長風呂注意
温泉の湯に浸かりながら、ルーンたちはサクラ祭の出し物について話し合う。
食べ物を売るのはどうか。劇をするのはどうか。何かを展示するのも面白いかもしれない。ここへ来るまでにマキノが口にした案も含めれば、一体どれほどの案を出し合っただろう。
「うーん。なんか、どれもパッとしないねぇ」
「食事も劇も展示も、どれも他の教室がやりそうだもんね」
「んー……」
マキノは湯の中で腕を組んで難しい顔をし、ショウコも顎に手を添え考え込む。
二人の頬は、長い時間温泉に浸かっていることが一目で分かるほどにすっかり赤く染まっていた。
「………」
それはルーンも同じで、湯の温かさは心地よいものの、そろそろ上がりたいという気持ちもある。
けれど、マキノたちはまだ考えを巡らせているようで、ここでひとりだけ上がるわけにはいかなかった。
+
「…………」
その様子を、少し離れた場所からエーは眺める。
会話の内容から察するに、彼女たちは学び舎で行われる祭りについて話し合っているらしい。
「…………」
ああでもない、こうでもないと、時間も忘れて意見を交わす三人。
その姿を見つめていたエーは、ふと口元を緩めた。
――そういえば、私も昔はあんなふうに友達と話し合っていたっけ。
何かを決めるためにみんなで意見を出し合ったり、他愛のないことで笑い合ったり。
今となっては、どれも懐かしい思い出だった。
「でも、こうして案を出しても結局はみんなの投票で決めるんだよね」
ショウコが言った。
「そうだけどさ。自分が考えた案がみんなの投票で採用されるのって嬉しいじゃん。考える甲斐があるっていうかさ」
「せっかく案を出したのに、票がまったく入らなかったときは悲しいけどね」
「あはは。それわかる」
マキノとショウコは、そんなやり取りを交わして笑った。エーは二人の会話を聞きながら、少しだけ羨ましくなる。
自分も、あの輪の中に入って一緒に話したい。またあの時のように誰かと何でもないことで笑い合いたい。
そんな気持ちが、胸の奥にそっと浮かんでくる。
「いいなぁ、青春……」
ぽつりと呟き、エーは肩をすくめた。
自分にはもう訪れることのない時間だ。そう思いながら空を見上げると、いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。
「………ん?」
そこで、エーはふと目を瞬かせる。
そういえば自分は一体どれくらいの時間、温泉に浸かっているのだろう。
普段、この温泉小屋にはひとりで来ることが多い。けれど、今日は珍しく暇だと言っていたのでヴィーを誘い、一緒に来ていた。
ヴィーは、もう温泉から出ているだろうか。
「…………」
エーは眉をひそめ、ここへ来たときのことを思い返す。確か、あのときはまだ夕方だったはずだ。
それが今では空はすっかり暗くなっている。正確な時間は分からないが、少なくともあれから二時間以上は経っているのではないだろうか。
「………やばい」
そう思った途端、温泉に浸かっているにもかかわらず血の気が引いていくような感覚に襲われる。
もしかしたらヴィーを待たせているかもしれない。しかも、かなり長い時間。
「っ……」
どうしよう。
エーは内心で焦り始める。
「あ、そういえば言い忘れてたわ。エー」
その時、ふいにルーンが声を上げてエーの方へ顔を向けた。
「な、何?」
名前を呼ばれ、動揺を悟られないようにエーは何とか平静を装って返事をする。
「ヴィーが『さっさと出てこい』って言っていたわよ」
「それ、忘れないでいてほしかったかな……!」
けれどその言葉を聞いた途端、エーの表情から平静さが消えた。
やはりヴィーは待っていた。
しかも、わざわざルーンに伝言を頼むほどに。
「え、もう本当にやばい。これは絶対怒られるやつだよ!…早く出なきゃ!ありがとう、ルーンちゃん!」
ルーンに礼を言い、エーは急いで湯から立ち上がって脱衣所へと走った。
「ねぇ、ルーンちゃん。ルーンちゃんは何やりたい?」
