調査・3
ロボットを追って、洞窟内を駆け回る。
「くそっ。どこ行った、あのロボ野郎!」
ジェイクは悪態をつきながら、ライトを左右に振った。
洞窟は奥へ進むほど複雑になっていた。通路は幾度も枝分かれし、曲がりくねった道が続いている。足元には岩片や古びた道具、錆びた金属片が散らばっていた。
ここで見失えば、あの小さなロボットを再び見つけるのは難しい。
「ジェイクさん、あそこです!」
先を走るダリアンが、通路の奥を指差した。ライトを向けると、光の中で小さなロボットが両手を上げ、慌ただしく逃げ回っている姿が照らされる。
短い脚を忙しなく動かし、カタカタと音を響かせていた。
「みっけた!待て、コラァ!」
「わー!たすけてー!」
ジェイクの怒声に悲鳴を上げ、ロボットは振り返ることなく、岩の隙間を器用にすり抜けた。
「待ちやがれ!逃げんな!」
「やだー!こわいー!」
ロボットはさらに速度を上げる。
やがて、通路の先に直角に近い曲がり角が現れるがロボットは速度を落とさず、キーッと鋭い音を立ててそのまま止まらず曲がっていった。
「なっ、あいつ!」
ジェイクは慌てて曲がり角へ駆ける。
「ジェイクさん、見失わないように!」
「分かってる!」
二人も速度を上げる。
ロボットの足音が洞窟の壁に不気味に反響していた。
カタカタカタカタ!
もう少し。あと少しで追いつける。そう思ったジェイクは勢いを緩めず曲がり角へ飛び込んだ。
「ぐはっ!?」
その瞬間、何かに激突する。
鈍い衝撃が体を突き抜け、ジェイクは後方へ弾き飛ばされた。足をもつれさせ、岩だらけの地面に尻餅をつく。
「いってぇっ!」
「……ジェイクさん!」
遅れて曲がり角を抜けたダリアンが、座り込むジェイクを見て足を止めた。
「ッ…、なんなんだよ!」
ジェイクは顔をしかめ、痛む尻をさする。腰までじんじんと痛みが走った。
「大丈夫ですか?…今日は踏んだり蹴ったりですね」
「……半分はてめぇのせいだろ」
ジェイクは眉間に皺を寄せて立ち上がる。
何にぶつかったのか。壁か。それとも通路に突き出した岩か。
顔を上げ、ライトを前方へ向ける。光に照らされたものを見て、ジェイクは言葉を失った。
「…………」
そこには、一人の女が立っていた。白と黒の髪がわずかな動きに合わせて揺れている。
女はジェイクたちをじっと見つめていた。その頭の上には追いかけていたロボットがちょこんと乗っている。
「ピッ」
ロボットは女の頭上からジェイクを見下ろし、短い電子音を鳴らした。まるで、もう捕まらないと言わんばかりに。
「前方不注意です。お気をつけください」
女は言う。
抑揚のない、淡々とした声。
ジェイクがぶつかった相手は、どうやら彼女のようだ。
「……君は?」
ダリアンが慎重に尋ねる。
女はわずかに目をパチパチとさせ、頭上のロボットを腕の中へ移動させた。
「私はKBと申します。そして、こちらはピーロボです」
「けえ……?」
「KBです」
KB。聞き慣れない名前だった。
白と黒の髪を持つ、美しい女性。
しかし、その表情からは感情がほとんど読み取れない。声にも表情にも温度がなく、人間ではない何かと向き合っているような違和感があった。
「……貴方たちは何者ですか?」
今度はKBが尋ねる。
「僕はダリアンと申します。こちらはジェイクです」
ダリアンは警戒を隠し、穏やかに答えた。
彼らの名を聞いたKBは二人を観察し、淡々と告げる。
「ここは、関係者以外の立ち入りが禁じられています。……貴方たちは何処から来たのですか?」
「あー……」
聞かれ、ダリアンは頬をかいた。
