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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
5、「 」

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調査・2





 崖を降りるまではかなりの時間がかかった。ようやく地面に足をつけたジェイクとダリアンは崖沿いに続く細い道を進む。

 足元には大小さまざまな岩が転がり、濡れた地面には海水が染み込んでいた。場所によっては足場がひどく悪く、少しでも気を抜けば転んでしまいそうだった。

 ダリアンは周囲を確かめながら慎重に進める場所を見極めていく。

 その後ろを、ジェイクは必死についていっていた。


「……っ、うお!?」


 ぐらりと体が傾き、ジェイクは慌てて近くの岩に手をつく。

 どうにか転倒は免れたものの、足元の石がごろりと動き、彼は顔をしかめた。


「くそっ……。何だってこんな歩きにくい場所を通らなきゃなんねぇんだよ……」


 ぼやきながら顔を上げる。

 前方では、ダリアンが何事もないかのように進んでいた。

 彼の足取りには迷いがない。足場の悪い道にも慣れているのか、危なげなく岩を避け、波の届かない場所を選んで歩いている。

 その様子を見て、ジェイクは不満そうに眉をひそめた。


「……あいつ、何であんな平気なんだよ」


 小さく呟き、再び足を動かす。

 その時。


「ぶわっ!」


 突然、海から押し寄せた波が岩場にぶつかり、飛び散った海水が彼の体を襲った。


「っ、ぺっ!ぺっ、ぺっ!」


 ジェイクは顔をしかめ、口の中に入り込んだ海水を吐き出す。

 服が濡れること自体はどうということもない。すでに潮風と波しぶきでかなり濡れているし、動いていればそのうち乾く。

 だが、口の中に海水が入るのだけは勘弁してほしかった。


「しょっぺ…!くそ、最悪だ!おい、ダリアン!」


 舌に残る塩辛さに顔をしかめながらジェイクは前を歩く男へ声を張り上げる。

 しかしダリアンは振り返らず、ジェイクが波と格闘している間にもどんどん先へと進んだ。


「……っ、あの野郎、早すぎだろ。たまにはこっちに気を遣えって!」


 ジェイクは恨めしげにダリアンの背中を睨みつける。

 少しくらい待ってくれてもいいではないか。こちらは崖を降りたばかりだというのに、今度は波にまで襲われているのだ。

 せめて、もう少し歩調を合わせてほしい。だが、そんな願いが届く様子もなくダリアンは相変わらず淡々と歩いていた。


「……はぁ」


 ジェイクは諦めたように息を吐き、足元を確認しながら後を追う。

 その後も何度か波しぶきに襲われた。そのたびにジェイクは顔をしかめて海水を吐き出し、文句を言う。対するダリアンは波が届く場所を避けながら着実に先へと進んでいった。


 そして。


「ジェイクさん、見つけましたよ」

「……あ?」


 不意にダリアンが声をあげ、ジェイクは顔を上げる。

 足を止め、彼は何かを見つめていた。


「何だよ……。今度は何を見つけたんだ?」


 ぼやきながら近づき、彼の背後から顔を覗かせる。その視線の先には崖の壁面。ただし、そこには普通の岩肌とは違うものが見えていた。


「……ん?」


 崖上から無数の蔦が垂れ下がっている。その奥。蔦の隙間に、ぽっかりと黒い穴が口を開けていた。


「……なんだ?洞窟?」

「そのようですね」


 ダリアンは頷く。

 自然にできたものなのか、それとも人の手によって掘られたものなのか。入口だけを見ても、はっきりとは分からない。


「入ってみましょう」

「あ、おい…!」


 二人は蔦を掻き分け、洞窟の入口へと進む。

 その先に足を踏み入れた瞬間、ジェイクは思わず足を止めた。


「……お?」


 洞窟の中は思っていたよりも広かった。

 入口付近こそ岩肌がむき出しになっていたが、少し進んだ先には平らな地面が広がっている。

 しかも、ただ平らなだけではない。足元の土は均されており、壁面もある程度整えられていた。人が通ることを想定して手を加えられたように見える。


 ジェイクは足元を見つめ、ほっと息を吐いた。


「はぁ。やっと普通に歩ける……」


 ここまでの苦労を思い返すと、平らな地面を歩けるというだけでありがたい。


「お疲れ様です。……これ、お水です」

