vs.KB
ジェイクは歯を食いしばり、KBの腕を振り解こうとする。
「ぐっ……このっ!」
肩に力を込め、体を捻る。
だが、KBの拘束は微動だにしなかった。腕を引けばさらに押さえ込まれ、体を起こそうとすれば地面へ押し戻される。
「てめぇ……いい加減、離しやがれ!」
「抵抗をやめてください。無駄です」
「誰が、やめるかッ!」
ジェイクは空いている腕を振り上げ、KBへ拳を叩きつけた。しかし、ガシッと乾いた音が響く。
「なっ……!」
KBは顔色ひとつ変えず、その拳を片手で受け止めていた。飛んできた虫を捕まえるような、あまりにも容易い動作。
「無駄だと申し上げました」
ジェイクが拳を引こうとした瞬間、KBはその手を押さえたまま、もう一方の手で腕を捻り上げた。
「ぐあっ!」
「ジェイクさん!」
ダリアンが声を上げる。
助けに入りたいが、一歩でも動けばジェイクの命はない。魔法を使うにも彼を巻き込まずKBだけを無力化する必要があった。
「…………」
ダリアンは息を潜め、KBを観察する。
刀を持つ手。ジェイクの腕を押さえる手。姿勢に隙はほとんどない。正面から仕掛けても返り討ちに遭うのが落ちだ。
「おい、ダリアン!いつまで突っ立ってやがる!早く助けろ!」
「分かっています!今、考えていますから!」
「考える暇あんなら魔法でも何でもぶっ放せよ!」
「貴方、自分が今どんな状況にあるか分かってます!?」
「お二人とも、静かにしてください。これ以上騒ぐのであれば拘束を強めます」
KBの冷淡な声が割って入った。
ダリアンは口を閉じ、KBの周囲を動き回るピーロボへ視線を向ける。
「ピーッ!警戒!警戒!侵入者を警戒!」
カタカタカタ。
小さな体で走り回り、時折ジェイクを覗き込んではKBの足元へ戻っていく。
「ピーロボ。警告を継続してください」
「了解!警告を継続!継続!ピー!ピー!ピー!」
ダリアンの目が細まった。
あの小さなロボットはKBのそばを離れない。ならば、使えるのではないか。
「…………」
彼は足元へ意識を集中させる。地面に魔力が流れ、青白い魔法陣が浮かび上がった。
「魔力反応を検知いたしました」
KBの灰色の瞳が即座にダリアンへ向く。同時に、ジェイクの体が地面へ押しつけられた。
「ぐあっ!」
「!」
「動かないでくださいと申しました。次に同様の行動を確認した場合、対象への処置を変更します。すみやかに魔法陣を解除してください」
「いてててててっ」
「っ、…」
ダリアンは唇を噛み、魔法陣を消す。
「賢明な判断です」
KBの視線がジェイクへ戻る。
その後、ダリアンは両手を背中へ回した。魔法陣を使えば察知される。大きな魔法は駄目。ならば、小さな魔法を放つだけではどうか。小さな魔法なら陣は必要ないし、検知されることもないだろう。
「………光よ」
小声で呟き、指先を合わせてパチンと鳴らす。そこに、小さな光の球が生まれた。ダリアンは顔を動かさず、ピーロボの動きを追う。
カタカタ。カタカタ。しばらく動きを見て、ピーロボがKBの背後へ回ろうとした瞬間、指先を弾いた。
光球が音もなく素早く飛ぶ。
「きゃっ!」
ピーロボの体が跳ね、ガタンッと地面へ倒れた。
「ピーロボ?」
KBが振り向く。
ほんの一瞬の隙が生まれた。
ダリアンはすかさず叫ぶ。
「ジェイクさん、今です!」
「っ……」
その叫びを聞いたジェイクは全身を捻り、拘束された腕を引き抜く。KBの手がわずかに緩んだ瞬間、体ごと彼女を押しのけた。
「うらぁッ!」
「!?」
ドンッ!
