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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき

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押し入れに何が?





 勢いよく開け放たれた襖の向こうには、明かりの灯った部屋。そこには当然だがルーンがいる。

 彼女は布団の上に座り、眠る準備をしていた。手にした毛布を整えようとしていたが、突然の物音に肩を跳ねさせ、ゆっくりとフィルたちを振り返る。


「え?」


 目を丸くしたルーンは毛布から手を離してフィルと桃華を見つめ、困惑したように眉を寄せた。


「フィル?……それに桃華も?どうしたの?」

「…………」


 フィルは答えず、ルーンのそばへ歩み寄る。

 窓、障子、棚、壁際の小物、畳に敷かれた布団。視線を巡らせても部屋はいつもと変わらない。怪しいものは見当たらず、先ほどまで聞こえていた泣き声も今はぴたりと止んでいた。


「……ごめんね、ルーンさん。寝るところだった?」


 桃華が申し訳なさそうに尋ねる。


「……ええ」


 ルーンは短く頷いた。


「突然押しかけちゃって、ごめんね」

「別にいいけど……」


 ルーンは二人を交互に見る。夜中に訪ねてきた理由が分からず戸惑っている様子だった。

 その時、フィルの頭の中に刻印の声が響く。


『フィル。やはり、この部屋は妙だ』

「え?」


 フィルは眉をひそめた。

 思わず声が漏れ、ルーンが怪訝そうに顔を向ける。


『そこの女とお前たち以外に、かすかな気配がある』


 刻印は続けた。


「気配……?」

『もう一度、周囲を確認しろ』


 言われるがまま、フィルは黙って部屋を見回す。窓、襖、棚、そして押し入れ。隅々まで確認しても変わった様子はない。

 だが、とある地点に視線を向けた瞬間、刻印の震えが止まった。


『……あそこだ』

「あそこって、…押し入れ?」


 視線の先には押し入れがあった。

 そういえば。と、フィルはふと思い出す。そういえば昨日、ブルーテイルがあの押し入れの前で鳴いていた。


「…………」


 フィルは腕の中のブルーテイルを見下ろす。


「きゅう?」


 あの押し入れに何かあるのだろうか。


「…………」


 背後では、桃華がルーンに事情を説明しようとしていた。


「それで、二人とも何かあったの?」

「えっと、それは……」


 桃華が言葉に詰まる中、フィルは押し入れへ歩み寄る。


「きゅう……」


 押し入れの前に立てばブルーテイルが小さく鳴き、呼応するように右手の刻印が大きく震えた。


「…この中に何かあるのか?」

『開けてみれば分かる。……怖がりなお前に、その勇気があればだが』

「……相手が幽霊じゃなければ、別に怖くないよ」


 フィルはそう言いながら、取手に手を伸ばす。ルーンが、ふとこちらに視線を向けた。

 唾を飲み込み、取手に手をかける。フィルは息を整え、襖をゆっくり開けた。


「っ、」


 細い隙間から部屋の明かりが差し込む。暗がりを覗き込みながら、慎重に襖を動かした。

 木の擦れる音が静かな部屋に響く。襖が開ききった瞬間、フィルは身構えた。何かが飛び出すかもしれない。反射的に手を離し、一歩下がる。


「………?」


 しかし何も起きなかった。

 不気味な音も、飛び出してくる影もない。

 押し入れの上段には座布団と衣服用の箪笥、下段にはガムテープで封をされた段ボール箱が二つあるだけだった。


「…………」


 人の気配はない。幽霊もいない。

 ただの普通の押し入れだ。


「……何もないけど?」

「きゅう?」


 ブルーテイルも不思議そうに中を覗く。


『…………』


 刻印は沈黙した。


「フィル」

「うわっ!?」


 その時、突然背後から声をかけられてフィルの肩が跳ねる。振り返ると、ルーンがじっとこちらを見ていた。


「……何してるの?」

「い、いや、その……」

「勝手に開けないで。プライバシーの侵害よ」

「ご、ごめん!物音が聞こえた気がして……でも、気のせいだったみたいだ」


 フィルは慌てて頭を下げ、そう言って襖を閉める。閉じた瞬間、刻印が激しく震えた。


「……昨日も言ったけど、そこには何もないわ。あったとしても、使っていないものばかりよ」


 ルーンは押し入れを見ながら淡々と続ける。ブルーテイルの頭を優しく撫で、表情をわずかに和らげた。

 撫でられ、ブルーテイルは嬉しそうに目を細める。


「……何をしに来たのかは分からないけど」


 ルーンはブルーテイルから手を離し、フィルと桃華、二人を見た。


「今、何時だと思っているの?もう眠りたいから、出ていってくれる?桃華もね」

「う、うん。ごめんね、ルーンさん」


 桃華が頭を下げる。


「……ああ」


 フィルも頷いた。これ以上、ここに居座るわけにはいかない。

 そして二人は部屋を出た。背後からルーンの視線を感じながら、フィルは襖の前で振り返る。


「おやすみなさい」

「うん。おやすみ、ルーンさん」


 桃華が挨拶を返す。

 フィルと桃華が廊下に出たのを確認すると、ルーンはピシャリと襖を閉じた。


「…………」

「…………」


 静まり返った廊下の中、二人はしばらく無言で顔を見合わせる。


「……部屋の中には何もなかったね。泣き声も、いつの間にか聞こえなくなっていたし」


 桃華が頬に人差し指を添えて呟く。


「……もしかして、本当に幽霊……?」


 言い終える前に、ぶるっと桃華は体を震わせる。


「……いや。幽霊なんかじゃない」

「?」


 フィルは右手を持ち上げ、掌の刻印を見る。


『確かに気配はあった。だが、襖を開けた途端に消えた。そして……』

「閉めた途端、また現れた」

『その通りだ』


 その言葉にフィルは目を細めた。

 刻印が嘘をついていないなら押し入れには何かがいる。正確には"いた"はずだ。

 襖を開けたら消え、閉めたら現れた。けれど、中には誰もいなかった。上手く隠れたってことなんだろうか。あの押し入れには、いったい何が潜んでいるのか。

 ルーンはそれを知らないのか。それとも、知っていて隠しているのか。


「…………」


 顎に手を添えて、フィルは眉をひそめる。


「…フィルさん。これからどうするの?」


 桃華が不安そうに声をかけた。

 フィルはすぐには答えられなかった。このまま二人で調べるべきか、それとも誰かに相談するべきか。


『フィル』


 刻印の声が響く。


『これは、私たちだけで調べるには大きすぎる。お前の相棒にも協力を頼め』

「……シオンにも?」

『ああ。もしかしたら、あの女……とんでもないものを隠しているかもしれんからな』

「…………」


 刻印の声はどこか楽しげだった。これから始まる出来事を待ち望んでいるように聞こえる。

 フィルは右手を握りしめ、ゆっくりと振り返った。視線の先には先ほど出てきた襖。その向こうには眠る準備を再開したルーンがいる。


「…………ルーン」


 フィルは小さく呟いた。

 彼女は本当に何かを隠しているのか。押し入れに現れた気配の正体は何なのか。そして、あの子供の泣き声は。疑問は増えるばかりだ。


「…………」


 フィルはしばらく、閉じられた襖を見つめ続けていた。



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