サクラ祭に向けて
東の大陸。サクラ村。
学び舎の教室では、今日も生徒たちが授業を受けていた。
「さて、みなさん。今年も色々とありましたが、そろそろサクラ祭へ向けての準備が始まりますよ」
教壇に立つケインがそう告げると、教室のあちこちから期待に満ちた声が上がる。
"サクラ祭"。その言葉を聞いたルーンは、以前、依千蔵から聞いた話を思い出した。
――サクラ祭についての詳しい話は、あとで担任から聞けるだろう。
どうやら、その言葉どおりになった。
「サクラ祭の開催は二ヶ月後です。それまでに教室で行う出し物を決め、準備を進めてもらいます。時間は十分にありますが、やるべきこともたくさんありますからね。計画的に進めていきましょう」
ケインはそう言いながら、背後の黒板にチョークで文字を書き始める。
カッ、カッ、と小気味よい音が教室に響き、その音を聞きながらルーンは机の上に配られた一枚の紙に目を落とした。
紙の上部には、『サクラ祭のお知らせ』と書かれている。そこに記された内容は、以前、依千蔵が見せてくれたものと同じだった。
「サクラ祭かー。もうそんな時期なんだねぇ」
隣の席からマキノの声が聞こえる。
彼女はどこか懐かしそうな表情で黒板を眺めていた。
「ルーンちゃんは初めてだよね、サクラ祭」
「……ええ。でも、そういうお祭りがあるっていうのは依千蔵から聞いてるわ」
ルーンは配られた紙に視線を落としたまま答えた。紙には開催日時や注意事項のほか、各教室で出し物を企画することなどが記されている。
しかし、具体的にどのようなお祭りなのかまではまだよく分かっていなかった。
「どんなお祭りなの?」
「え?……あー、うーんとね」
マキノは少し考え込んだ。
説明する内容を頭の中で整理しているのか、顎に手を添えながら視線を泳がせる。
「簡単に言うと、みんなで色んなことをして楽しむお祭り…かな」
「色んなこと?」
「うん。食べ物を売ったり、劇をやったり、ゲームを用意したり。教室ごとに好きな出し物を考えて、お客さんに楽しんでもらうんだよ」
マキノは身振り手振りを交えながら説明を続けた。
サクラ祭では学び舎の生徒たちが教室ごとに出し物を用意し、訪れた人々をもてなすのだという。村の人々も大勢訪れるため、開催期間中は学び舎だけでなく村全体が賑やかな雰囲気に包まれるらしい。
出し物の内容は教室によって様々で、毎年生徒たちの工夫を凝らした催しが楽しめるのだとか。
「なるほど……」
ひととおり話を聞いたルーンは納得したように頷く。話を聞く限りでは、なんとも楽しそうなお祭りだった。
普段とは違う賑やかな雰囲気の中、大勢の人々が集まり、それぞれの出し物を楽しむ。そんな光景を思い浮かべて、マキノは言葉を続ける。
「あ、そうそう。サクラ祭の出し物は何をやってもいいんだよ。私たちが去年やったのは確か……王宮カフェ、だったかな?」
「お、王宮カフェ?」
聞き慣れない言葉にルーンは思わず聞き返した。
「うん。教室を王宮みたいに飾り付けて、みんなでお客さんをおもてなししたんだよ」
「王宮みたいに……?」
「そっ。生徒たちはメイド服とか燕尾服とかそういう服を着て、お客さんを貴族の方々みたいに扱うの」
マキノの話によると昨年は教室を華やかな王宮風に飾り付け、彼女を含めた生徒たちはメイド服や燕尾服を身にまとって接客に励んだらしい。
訪れた客を貴族としてもてなし、まるで本物の王宮に招かれたかのような気分を味わってもらう。それが王宮カフェの趣向だった。
ただ飲み物やお菓子を提供するだけではなく、いかに客を心地よくもてなし満足して帰ってもらうか。それを目標に彼女たちは接客の仕方にも工夫を凝らしていたのだという。
「へぇ……。面白そうね」
