逃げろ!
ジェイクたちは洞窟の道を全速力で駆け抜ける。
曲がり角があれば曲がり、分岐では出口に近そうな方を選ぶ。坂道を上り、下り、平坦な道へ飛び込む。
どれほど時間が経ったのか、もう自分たちが洞窟のどこにいるのかさえ分からなかった。
「くそっ、出口は何処だよ!」
ジェイクが苛立ちを露わに叫ぶ。
返事の代わりに、背後からは規則的な硬い足音と耳障りな警告音が響いていた。
ビー!ピー!ピー!ピーロボの警告音が反響する。そのすぐ後ろにはKB。
振り返る余裕はない。確認したところで追跡者との距離が縮まっていることを思い知らされるだけだ。
「ジェイクさん。出口どころか、だんだん奥へ進んでいるような気がするんですが?」
隣を走るダリアンが、息を切らしながら言う。
「ああ、そんな雰囲気あるよな。景色は変わらんけど、なんてぇの?空気?が、さっきより違ぇ」
ジェイクは眉間に皺を寄せる。
壁も天井も、足元の岩も、どこまで行っても似たようなものばかり。目印もなく、通った道と今いる道の区別さえつかなくなりつつある。
だが、しかし空気だけは違った。
肌にまとわりつく重苦しさ。胸の奥をざわつかせる、得体の知れない感覚。
気のせいかもしれない。それでも坂道を上り下りするたび、その違和感は大きくなっていた。
まるで、何かに近づいているような。あるいは、何かの領域へ足を踏み入れているような。
「……もし、このまま外に出られなかったらどうします?」
「あ?」
不意に、ダリアンが尋ねた。
ジェイクは即座に顔をしかめる。
「んな嫌な質問すんな。本当に出られなかったらどうすんだよ」
「もし、の話ですよ。答えたくなければ答えなくても結構です」
「………」
ジェイクは恨めしげにダリアンを横目で見た。
追われている最中だというのに、まるで世間話のような口調。彼なりに、会話を続けて気を紛らわせているのかもしれない。
「………もし出られなかったらねぇ」
ジェイクは走りながら考える。
どれだけ走っても出口が見つからず、永遠に暗闇を彷徨うことになったら。
そんな未来は考えたくもない。こんな場所で一生を終えるなど、まっぴら御免だ。だが、もし本当にそうなったとしたら。
「…………」
しばらく考えた末、ジェイクは顔を上げた。
「そうだな。……無理やり道を作って、そっから出る」
「道を作る、ですか?」
「ああ。幸い、俺にはこの頼れる拳があるからな。なんとかなるだろ」
ジェイクは片方の拳を掲げた。
出口がないなら作ればいい。壁が邪魔なら壊し、行き止まりならぶち抜いて進む。
単純明快な理屈だった。あまりに単純で、理屈と呼んでいいのかも怪しい。
その答えを聞いたダリアンはぽかんと口を開け、やがて眉尻を下げた。
「……脳筋ですか、貴方」
小さく息を吐く。
「ですが、まぁ、そうですね。その回答は好感触です。…よかったですね。僕の貴方への好感度が上がりましたよ」
「嬉しくねぇ」
ジェイクは眉をひそめた。
+
「KB。KB。追いつかないの?」
ジェイクたちの後方を走りながら、ピーロボが問いかける。その声は洞窟に響く警告音にも負けずよく通った。
「問題ありません」
前方を見据えたまま、KBは淡々と答える。
「問題ないって……でも、このままじゃ逃げられちゃうよ?」
「追いつく必要はないのですよ、ピーロボ」
「え?」
ピーロボはきょとんとした。
KBは前方を逃げる二人を見つめる。
「あの方たちは自らの意思でルートを選択し、逃走していると思っているようですが。実際には誘導されています」
「……誘導?」
KBは静かに告げる。ピーロボの動きがぴたりと止まりかけた。
もちろん、走る速度は落ちていない。だが、その小さな機械の体からは疑問符が浮かんでいるような雰囲気が漂っていた。
「誰が誘導してるの?KB?」
「いいえ」
「じゃあ、誰?」
「何のために警告音を鳴らし続けていると思っているのですか?」
「ん?」
ピーロボは自分の体を見下ろした。機体からは、相変わらず規則的な音が発せられている。
ピー、ピー、ピー。ピーロボにとって、それはジェイクたちを追い詰めるための行動だった。逃げる彼らを不安にさせ、判断を鈍らせるためのもの。
だがKBの言葉は、それだけを意味しているわけではなかったらしい。
「……ほら。来ましたよ」
KBが足を止めた。
「ん?」
ピーロボが再びきょとんとする。
刀身を一瞥し、KBはそれを静かに鞘へ収めた。カチリ。と、小さな金属音が鳴る。
次の瞬間──
「うわあああああっ!」
洞窟の奥から、ジェイクたちの悲鳴が響き渡った。
「ピッ!?」
ピーロボが驚きの音を発する。
悲鳴は一度ではなかった。
何かに驚いた声。続いて苦痛を訴える声。それらが短い間隔で重なり、やがて唐突に途切れた。
静寂が戻る。
KBは顔色ひとつ変えなかった。
「行きましょう」
そう告げると、再び走り出す。
「あっ、待ってー!」
ピーロボも慌てて後を追う。
小さな機械音と硬質な足音が、洞窟の奥へ遠ざかっていく。やがてKBたちは一つの広い空間へ辿り着いた。
そこはそれまでの洞窟とは少し様子が違っていて、天井は高く、壁面は滑らかで、足元に大きな岩はほとんどない。自然にできた空洞にしては、どこか不自然なほど整っていた。
その中央付近には。
「あ!」
ピーロボが声を上げる。
その中央には、ジェイクとダリアンが倒れていた。二人とも、うつ伏せで地面に横たわっている。
衣服はあちこち破れ、体には無数の傷が刻まれていた。傷口から血が流れ、周囲にも赤い染みが広がっている。
「見つけた!見つけた!」
警告音を止め、カタカタと走る音を響かせながらピーロボが駆け寄った。
「…?」
その時、視界の端で何かが動く。ピーロボはその方へ目を向けた。
ジェイクたちのすぐそば。そこには、一匹の妖精が浮かんでいた。
小さな体。人間とは異なる幻想的な輪郭。妖精はKBとピーロボに気づくと、二人へ顔を向ける。
そして。くるり。
空中で後方へ一回転した。
その瞬間、妖精の体が光に包まれ、光は瞬く間に妖精を覆い、周囲を淡く照らし出した。
小さかった体が、ゆっくり大きくなっていく。腕が伸び、脚が伸び、輪郭が変わる。
やがて光が弾けるように消えた。
そこに立っていたのは妖精ではなく、人間の少年。赤い髪を持つ少年だった。
彼は倒れたジェイクたちを一瞥し、ゆっくり顔を上げる。その視線がKBを捉えた。
「……………」
KBは動かなかった。
ただ、目の前に現れた赤髪の少年を静かに見つめている。
しばらくの沈黙の後、その少年は静かに口を開いた。




