↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
5、「 」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

341/349

今度はどうか?





 フィルたちがルーンの部屋の前に着いても、泣き声は止まない。


「うえぇぇぇぇん!!」


 幼い声が廊下に響く。

 フィルは眉をひそめ、閉じた襖を見つめた。

 以前調べた時には、特に怪しいものは何もなかった。同じように調べても、今回も何か見つかるとは限らない。


「ルーン、起きてるか?」


 フィルは控えめに襖を叩く。

 しばらく待つが返事はない。

 もう一度声をかけると襖がわずかに開き、隙間からルーンが顔を覗かせた。

 部屋は暗い。明かりがついていないところを見ると、眠っていたらしい。


「……フィル?また貴方なの?」


 フィルの顔を見たルーンは、あからさまに眉をひそめる。


「一体、この間から何なの?……今度は桃華だけじゃなく、シオンや清龍まで連れて……。何の嫌がらせかしら?」


 不機嫌になるのも無理はない。

 夜中に起こされた上に、何度も深夜に部屋を訪ねられているのだ。自分がルーンの立場だったら同じ対応をしているだろう。

 フィルは困ったように眉尻を下げた。


「ごめん、ルーン。また少し、部屋に入れてくれないか?」

「……どうして?」


 ルーンの目が細くなる。

 フィルは一瞬、言葉に詰まった。

 泣き声が聞こえるから調べさせてほしいと言っても、納得してもらえるとは思えない。そもそもルーンには聞こえていないのだ。説明しても、妙な顔をされるだけだろう。


「えーと…」

「お前の部屋にネズミが入り込んだんだよ」


 答えに迷っていると、清龍が口を開いた。


「……ネズミ?」


 ルーンは首を傾げる。


「最初は俺たちの部屋に出てな。桃華が怖がっていた。それで、シオンとフィルの部屋に逃げたのを追ってきたら、今度はお前の部屋に入った」


 フィルは清龍を振り返った。

 もちろん初耳だ。しかし、咄嗟の嘘だと察し、口裏を合わせて頷く。隣のシオンも無表情のまま頷いた。

 桃華も清龍の腕にしがみつき、怯えた様子を見せる。


「そ、そうなの……。ネズミ、苦手で……」


 彼女も話に合わせる。もっとも、彼女が腕を強く握っているのは演技だけではないが。


「寝ている途中で枕元にネズミが出たら、ルーンだって嫌だろ?だから安全確認をさせてほしいんだ」

「…………」


 ルーンは疑わしげにフィルを見つめる。

 信じたのか、それとも嘘だと思ってるのか。フィルは少し緊張しながら返事を待った。


「……ちょっと待ってて」


 そして、ルーンはそう言って襖を閉める。


「…………」


 フィルはしばらく動けなかった。


「……信じてくれたのかな?」

「さあな」


 シオンは短く答える。

 清龍も桃華も黙って襖を見つめ、やがて襖の隙間から明かりが漏れて部屋の中で何かを動かす音が聞こえた。

 しばらくして、襖が再び開く。


「……いいわよ」


 ルーンは不機嫌そうな顔のまま、体を横へずらした。


「変なところ、触ったりしないでよね」

「ああ。ありがとう」


 フィルはほっと胸を撫で下ろし、部屋に入る。

 整えられた寝具、壁際の家具、そして奥にある押し入れ。やはり何も怪しいところはない。


「悪い。すぐに済むから」

「ええ」


 清龍の言葉に頷いたルーンはそのまま部屋の入口付近に立ち、フィルたちを見つめる。


「……それで、ここからどうするんだ?また押し入れか?」

『いや。違う……。周囲を見渡せ』

「?」


 刻印の言葉にフィルは部屋を見渡す。壁、床、家具、窓。どこにも変わったところはない。

 シオンも鋭い視線を巡らせているが、刻印からそれ以上の指示はなかった。


「……少し、水を飲んでくるわ」


 不意にルーンが言い、部屋を出ていく。

 襖が閉まり、足音が遠ざかった。


「何か見つかったか?」

「いえ、まだ何も」


 清龍も部屋を見渡し、フィルは首を横に振る。

 三人は家具の陰や壁際、床を調べ、押し入れも改めて確認した。しかし、何も見つからない。隠されている気配も、目に見える異常もなかった。


「うえぇぇぇぇん!!」

「っ!」


 その時、泣き声が響く。