「おっ。さんきゅ。口ん中ヤバすぎんだ、今」


 ダリアンから水筒を受け取ると、ジェイクはすぐさま蓋を開ける。

 水を口に含み、ガラガラと喉を鳴らしてうがいをした。何度か繰り返してから水を吐き出し、一息つく。


「……ん、いくらかマシになった。…それにしても、ここはなんなんだ?」


 ジェイクは水筒を返しながら、改めて洞窟の内部を見渡した。


「位置を考えると、精霊の森の真下……でしょうか。整備もされているみたいですね」

「………」


 ジェイクは眉をひそめた。

 森の入口から離れた崖下に、整備された洞窟。どう考えても妙な場所だった。周囲を調べると、人の手が加えられた痕跡がいくつも見つかる。

 壁際には等間隔に設置された篝火。その近くには錆びついた土木道具が放置されている。

 さらに奥へ目を向ければ地面に沿って細い線路が延びていた。何かを運ぶために使われていたのだろうか。線路は洞窟の奥へと続いており、暗闇の向こうへ消えている。


「…………」


 ダリアンは土木道具の一つを見つめ、眉をひそめた。

 長い間使われていないようで表面には赤茶色の錆が浮かび、柄の部分も傷んでいる。

 それらを見て、ここがかつて何らかの目的で利用されていたことは間違いなさそうだった。


「とりあえず、先に進んでみましょう。どこかに上へと続く道があるかもしれません」

「……ほんとかねぇ」


 ジェイクは半信半疑だった。

 この洞窟がどこへ続いているのか分からない。上へと続く道がある保証など、どこにもなかった。

 とはいえ、ここで引き返したとしても待っているのはまたあの苦行の道。


「はぁ。まぁ、行ってみるしかねぇか」


 ジェイクは肩をすくめ、ため息を吐いた。



+



 二人の足音が、静かな洞窟の中に響く。洞窟の奥へ進むにつれて、周囲は少しずつ暗くなっていった。

 入口付近では、外から差し込む光のおかげで足元もよく見えていた。だが今ではその光も遠く、振り返っても薄暗い輪郭が見えるだけ。

 壁際に設置されていた篝火も、いつの間にか数を減らしていた。燃え尽きたものもあれば、長い年月の間に壊れてしまったものもある。


「……暗くなってきたな」


 ジェイクは歩きながら、荷物袋を探る。中から小型のライトを取り出すと胸元に取りつけた。

 スイッチを入れた瞬間、白い光が前方へと伸びる。照らされた土壁が浮かび上がり、線路の先がぼんやりと見えた。

 ライトの向きを調整し、洞窟の奥を照らす。光の届く範囲の先には、まだ暗闇が広がっていた。


「……あー。どこまで続いてんだ、この洞窟?」

「おそらく、かなり広く掘られている可能性がありますね」


 ダリアンは壁面に手を触れながら答える。


「精霊の森と同等の広さか、それ以上か……。あくまで予想ですけど」

「……は?森と同じって、冗談だろ?」


 ジェイクは思わず聞き返した。


「確証はありません。ただ、ここまでの道のりと壁面の様子を考えると、その可能性もあります」

「…………」


 ジェイクは無言で天井を見上げた。当然ながら天井も岩と土で覆われている。

 もしダリアンの言う通り、本当に森と同じくらいの広さがあるのなら、いったいどれほどの距離を歩かなければならないのだろうか。


「……はぁ」


 ジェイクは息を吐いた。

 もう考えるのも嫌だった。

 こうなったら、何か見つかることを祈るしかない。

 ジェイクはライトで前方を照らしながら、歩を進めた。


「……ん?」


 その時、ふと何かが視界の端を横切ったような気がした。

 ジェイクは足を止める。その動きに気づき、ダリアンも立ち止まった。


「? どうかしました?」

「いや。……今、奥の方で何か動いたような」

「何か、ですか?」


 ダリアンは周囲を見渡す。

 しかし、光の届く範囲には何も見当たらない。

 ジェイクは眉をひそめ、ライトの明度を上げる。


「……気のせいか?」


 白い光が洞窟の奥を照らす。

 岩肌。線路。積もった埃。

 その先には、やはり暗闇。


「…………」


 ジェイクは口を閉じ、耳を澄ませる。

 すると。カタカタカタ……。と、かすかな音が聞こえてきた。


「……?」


 何かが硬い地面を叩くような音。

 それは、洞窟の奥から響いてきていた。

 ジェイクは顔を上げる。ダリアンも音に気づいたようで、静かに奥を見つめていた。


「何でしょうか?」

「………さぁ」


 短く答える。

 音は少しずつ大きくなっていく。