「でしょ?私も結構楽しかったんだ!」
マキノは当時を思い出しているのか、楽しげに笑った。
「マキノは何をしたの?」
「私はね、お客さんにお茶を出したり、注文を聞いたりしてたよ。あとテーブルの飾り付けも手伝ったかな。最初はちょっと緊張したけど、慣れてくると楽しかったよ。みんなで協力して準備するのも面白かったしね」
そう語るマキノの表情は、どこまでも明るかった。ルーンはそんな彼女を見つめながら、柔らかく口元を緩める。
「今年は何をやるんだろ?ちょっと楽しみだな。今回はルーンちゃんもいるし、面白くなりそう!」
「……そう」
本当に楽しそうに笑うマキノを見ていると、ルーンまで自然と楽しい気持ちになってくる。
自分にとっては初めてのサクラ祭だ。まだ分からないことも多いが、マキノたちと一緒ならきっと楽しい思い出になるだろう。
「…………」
ルーンは改めて、机の上の紙と黒板を交互に見つめる。
サクラ祭の開催は二ヶ月後。
それまでに出し物を決め、必要な準備をすべて終わらせなければならない。
ケインの話では、明日の午後から本格的に準備を始めるという。
まずは出し物を決め、その後に役割を分担する。必要に応じて道具や材料を買い出しに行き、教室の飾り付けや衣装の準備も進めていくことになるだろう。考えなければならないことは山積みだった。
「では、みなさん。明日の午後までに、この教室でどんな出し物をやりたいのか考えてきてください」
ケインがそう告げた、そのとき。
カーン、カーン、と学び舎に鐘の音が響き渡った。
下校の時刻だ。
「それでは今日はここまで。みなさん、気をつけて帰ってくださいね」
ケインの言葉を合図に、生徒たちは一斉に帰り支度を始める。
たちまち教室は賑やかな話し声に包まれた。
「今年はうちの教室、何やるんだろうな?」
「サクラ祭、楽しみだね!」
「他の教室は何をするのかな?」
あちこちから聞こえてくるのはサクラ祭の話題ばかり。
ルーンはそんな声を耳にしながら、机の上の紙を鞄にしまい、筆記具などを片付けた。
すると、隣からマキノが声をかけてくる。
「ねぇ、ルーンちゃん。これから用事とかある?」
「?」
突然の問いかけに、ルーンは不思議そうに首を傾げた。
「特にないけれど……」
そう答えると、マキノの表情がぱっと明るくなる。
「よかった!じゃあさ、これから温泉小屋行かない?」
「温泉小屋?」
「うん!サクラ祭の出し物、何をやるか一緒に考えたいし!」
鞄を背負ったマキノは、期待に満ちた目でルーンを見つめた。
ルーンは少し考える。確かに、明日の午後までに出し物の案を考えておかなければならないとなると、ひとりで考えるよりも誰かと意見を出し合った方が良い案が浮かぶかもしれない。
それに、マキノと一緒に過ごす時間が増えるのも悪くなかった。
「ええ、いいわよ」
「ほんと?やった!」
ルーンが頷くと、マキノは目を輝かせて喜ぶ。
「じゃあ、ショウコちゃんも誘っていこうよ!」
「ショウコも?」
「うん!三人で考えたら、きっといい案が出るよ!」
マキノはそう言うと、さっそく教室の出口へと向かった。"早く!"と急かされ、ルーンも鞄を肩に掛けてその後に続く。
廊下を出ると、学び舎の中は帰り支度を終えた生徒たちで賑わっていた。楽しげな声があちこちで響いていて、その声を聞きながら二人は別の教室にいるショウコのもとへ。
「というわけで、ショウコちゃんも温泉小屋行こう!」
「というわけでって……。まぁ、いいけど」
そして、事情を聞いたショウコも快く同行を承諾し、三人は連れ立って学び舎を後にした。
サクラ祭まで、あと二ヶ月。
まだ出し物さえ決まっていないが、祭りに向けた準備はこうして三人の小さな相談から始まろうとしていた。