 桃華は肩を震わせ、清龍に身を寄せた。


「……聞こえたのか?」


 清龍が尋ねると、桃華は頷く。


「うん…っ」


 泣き声は部屋の中から聞こえる。だが姿は見えず、どこにいるのかも分からない。フィルは警戒しながら視線を動かした。

 その時、シオンが静かに窓を開ける。冷たい夜気が流れ込み、シオンは外を覗いて庭を見渡した。街灯に照らされた植え込みと、その向こうの夜景に変わったところはない。


「うえぇぇぇぇん!!」


 再び泣き声が響いた。先ほどより大きい。

 シオンには声そのものは聞こえていない。だが、何かの気配は感じ取っていた。目には見えず、耳にも聞こえない。それなのに、そこには何かがいる。


「……………」


 シオンは視線を動かし、庭の奥へと目を向けた。そこには生け垣があり、地面には生け垣の影が伸びている。

 何の変哲もない影だ。しかし。


「!」


 ゆらり。

 影だけが揺れた。

 風はなく、生け垣も動いていない。


「フィル」

「どうした?」

「あれを見ろ」


 シオンは影から目を離さず、フィルを呼んだ。

 フィルはシオンに近づき、窓の外へ目を向ける。その瞬間、刻印が大きく震え、鋭い痛みが走った。


「っ……!」


 視線の先にあるのは生け垣。緑の葉が街灯に照らされて光っている。

 その生け垣の下にある影。見つめていると影が再び揺れた。刻印が先ほどより強く震える。


「! シオン!」


 シオンは窓の縁に足をかけ、フィルが呼び止めるより早く外へ飛び降りた。生け垣の影へ近づき、足元に揺れる影を彼は見据える。

 腰の荷物袋から黒い箱を取り出すと、箱は影に呼応するように震えた。


「シオン!」


 フィルも窓から外へ出る。

 着地した瞬間、刻印がさらに激しく痛み始めた。


「っ……!」


 痛みが手首から腕へ広がる。


『はっ。なんだよ。こんな所に隠れてたとはな……!』


 刻印の声には、獲物を見つけたような響きがあった。


「……一体、何がいるって…」


 フィルは表情を歪めながら影を見つめる。桃華を残し、清龍も窓から出てきた。影に近づき、口を開く。


「シオン、そいつは何だ?」

「分からない。だが、ここに何かがいる」


 シオンは黒い箱を構えた。


「下がっていろ」


 フィルは痛む右手を押さえ、一歩下がる。

 箱を影へ向ける。

 すると、ヌチャリと箱の側面に縫い付けられた口がゆっくり開いた。


「……っ」


 清龍は思わず息を呑む。

 この世のものとは思えない異形の口。ぬめる唇の奥で歯がカチカチと鳴る。


「そこにいるんだろう。姿を現せ」


 シオンが言うと、箱の口も動く。

 カチ、カチ、カチ。

 足元の影が怯えるようにぴくりと震えた。

 ぐにゃりと影の輪郭が歪み、生け垣の形をしていた影が地面の上で膨らんでいく。


「な、何だ……?」


 まるで、奥底から何かが這い上がってくるようなそれにフィルは目を見張った。

 清龍も険しい表情で見つめる。シオンは箱を構えたまま動かない。

 そして、ずずずと地面を擦る音とともに影から何かが這い出てきた。


「!」


 最初に現れたのは細い指先だった。黒い影から伸びた小さな手が地面に触れ、続いて腕、肩、頭が現れる。

 不定形だった輪郭が、ゆっくり人の形を成していく。


 やがて影の揺らぎが収まった。


「…………」


 そこに立っていたのは、一人の幼い少女だった。紫色の髪が揺れ、黒いワンピースが小さな体を包んでいる。その顔立ちは。


「……え?」


 フィルが声を漏らす。

 その顔立ちには、見覚えがあった。

 その少女は、つい先ほどまで顔を合わせていた人物にあまりにもよく似ていた。

 目元も、鼻筋も、口元も。すべてがルーンを思わせる。

 ただし、少女はルーンよりずっと幼い。まるで、彼女の幼い頃をそのまま切り取ったようだった。


「…………」


 少女は何も言わず、シオンたちを見上げている。泣き声はいつの間にか止み、夜の庭に静寂が降りていた。

 シオンは黒い箱を構えたまま少女を見つめ、フィルは痛みの残る右手を押さえる。


「……君は、一体……?」


 フィルは、かすれた声で尋ねた。

 少女は答えない。

 ただ、紫色の瞳でフィルたちをじっと見つめ続けていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。