 カタカタ。カタカタ。カタカタカタカタ。

 何かがこちらへ近づいてきている。その正体は分からない。

 この洞窟に棲みついた魔獣か。それとも、ここを利用していた人間が残した何かだろうか。


「………、」


 ジェイクは拳を握り、身を構える。

 ダリアンも片手を上げ、いつでも魔法を放てるように意識を集中させた。


 カタカタカタカタ。

 音が近づく。

 カタカタカタカタ。

 二人は顔を見合わせた。

 短く頷き合い、さらに警戒を強める。


 そして。

 暗闇の向こうから、それが姿を現した。


「…………は?」


 最初に声を上げたのは、ジェイクだった。目の前に現れたものを見て、彼は目を丸くする。

 そこにいたのは魔獣でも人間でもなく、四角い小さなロボットだった。

 全体的に角ばった形をしており、胴体は箱のように四角い。短い脚をカタカタと動かしながら、器用にこちらへ近づいてくる。

 正面には小さな楕円形の目が二つ。その目がジェイクとダリアンを捉えた。ロボットはぴたりと足を止める。

 そして。ぱちぱち。と、まるで瞬きをするように目を開いたり閉じたりした。


「…………」

「…………」


 ジェイクとダリアンは、しばらく無言でロボットを見つめる。

 ロボットもしばらくじっとしていたが、やがて小さく首を傾げるように体を傾けた。


「………だれ?」

「…………は?」


 ジェイクは再び声を漏らす。

 今、こいつが喋ったのか?

 いや、確かに喋った。

 目の前の四角い物体が、自分たちは誰なのかと尋ねてきた。聞き間違いなどではない。


「…………」


 ジェイクは拳を下ろし、警戒を解く。

 ロボットの前にしゃがみ込み、興味深そうに眺めながら指先で胴体をコツコツと小突いた。


「なんだ、こいつ?」

「! わー!やめてやめて!」

「……お?」


 すると突然、ロボットが悲鳴を上げる。左右の側面から細い腕が勢いよく飛び出し、その直後。

 ピーーーッ!!と、耳をつんざくような大音量が洞窟中に響き渡った。


「っ!?」


 ジェイクは思わず顔をしかめ、耳を押さえる。


「うるせっ!何だよ、いきなり!」


 ロボットは腕をばたつかせながら、ジェイクから逃れようとしていた。

 その様子を見てダリアンもしゃがみ込み、顎に手を添えて興味深そうにロボットを観察する。


「これはロボットですかね?」

「どう見てもそうだろ。……っ、似たようなの見たことあるぞ」


 ジェイクは答えながら、ロボットを両手で持ち上げた。四角い胴体を支え、正面や側面を確かめる。その間も音は鳴り響いていた。

 胴体の表面は硬く、金属のような感触がある。だが、どこから動力を得ているのか、どうやって言葉を発しているのかは分からない。


「へぇ……。こいつ、どういう仕組みなんだ?」


 もう少し詳しく見てみよう。

 そう思った、その瞬間だった。


「きゃーーーっ!!」


 ロボットが甲高い声を上げた。

 次の瞬間、小さな体がジェイクの手から飛び出し、彼の顔面目がけて突進した。

 避ける間もなかった。


「いってぇっ!!」


 ガツンッと鋭利な部分が顔にぶつかり、ジェイクはその場にひっくり返る。

 尻もちをつき、顔を押さえた。


「っ、てぇ……!何しやがんだ、この野郎!」


 ガタンッとロボットは地面に着地し、その場で勢いよく回転し始める。


「ピー!ピー!ピーーーッ!」


 けたたましい警告音が洞窟内に響き、さらにロボットは細い腕を振り回しながら叫んだ。


「変態!変態!変態!侵入シャー!!」

「はぁ!?誰が変態だ、コラァッ!」


 ジェイクは顔を押さえたまま、目を見開く。しかし、ロボットはジェイクの抗議など聞く耳を持たなかった。


「侵入シャー!!侵入シャー!!」


 ピーピーと音を鳴らしながら、くるりと踵を返す。

 カタカタカタカタカタッ!

 そして、ものすごい速さで洞窟の奥へと走り去っていった。


「おい!待て!!」


 ジェイクは叫び、慌てて立ち上がる。


「くそっ……!あの四角野郎……!」

「追いかけましょう!」


 ロボットが消えていった方向を見つめ、ダリアンがすぐさま走り出す。痛む顔を押さえ、ジェイクも後を追った。

 洞窟の奥へと響いていく二人の足音。その先からは、ロボットの警告音が引き続き聞こえていた。




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