森の外から崖を下り、海岸を歩いて偶然洞窟を見つけたなどと、正直に話していいのか分からない。かといって、うまい言い訳も浮かばなかった。
「実は、お恥ずかしい話……この洞窟へは迷い込んでしまったんです」
「迷い込んだ?」
「ええ。気づいた時には、もうここまで来ていまして……。もしご存じでしたら、上へ戻る道を教えていただけませんか?」
ダリアンは眉尻を下げた。
隣で、ジェイクはKBの様子を窺う。
KBは二人を交互に見つめた。
無機質な瞳からは、何を考えているのか読み取れない。
「ピーッピーッ!胡散臭い顔!胡散臭い顔!」
腕の中でピーロボが声をあげる。
ジェイクの眉間に皺が刻まれ、睨みつけられたピーロボは、ぴっ、と短い音を鳴らした。
「……ピー」
大人しくなり、KBの腕の中へ体を引っ込める。
「……この洞窟には、上へと続く道はありません」
「え?」
ダリアンが目を瞬かせた。
「上へ戻る道がない、というのは……?」
「そのままの意味です。ここから地上へ続く通路は存在しません」
「いやいや、ちょっと待て。じゃあ、俺たちはこっからどうやって外に出りゃいいんだよ?」
ジェイクが口を挟む。
KBは彼を一瞥した。
「ご安心ください。貴方たちを洞窟の外へ送る方法は存在します」
「……本当ですか?」
ダリアンの表情に、わずかな安堵が浮かぶ。
「ええ。貴方たちを洞窟の外からの来訪者と認識いたします。……よって、主の命に従い、私は貴方たちを無事に洞窟の外へ送り届けします」
「主?」
ジェイクは首を傾げる。
聞き返すが、KBは答えなかった。
「ダリアンとジェイク……と、言いましたね」
彼女は二人の名を確認するように繰り返す。
「貴方たちの情報を検索し、インプットいたします。少々お待ちください」
「検索?」
ジェイクは眉をひそめる。
KBは説明せず、近くの岩場へ歩いていった。
そこへ腰を下ろすと、腕の中から解放されたピーロボが飛び出し、カタカタと音を立てて彼女の周囲を動き回る。
「検索開始」
そしてKBはそう告げ、目を閉じた。
「…………」
静寂。
しばらくして、彼女の体から低い機械音が響き始めた。
ウィィィン……。
その音に、ジェイクとダリアンは顔を見合わせる。
「……なんだ?いきなり寝ちまったぞ?」
訝しげに呟き、ジェイクはKBへ近づいた。しゃがみ込み、彼女の顔を覗き込む。
「ジェイクさん、あまり不用意に近づかない方が……」
「KB、今検索中。検索中。ちょっと待ってね」
ピーロボが割り込んだ。
「…………」
ダリアンはKBを注意深く観察する。
自分たちの情報を検索する。彼女はそう言った。それはつまり、彼女は自分たちについて何らかの情報を持っているか、情報を得る手段を備えているということだ。
「…………」
ダリアンは考える。
これはちょっと。いや、かなりマズいのではないか。
「……ジェイクさん。これは少しマズい状況かもしれません」
「あ?」
ダリアンが声を落とした。
ジェイクが振り向く。
「どういう意味だよ?」
「彼女は僕たちのことを調べています。もし、僕たちがここへ来た理由を彼女が知ったら……」
言い終えるより早く、KBの瞼が開く。灰色の瞳が真正面からジェイクを捉えた。次の瞬間。
「うおっ!?」
KBが動く。
岩場に座っていたはずの彼女は目にも留まらぬ速さで立ち上がり、ジェイクの腕を掴んで体を捻ると、彼を地面へ押し倒した。
「ぐあっ……!」
ドンッ!と、ジェイクの体が岩場に叩きつけられる。
あまりに突然で、何が起きたのか理解できなかった。
「いって……!おい、何すんだ!」
