これは大変
学び舎の校舎裏は、昼休みの喧騒が嘘のように静まり返っていた。
校庭から離れたこの場所には、人影もほとんどない。植え込みの並ぶ校舎の壁際で、木々の枝だけが風に揺れている。
そんな場所まで連れてこられたルーンは、訝しげに周囲を見回した。こんな所まで連れてきて、目の前の男子生徒は何を話すのだろう。そんな疑問だけが脳裏を埋める。
そして男子生徒は足を止め、ルーンの方へ振り向いた。
「……えっと、まずは……ごめんな。飯の邪魔しちゃって」
「気にしなくてもいいわ。……それより、話って何かしら?」
「っ、さ、さっそく……っすか」
男子生徒は身を強張らせる。先ほどより落ち着いたように見えるものの、視線は定まらず、両手も所在なげに動いていた。
ルーンが黙って待っていると、彼は何度か深呼吸を繰り返す。
「じ、じゃあ……昼休みも残り少ないし、単刀直入に言うな」
「ええ」
ルーンが頷く。
男子生徒は気合いを入れるように、ぎゅっと拳を握りしめた。
+
「…………」
校舎の角から少し離れた植え込みの陰に、フィルは身を潜めていた。壁から顔をわずかに出し、静かにルーンたちの様子を窺っている。
「……(なんでオレ、こんなところにいるんだろう)」
マキノとショウコに「教室に忘れ物をした」と嘘をついて離れたまではよかった。だがそこからは完全に衝動的だった。
ルーンが心配だった。いや、正確には、あの男子生徒がルーンに何を話すのか気になった。人目につかない場所まで連れてきて話があるだなんて、何か相談でもあるのか、それとも別の……。
「…………」
フィルは眉間に皺を寄せる。
別の、とは何だ。
視線の先では男子生徒が何度も口を開きかけては閉じている。ルーンは穏やかにその言葉を待っていた。
どうやら、まだ話は始まっていない。
「…………、」
フィルは息を吐く。
それと同時にふと我に返った。
人の会話を本人たちに隠れて覗き見る。しかも、わざわざ後をつけてまで。どう考えてもこれは褒められた行為ではなかった。
ルーンが心配だったとしても、彼女は自分の意思で男子生徒についていった。何か問題が起きている様子も今のところないし、ルーンならば問題が起きたところで対処くらい出来るだろう。ならば、自分がここにいる必要はないはずだ。
「ん……」
フィルは一度、壁の向こうから顔を引っ込める。
立ち去るべきだ。
そう思った直後、また覗き込む。
男子生徒が何かを言おうとしている。ルーンが小さく首を傾げた。
「んー……っ」
気になる。
このまま帰ってしまえば何を話していたのか分からない。かといって、ここに居座るのも気が引ける。
「んんんー……っ」
居座るか、帰るか。
そんな葛藤を何度も何度も繰り返す。
「フィル?」
「っ!?」
頭から煙が出そうだ。
そう思ったその時、背後から突然名前を呼ばれてフィルは肩を震わせた。振り返ると、そこには見慣れた黒髪の少年が。
「……しゅ、修介?」
「おう。……こんな所で何してんだ?」
修介だった。
彼の背後には二人の男子生徒の姿もある。彼らはフィルを見つめてきょとんとしていた。
「……いや、これは、その……」
説明に詰まる。なんて言えばいいんだろう。考えていると、ふと男子生徒たちが声をあげた。
「あっ、あいつ、あんなとこに!」
「本当だ!いきなり走り出したから、どこに行ったのかと思えば……」
二人の視線は、フィルの向こうへ向けられていた。フィルが振り返るより早く、修介が校舎の角から顔を出す。
「ん?……あいつの隣にいるの、もしかしてルーンか?」
「ああ、本当だ。……は?じゃあ、あいつ……とうとう告るん…!?」
「………こくる?」
男子生徒たちが声を荒げる。
それと同時、彼らと共にルーンたちの様子を見ていた修介の声が低くなった。
「それ、どういう意味だ?」
「えっ、あ、いや……その……」
修介は腕を組み、鋭い目付きで彼らを睨み付ける。たじろぎ、怖っ、とぽつりと呟く声が聞こえた。
「え、ええと……あいつ、マサトっていうんだけど…前々からルーンのことが好きだったみたいで……」
男子生徒のひとりが恐る恐る口を開く。
「……ほう?」
「一目惚れみたいでさ。けど、なかなか話しかけられなくて」
「普段は遠くから見てるだけだったんだけど、とある理由から、もう我慢できなくなったんじゃないかな」
彼らの言葉を聞き、修介は校舎裏へ視線を戻す。ルーンと一緒にいる男子生徒…マサトは彼女と向かい合い、今にも何かを告げようとしていた。
「…………」
フィルは黙ったまま。
そうか。あの男子生徒はルーンに告白しようとしているのか。マキノたちの言った通りだ。
告白。
別に、おかしなことではない。ルーンは魅力的な人だ。誰かが彼女を好きになっても不思議ではない。
「…………」
胸が、ずきりと痛む。
「……とある理由って?」
修介が二人に尋ねる。
「ああ、それは……たぶん、これだよ」
そう言って、男子生徒のひとりが上着のポケットから写真を取り出した。
そこには、純白のウェディングドレスを身に纏ったルーンが写っている。撮影会で撮られた写真の一枚だ。
「今朝、マキノがさ…あ、ルーンの友達の女子生徒がさ、教室で見せてくれたんだ。これを見て、マサト、すっかり気持ちが舞い上がっちゃったみたいで」
「いつも以上にそわそわしてたもんな。で、昼休みになった途端、飯も食わんで暴走した」
聞きながら修介は写真を受け取り、じっと見つめる。
写真の中のルーンは普段とは違う装いで穏やかに微笑んでいた。白いドレスがよく似合っている。
ドレスを作っていたことはフィルから聞いていた。だが、まさか着用し、写真まで撮っているなんて。
「……ふーん」
自分もついていけばよかった。
そんなことを思いながら写真を返すと、修介は数秒考え込む。
そして、フィルの腕を掴んだ。
「行くぞ、フィル」
「え?」
そしてそのまま、フィルを引っ張って歩き始める。
「ちょ、…修介!」
引かれるまま、フィルも慌てて足を動かした。
聞く耳を持たずに歩く修介の表情は真剣で、そんな彼らの背中を男子生徒たちはしばらく呆然と見送る。
「え?お、おい……!まさか割り込むつもりか!?」
ひとりが声を上げた。
しかし修介は止まらない。
「……ちょっと待て。なぁ、あいつが連れてってる、あの金髪……!」
すると、もうひとりがフィルの姿を見て目を見開いた。
「あいつ、まさかルーンの……?」
「ん?……っ、そういえば似てたな!」
言われて、彼も目を見開く。
「しゅ、修羅場だ……!」
二人は顔を見合わせ、そして、彼らの声は静かな校舎裏に響き渡った。




