千蔵と桃華もそれぞれ定位置に座り、おにぎりを手に取った。全員が準備を終えたのを確認すると、依千蔵は大きく息を吸う。
「せーの!」
そして、その合図と同時にルーンたちは一斉におにぎりへとかぶりついた。
口の中に広がる米の優しい味わい。噛みしめるうちに具材の味も感じられる。
「………んっ」
もぐもぐとしっかりおにぎりの味を味わうが、次の瞬間、ルーンの表情がわずかに歪んだ。
何かがおかしい。ルーンは向かいにいるフィルたちへ視線を向ける。彼らは特に問題もなさそうに美味しそうにおにぎりを食べていた。
「きゅ?」
膝の上で丸くなっていたブルーテイルがルーンの様子に気づいたのか、目を開けて顔を上げる。
ルーンは手元のおにぎりに目を落とし、中身を確かめた。そこには見慣れない緑色のペースト状のものがあった。直後、口の中に言いようのない辛さが広がっていく。
「…………っ」
ルーンは思わず口を押さえた。
そんな彼女の様子に、ふとフィルが気づく。
「? ルーン、大丈夫か?」
「………ええ。平気……」
そう答えるものの、その表情はとても平気そうには見えなかった。
不思議に思ったフィルはルーンのそばへ寄り、彼女が持っているおにぎりを覗き込む。そこには謎の緑が。
「……何これ?」
「ん?……あ。それ、ルーンに当たったか」
「これ、何なの?」
依千蔵も気づき、ルーンが尋ねると彼はどこか楽しそうに笑って答えた。
「それは、わさびおにぎりだ」
「わさび?」
「ああ」
依千蔵は、わさびがどのような食べ物なのか、口に入れるとどれほど強い刺激があるのかを説明する。
話を聞き終えたルーンは、手元のおにぎりを改めて見つめた。
「……これ、私なら却下するわ」
「え、駄目か。わさび」
「どんな味だったんだ?」
フィルが興味深そうに尋ねる。
「…食べてみれば分かるわ」
そう言って、ルーンはわさびおにぎりをフィルへ差し出した。
「え、食べていいのか?」
「どうぞ」
「…それじゃ、遠慮なく」
フィルは渡されたおにぎりを見つめ、一口だけかぶりつく。
もぐもぐと咀嚼している間は特に変わった様子はなかった。しかし次の瞬間、フィルの表情は一変する。
「~~~~~~っ!?」
口の中いっぱいに広がる強烈な刺激。言葉にならない声を漏らし、フィルは顔をしかめながら身をよじった。
「フィ、フィルさん!?」
慌てて桃華がお茶の入った湯飲みを差し出せばフィルはそれを受け取り、一気に飲み干す。
「げほっ!げほっ!」
勢いよく飲んだせいか、盛大に咳き込んだ。
「だ、大丈夫、フィルさん!?」
桃華は心配そうに背中をさする。
口の中に残る刺激はなかなか消えてくれず、フィルは苦しそうに顔をしかめながらおかわりを求めた。
「……お茶、もう一杯」
「わ、わかった!」
桃華はすぐに急須を用意し、フィルの持つ湯飲みにお茶を注ぐ。
「効果は抜群みたいだな。さすがわさび」
その様子を眺めていた依千蔵は満足そうに頷いた。どうやら、わさびおにぎりの威力は十分に伝わったらしい。
ルーンとフィルの反応を見届けた依千蔵は、改めてテーブルの上のおにぎりへ目を向ける。
「よし。これならいけるな!」
こうして依千蔵は『ひとつは爆弾おにぎり』をサクラ祭の出し物の案として提出することに決め、当たりのおにぎりをぱくりと頬張った。
「ねぇ。わたしもそれ食べてみたい!」
「やめておけ。被害が増えるだけだ」
目を輝かせながら言ったフィラーラをシオンは止める。
ルーンとフィルも彼に強く同意し、それでも食べたいと言う彼女を必死に止めた。