KBの体が傾き、ジェイクは転がるように距離を取って立ち上がる。
「ジェイクさん!大丈夫ですか?」
「なんとかな。……っ、あの野郎!」
KBはゆっくりと立ち上がり、乱れた髪を整えるとダリアンへ視線を向けた。
「……今のは、貴方の仕業ですか?」
「さて、何のことでしょう?」
「微量ですが、魔力の反応を検知しました」
「おかしいですね。僕は何もしていませんよ」
「ピッ……ピピッ……。エラー……エラー……」
「ピーロボ…!」
KBは倒れたピーロボへ駆け寄る。
その瞬間、ジェイクが前へ踏み込んだ。
「おらぁッ!」
拳を振り抜くが、KBはすぐにそれに気づき、振り向きざまに受け止める。
「攻撃を確認。反撃を開始します」
「いちいち宣言してんじゃねぇよ!」
ジェイクは拳を引き、左右から連続して打ち込んだ。
右、左、さらに右。
KBは最小限の動きでかわし、受け流し、手首を掴んでは軌道を逸らす。ジェイクが大きく振りかぶった瞬間、その姿が視界から消えた。
「……ッ!?」
次の瞬間、脇腹に蹴りが叩き込まれる。
「ぐっ!」
ジェイクの体が吹き飛び、岩壁へ叩きつけられた。
「ジェイクさん!」
「……っ、平気だ!」
痛みに耐えて立ち上がる。拳は当たらず、KBの一撃は重い。
「この、化け物が!」
「化け物ではありません。アンドロイドです」
ジェイクは軌道を変えながら距離を詰め、低く沈み込んだ。足元へ潜り、体勢を崩そうとする。
「動作を予測」
「なっ!?」
KBは軽く跳び、ジェイクの肩を踏み台にして体を翻した。背中へ蹴りを受け、ジェイクは地面を転がる。
「くそっ。あの女、どうなってんだ!?」
「ジェイクさん、無茶をしないでください!」
「無茶なんてしてねぇよ!」
「あれのどこが無茶じゃないんですか。…彼女の動きに合わせてください。僕が援護します」
言いながらダリアンは三叉槍を抜き、KBへ向けて構えた。
「武器を確認。脅威度を再評価します」
「動きに合わせろって、…それこそ無茶だろっ」
ジェイクが正面から飛び込み、拳でKBの注意を引く。その背後からダリアンが三叉槍を突き出した。
KBは体を捻ってかわすが、槍先が肩口をかすめる。
「このっ!」
ジェイクが着地の瞬間を狙って拳を振り抜く。KBは身を回してかわし、反撃に移ろうとした。
「させません!」
ダリアンが槍を横薙ぎに振るう。KBは手を引き、槍の間合いから飛び退いた。
間髪入れず、ダリアンが左手をかざす。
「光よ!弾けなさい!」
小さな光弾が足元で弾け、白い閃光がKBの視界を覆った。
「視覚情報に異常……」
KBの目がパチパチと高速で瞬きをする。
「これでも食らいやがれッ!」
その隙に、ジェイクが踏み込む。
渾身の拳が胴へ突き刺さり、鈍い音と共にKBの体がわずかに後退した。
「うしっ!」
KBはしゃがみ込み、痛む箇所をおさえる。
「攻撃を受けました。軽微な損傷。ですが、戦闘継続に支障はありません」
KBは立ち上がる。殴った箇所は服が破れ、白い肌が見えていた。
「おいおい。どんな体してんだてめぇ!」
「こんな体です」
「っ、……そのすました顔、今からボッコボコにする!」
ジェイクは再び殴りかかろうと拳を振り抜く。しかしその瞬間、ダリアンが叫んだ。
「! ジェイクさん、駄目です!下がって!」
KBが刀を抜き、横薙ぎに振るう。
「うおっ!?」
ジェイクは咄嗟に身を引いた。
刃が鼻先をかすめる。
「あっぶね!」
「速度を見誤りました。調整いたします」
KBは刀を構え直した。重心は安定し、刃先は二人の動きを正確に捉えている。
ダリアンが槍で間合いを制し、ジェイクが横から攻める。二人は互いの動きを補いながら、KBを挟み込んだ。
だが、KBはすぐに対応した。
槍を刀で弾き、ジェイクの拳を受け流す。接近すれば蹴りで牽制し、二人の連携を見切るたび、反撃が正確に返す。
「……っ、こいつ!」
ジェイクの額に汗が浮かぶ。対するKBは息ひとつ乱していない。
「このロボ女、体力底なしかよ!」
「そりゃ、ロボットですからね。疲れ知らずでしょう」
「……っ、こっからどうするよ?」
「……………」
聞かれ、ダリアンは周囲を見渡す。
正面からでは勝てない。KBの身体能力は人間を大きく超えている。ここで戦い続ければ、いずれ致命傷を受けることは確実だ。
「……ジェイクさん、撤退しましょう」
「はぁ!?逃げるってのか!?」
「このままずっと消耗戦を続けるおつもりですか?今は生き延びることを優先した方が身のためです。それに、僕たちがここでやられたらルーンさんたちはどうなります?」
ダリアンは言う。
ジェイクは悔しげにKBを睨んだ。
「……チッ。仕方ねぇか!」
「ご理解いただけて何よりです」
ダリアンは三叉槍を地面へ向ける。
「一瞬の隙を作ります!足元にご注意を!」
穂先から魔力が弾け、二人の足元から白い光と砂埃が広がった。洞窟内が一瞬で煙に包まれる。
「視界遮断を確認。対象を捕捉します」
KBは二人を見失い、ジェイクとダリアンは走り出した。道は分からないが、とりあえず今はKBたちから離れる。それだけでいい。
「ジェイクさん、この道でいいんですか!?」
「知らねぇよ!とにかく走れ!」
二人は岩場を飛び越え、曲がり角を抜けて暗い通路を駆け抜ける。
しばらくすると、背後からカタカタという音が近づいてきた。
「ピーッ!侵入者発見!侵入者発見!」
「対象を再捕捉しました。追跡を開始します」
続いて、KBの冷たい声が響く。
「くそっ、しつけぇな!」
ジェイクたちはさらに速度を上げる。
背後から迫る足音は、一定で乱れがない。このままでは追いつかれてしまいそうだった。
その時、通路の先に二手へ分かれる分岐が現れる。
「どっちに行きます!?」
「右だ!」
「根拠は!?」
「勘だ!」
二人は右の下り坂へ飛び込んだ。足元の石に何度も足を取られながら、それでも走り続ける。
「侵入者、逃走中!待てー!」
「逃走は無意味です。貴方たちは、この洞窟から逃れることはできません」
「……っ、言ってろ!」
ジェイクは振り返らずに吐き捨てる。
彼らは暗闇の奥へ走り続けた。




