温泉小屋で考えよう!
温泉小屋までの道のりをルーンたちは歩く。
その途中、サクラ祭の出し物についてマキノはあれこれと案を口にしていた。
「うーん。また今年も食べ物系をやるのもいいし、劇をやるのも面白そうだよね!あ、でもせっかくなら他の教室ではやらないようなことをしたいなぁ。まだやってないジャンルってあったかな?」
「マキノ。前見てないと危ないよ」
「大丈夫。そうならないようにショウコちゃんが見ててくれてるから」
「私を頼りにしないで…」
顎に手を添えて地面と睨めっこをしながら歩くマキノにショウコは言う。しかし彼女はそれに従うつもりはないのかそう答え、それを聞いたショウコは呆れながら息を吐いた。
そんな彼女たちの会話を背中で聞きながら歩いていたルーンは、やがて目的地である温泉小屋の前に辿り着く。
小屋の扉の前には、ひとりの男性が立っていた。
赤い髪を風に靡かせ、腕を組んで佇んでいる。誰かを待っているのか、彼は扉のそばから動こうとしない。
「あ、」
その姿を見たルーンは小さく声を漏らした。
声に気づいた男性が顔を向ける。
そこに立っていたのは、ヴィーだった。
「………よぉ」
視線が合わさる。
ヴィーは短く声をかけると、ルーンの隣にいるマキノとショウコへ目を向けた。
「こんなとこで会うなんてな。……友達か?」
「………ええ」
「ふーん。……お前、あいつら以外に友達いたんだな」
「……貴方、こんな所で何をしているの?」
ルーンは眉をひそめて尋ねた。
ヴィーの言葉に言い返したい気持ちもあったが、それよりも彼がこんな場所にいる理由の方が気になった。
「ここにいる理由なんてひとつしかないだろ。入ってたんだよ。温泉」
ヴィーは背後の温泉小屋を親指で指し示す。
「……………」
ルーンは改めてヴィーの姿を見た。
よく見ると赤い髪は濡れており、頬もほんのりと赤く染まっている。彼の言葉は本当のようだ。
「……貴方も温泉に入るのね。意外だわ」
「まぁな。すぐ近くに温泉がすげぇ好きな馬鹿がいるから、暇があると付き合わされるんだよ。…いい迷惑だ」
ヴィーは面倒くさそうに息を吐く。その口ぶりからは心底うんざりしている様子が窺えた。
温泉が好きな馬鹿。
ヴィーの身近にいる人物といえばルーンにはひとりしか思い浮かばない。きっとエーのことだろう。
「これからここに入るんなら、あいつに『さっさと出てこい』って伝えてくれねぇか?」
ヴィーは小屋の扉をちらりと見やる。
「……もう手遅れだが、このままじゃ湯冷める」
「…………」
どうやら、エーが出てくるのを待っているらしい。一体いつからここに立っているのだろうか。
ルーンは少し気になったものの、あえて尋ねることはしなかった。
「……伝えておくわ。覚えていたらね」
「おう。頼んだ」
ルーンは小さく頷き、マキノとショウコを促して温泉小屋の扉へと向かう。
背中にヴィーの視線を感じたが、ルーンは振り返らなかった。
+
温泉小屋の脱衣所には、ほのかな湯の香りが漂っていた。
三人がそれぞれ温泉に入る支度を進めていると、マキノがルーンの方へ顔を向ける。
「ねぇねぇ、ルーンちゃん。さっきの人、ルーンちゃんの知り合い?」
「……?」
どうやら、先ほどのやり取りが気になっていたらしい。
服を脱ぎ終え、タオルを手にしたマキノは興味津々といった様子でルーンを見つめていた。
ルーンは服を脱ぎながら淡々と答える。
「そうね……。顔見知りではあるわ」
「へぇ。あの人、村の人じゃないよね?あんなカッコいい人が村にいたら絶対に気づくもん!……どこの国の人?」
「マキノ。あんまそういうの、ずけずけと聞かない方がいいよ」
反対側で服を脱ぎ終えたショウコが呆れたように口を挟んだ。
「えー。だって気になるじゃん!」
「気になるからって、何でも聞いていいわけじゃないでしょ」
「うー……」
マキノは不満そうに唇を尖らせる。
「そんなことより、サクラ祭の出し物の案を考えるんでしょ。ほら、脱ぎ終わったんなら行くよ」
「あっ、ショウコちゃん、引っ張らないで……!」
ショウコは取り合わず、さっさとタオルを手に取るとマキノの腕を掴んで脱衣所の扉を開けた。そのまま奥にある温泉へと向かって歩いていく。
引っ張られていくマキノは、なおも何かをぶつぶつと呟いていたが、やがてその声も聞こえなくなる。
「…………」
ルーンは小さく息を吐く。
マキノの好奇心旺盛なところには少々困らされることがある。
もっとも本人に悪気がないことは分かっているから、だからこそショウコも軽く注意するだけで済ませたのだろう。
そんなことを考えながらルーンも服を脱ぎ終え、タオルを手に取って温泉へと続く扉に向かう。
その途中、ふとヴィーの言葉が脳裏をよぎった。
――あいつに、さっさと出てこいって伝えてくれねぇか?
「…………」
取手に触れようとしたルーンの手が止まる。
エーはまだ温泉に入っている。つまり、この扉を開けてマキノたちのもとへ行けば必ず顔を合わせることになる。
「………、」
ルーンはわずかに表情を曇らせた。
できればもう少し心の準備をしておきたいが、しかしいつまでも扉の前で立ち止まっているわけにもいかない。
「………っ」
意を決してルーンは扉を開けた。外へ出ると、ひんやりとした空気が肌に触れる。
足元の石床は冷たく、その感触が足裏から伝わってくる。視界いっぱいに湯けむりが立ち込め、白く揺らめく湯気の向こうに温泉の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。
「…………」
ルーンはそちらへ目を向ける。
そこには、先に行ったマキノとショウコ。そしてもうひとり。朱い髪の女性が温泉に浸かっている姿があった。扉の音に気づいた女性…エーは、こちらに顔を向ける。
彼女はルーンの姿を認めると、柔らかな笑みを浮かべた。
「…………」
ルーンは何も言わず、その姿を見つめる。
「ルーンちゃん、早くー!」
温泉の中からマキノの声が響いた。ルーンは我に返り、彼女たちのもとへ足早に向かう。
石床の冷たさを感じながら温泉の縁まで進み、ゆっくりと湯の中へ足を入れる。温かな湯が肌に触れ、冷えていた体を包み込んだ。
「……ふぅ」
思わず、小さな息が漏れる。
湯加減はちょうどよかった。
肩まで浸かると、強張っていた体から少しずつ力が抜けていく。
外の空気はひんやりとしているのに、湯の中は心地よい温かさに満ちていた。
「気持ちいいね、ルーンちゃん!」
隣からマキノが嬉しそうに声をかけてくる。
「ええ。そうね」
ルーンは短く答えた。湯けむりが彼女たちの間をゆっくりと漂っていく。
視線を向けると、エーは穏やかな表情を浮かべて気持ちよさそうに湯に浸かっていた。