エーが脱衣所の中に消えていってすぐ、マキノがルーンの方へ顔を向ける。
「ルーンちゃん?」
「……え、何?」
「あれ?さっきそこにいた女の人は?」
エーの姿がないことに疑問を持ち、ショウコが不思議そうに首を傾げた。
「伝言を伝えたら、慌てて出ていったわ」
「伝言?……あ、あの男の人の?」
「ええ」
ルーンは頷き、再び脱衣所の方へ目を向ける。
あんなに慌てたエーを見るのは初めてだった。
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脱衣所で急いで着替えを済ませたエーは、温泉小屋の扉を開けて外へ飛び出した。
夜の冷たい風が濡れた髪を揺らす。思わず身を震わせるが、寒さを気にしている余裕はない。
「ヴィー!」
小屋から少し離れた場所に、見慣れた赤い髪が見えた。駆け寄りながら名前を呼ぶと、彼は背後から聞こえた声に振り返る。
エーはそのまま彼のそばまで駆け寄り、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ご、ごめん……!遅くなって!」
頭を下げて謝るエーをヴィーは黙って見つめる。
急いで出てきたのだろう。髪は濡れたままで、服も少し乱れていた。
「何時間待ったと思ってんだ?」
やがてヴィーは大きく息を吐き、呆れたように尋ねる。
「ほんとにごめんっ……!あの、決して忘れてたわけじゃないの!ヴィーが待ってるのは分かってたんだけど、えっと……つい、いつもの感じで入っちゃってたっていうか……!それに、ルーンちゃんたちの会話を聞いて昔のことを思い出してたら時間を忘れちゃって……っ。あ、いや、違くて……いや、違くはないんだけど、早く出ようって思ってたのは本当だよ!本当だからね!?」
エーは息つく間もなく次々と言葉を並べた。その必死な弁解をヴィーはじっと聞く。初めこそ黙っていたものの、話が進むにつれてその目には呆れの色が浮かんでいった。
エーがようやく言葉を終えると、ヴィーは息を吐いて無言で手を伸ばす。指先が彼女の髪に触れた。しっとりと濡れた髪は、まだ乾いていない。
「……急いで出てくるのはいいが、せめてちょっとは乾かしてこい。風邪引くぞ」
「う、……だって、ヴィーをいつまでも待たせるわけにはいかないし」
「もうずっと待ってんだから、髪を乾かす時間くらいどうってことねぇよ」
「…………」
エーは一瞬、言葉に詰まった。
怒られることを覚悟して出てきたのだが、一向にそうなる気配はない。これは許されたのだろうか。
「………?」
そして、エーは気づく。
そっと両手を伸ばし、ヴィーの頬に触れた。
「な、なんだ……?」
突然両頬を包まれ、ヴィーは目を丸くする。
「顔が冷たい。……私のことより、自分の心配をしなよ。そっちこそ風邪引くよ?」
「……誰のせいだよ」
ヴィーはエーの手をどかし、気まずそうに視線を逸らした。そんな彼の様子を見て、エーは再び眉尻を下げる。
「それより、もう魂と体は大丈夫か?」
「? ……うん。もう平気。ここの温泉と、森の湖のおかげですっかり元通りだよ」
ヴィーに尋ねられ、エーは自分の体の調子を確かめるようにそっと胸元に手を添えた。
ここに来るまで魂と器の結びつきは少し不安定だった。しかし今は、以前のような違和感はもう感じられない。
「……そうか。なら、もう帰るぞ。このままだとマジで風邪引く」
それを聞いたヴィーは表情を和らげ、そう言って村の出入り口へ向かって歩き出した。
「あ、待ってよ」
エーもその後を追い、彼の隣に並ぶ。
夜の村には静かな空気が満ちていた。
「…………」
歩きながら、エーはもう一度胸元に手を当てる。
そこには魂の感覚の他に白い羽根の確かな感覚もあった。先ほどまでわずかに乱れていた羽根も、今ではすっかり落ち着きを取り戻している。
エーはその感覚を確かめるようにそっと目を伏せ、ヴィーに気づかれないように口元を緩ませた。
周囲で虫の声がかすかに響く。
その声を聞きながら二人は足音を重ね、夜の道を歩いて行った。