ジェイクは顔を上げ、KBを睨む。
だが、KBは答えない。冷めた目で見下ろし、拘束した腕をさらに押さえ込んだ。
「ぐぅっ……!?」
鋭い痛みが腕を走る。
「貴方たちを検索した結果。貴方たちを私の敵と判断いたしました」
「……は?」
「よって、主の命に従い、貴方たちを排除いたします」
KBの声は先ほどと変わらない。
彼女は腰の鞘へ手を伸ばした。
カチャリ。金属音が洞窟に響く。
抜き放たれた刀が洞窟の灯りを反射して鈍く光り、切っ先がジェイクの首元へ向けられた。
「……ッ!」
冷たい刃が首の皮膚に触れる。
少しでも力を込められれば、傷は避けられない。
「おい……!何の冗談だ!」
ジェイクはKBを睨みつけた。
「冗談ではありません。貴方たちを排除する。それが今の私の任務です」
「……っ!」
KBは淡々と答える。
その時、ピーロボがカタカタと音を立て、KBの足元へ近づいた。
「KB。KB。この人たち悪い人?」
「ええ。ピーロボ。この人たちは悪い人です。検索した情報を共有いたしますね」
KBはジェイクを押さえたまま答える。そして、彼女の体から再び機械音が響いた。
反応し、ピーロボも体内からピピピピと電子音を鳴らす。
「ピッ!……KBからのデータを受信中。受信中。……受信完了」
ピーロボの動きが止まった。
「…………」
次の瞬間。
「ピッ!ピー!ピー!ピー!」
けたたましい警告音が洞窟内に響き渡る。
「な、なんだ!?」
ジェイクが顔をしかめた。
ダリアンは即座に足元へ意識を集中させる。青白い光が走り、地面に魔法陣が展開された。
「ジェイクさん!」
助けに向かおうと、一歩踏み出す。しかし。
「動かないでください」
冷たい声が洞窟に響く。
KBは視線をそのままにダリアンへ告げる。
「そのままの状態でキープをお願いいたします。そこから一歩でも動けば、この方の命は失われます」
「……っ」
ダリアンの足が止まった。
魔法陣は淡い光を放ったまま、地面に留まっている。
迂闊だった。ジェイクは拘束され、刃を首元に突きつけられている。この状態では下手に魔法を使えない。KBを刺激すれば、ジェイクの命が危うい。
「……てめぇ」
ジェイクは必死に体を動かした。
腕に力を込め、肩を捻り、身体を起こそうとする。だが、KBの腕はびくともしない。
力は十分に出しているはずなのに拘束は緩まない。動こうとするほど締めつけが強くなっていく。
「何をやったとしても無駄です」
KBは静かに告げた。
「私は貴方の力では動かせませんよ」
「……なんだと?」
「私はKB。ビーによって作られた戦闘用アンドロイドです。重量は貴方の倍以上はあります。岩並です」
「……アンドロイド?」
KBは自己紹介の続きをするように淡々と言った。
ジェイクの目が見開かれる。
目の前の女は普通の人間ではない。最初に感じた違和感は間違っていなかった。
「はっ。なるほど。てめぇもロボットかよ!」
「アンドロイドです」
ジェイクが声を荒げても、KBは気にも留めない。冷めた瞳で見下ろし、さらに腕へ力を込める。
「ぐっ……!」
鋭い痛みにジェイクは顔を歪めた。
目の前には、首元に刃を突きつけるKB。少し離れた場所ではダリアンが魔法を使えず立ち尽くしている。周囲では、ピーロボが警告音を鳴らし続けていた。
「っ、」
ジェイクは悔しげに唇を噛み、KBを睨みつける。彼女の灰色の瞳に迷いはなかった。
"主の命令に従い、自分たちを排除する"。主というのが一体誰なのか分からない。その命令を覆す方法があるのかどうかも、今のジェイクとダリアンには分からなかった。




