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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき

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誰の泣き声?





 東の大陸。サクラ村。清龍の家。

 時は少し遡り深夜。村全体がすっかり眠りに落ちていた頃。


「うえぇぇぇぇん!」


 静まり返った家の中に子供の泣き声が響いた。


「…………」


 フィルは、暗闇の中ぼんやりと天井を見ていた。

 案の定、今夜は寝付けなかった。

 布団の中で何度も寝返りを打ったものの、結局眠れないまま時間だけが過ぎる。


 そして今──


「うえぇぇぇん!」


 また泣き声。

 フィルはゆっくりと上半身を起こした。


「……何だ?」


 耳を澄ます。確かに聞こえている。どこからだろう。外から聞こえてきているのだろうか?

 そう思ったフィルは布団から出ると窓へ向かう。暗闇の中、足元に気をつけながら歩いて窓を開けた。

 夜の冷たい空気が部屋へ流れ込んでくる。フィルは顔を外へ出すようにして周囲を見渡した。


「…………」


 しかし、外から聞こえてくるのは虫の声だけ。

 静かな夜の音。泣き声は聞こえない。


「……?」


 フィルは首を傾げて、窓を閉める。

 ならば、この声は家の中から聞こえているのか。


「うえぇぇぇん!」

「……!」


 今度ははっきりと聞こえる。

 フィルは周囲を見渡した。

 その時、ふと気づく。


「……?」


 部屋の中にブルーテイルがなかった。

 布団に潜っているのかと思い、毛布をめくるが姿はない。布団に入る時は確かに一緒だった。


「……何処行ったんだ?」


 フィルは立ち上がり、部屋の外へ。襖を開けると廊下は真っ暗だった。

 窓から差し込む月明かりが床の一部をぼんやりと照らしている。それ以外は、闇。


「………っ」


 フィルは、ごくりと唾を飲み込んだ。さすがに、この暗さの中を何も考えずに歩くのは怖い。

 彼は壁へ手を伸ばす。指先が壁に触れ、そのまま壁伝いにゆっくりと歩き始めた。

 子供の声は、未だ続いている。


「うえぇぇぇん……!」


 その声に、フィルの足は止まりそうになる。


「……」


 怖い。凄く怖い。

 深夜の暗い廊下。時折響く床の軋む音。

 そして、何処から聞こえているのか分からない子供の泣き声。


「……ゆ、幽霊……とかじゃない、よな?」


 口にした瞬間。フィル自身の想像力が余計な仕事を始めた。

 暗闇の向こう。誰もいない廊下。

 そして、泣いている何か。


「…………」


 フィルの顔が引きつる。


「いやいやいや……そんなわけないから」


 小さく首を振る。

 そう自分に言い聞かせる。

 だが──。


「うえぇぇぇん!」

「っ!?」


 声が響いた。

 フィルの肩がびくっと跳ねる。

 反射的に一歩後退した。


「…………」


 やっぱり怖い。

 もし、本当に幽霊だったら。

 フィルの口元が限界まで引きつる。

 もう部屋へ戻ろうかと、そう思う。


 戻ればいい。戻って布団に潜り込んで忘れて朝まで寝よう。

 ブルーテイルなら、きっと大丈夫。朝になれば、いつの間にか戻っているかもしれない。


「……」


 しかし。

 ひとりで戻って、こんな気持ちのまま部屋でひとりで過ごすのは嫌だ。


「………んんっ」


 戻るか。捜すか。

 フィルはその場で葛藤を始めた。

 頭の中で、二つの考えがぐるぐると回る。

 戻れ。いや、捜せ。怖い。でも心配だ。戻れ。捜せ。戻れ。戻れ。


「……〜〜〜っ」


 フィルは頭を抱えた。

 そして。長い長い葛藤の末。

 ゆっくりと顔を上げる。


「ブルーテイルを見つけて……さっさと部屋に戻る。うん、そうしよう」


 小さく呟き、自分に言い聞かせるように頷く。

 大丈夫。自分ならやれる。頑張れ。幽霊よりダリアンさんの方が怖い。そう思いながら、フィルは再び歩き始めた。

 壁に手をつき、慎重に足を進める。


「うえぇぇぇん!」


 声が、少しずつ大きくなっていく。


「…………」


 フィルは顔をしかめた。

 近い。どうやら、この先にいるらしい。

 さらに進む。そして。


「…………」


 フィルの足が止まった。

 声の聞こえる方へ顔を向ける。

 そこにあったのは、一枚の襖。


「……ここは」


 フィルは息を呑んだ。

 そこは、ルーンの部屋だった。


「うえぇぇぇぇん!」

「……!」


 声は、この部屋の中から聞こえている。

 フィルの目が見開かれた。


「え、…まさか」


 ここはルーンの部屋。

 ならば、この声は彼女のものなのか。


「(……でも)」


 フィルは首を傾げる。

 ルーンの声にしてはあまりにも幼い。この声は、まるでまだ小さな子供のようだった。


「…………」


 確かめようとフィルは恐る恐る襖へ手を伸ばす。指先が取手へ近づいた、その瞬間。


「っ!?」


 右手の掌に浮かぶ刻印が激しく痛み出した。慌てて手を引っ込める。

 ずきずきと、掌の奥から刻印が脈打つような痛みを発している。


「………」


 フィルは眉をひそめ、刻印を見つめた。


 その時──。


「きゅう!」

「わああ!?」


 すぐそばから声がした。

 フィルは反射的に悲鳴を上げ、肩を大きく跳ねさせる。心臓が飛び出しそうになった。

 慌てて振り向くと、そこにいたのは一匹の小さな獣。ブルーテイルだった。


「ブ、ブルーテイル……!」

「きゅう!」


 足元にちょこんと座り、ブルーテイルは彼を見上げて再び鳴き声をあげる。

 フィルは胸に手を当て、ほっと息を吐いた。どきどきと心臓の鼓動が掌へ伝わってくる。


「はぁ。すっごい驚いた…。……あ!」


 そこで、フィルははっとして口元をおさえる。

 今の悲鳴。かなり大きかった。

 もしかしたら、ルーンに聞かれたかもしれない。

 フィルは恐る恐る襖へ視線を向ける。先ほどまで聞こえていた声は、いつの間にか止まっていた。


「…………」


 フィルは固まる。

 襖は開かない。

 しばらく待つも何も起こらない。


「……はぁ」


 どうやら大丈夫なようだ。

 フィルは胸を撫で下ろして小さく呟き、その場にしゃがみ込む。


「心臓止まるかと思った……」


 右手の刻印は、まだ痛んでいた。

 だが今は気にしないことにしてブルーテイルへ手を伸ばし、その頭へそっと乗せる。


「お前、何処行ってたんだ?」

「きゅうっ」

「……ん?」


 わしゃわしゃと撫でていると、そこでブルーテイルが何かを咥えているのに気づいた。


「何だ、それ?」


 フィルは手を伸ばす。

 ブルーテイルの口から受け取ると、それは一枚の写真だった。


「写真……?」


 フィルは目を細める。

 暗すぎて何が写っているのか分からない。


「…………」


 写真を少し傾けてみる。

 月明かりに照らしてみる。

 色んな方法で何が写っているのか見ようとしたが、どう頑張ってもよく見えなかった。


「あぁ……そういえば。タキシードが入った紙袋…客間に置きっぱなしだったな」


 ふと思い出し、ぽつりと呟く。

 その瞬間、ガラリと襖が開いた。

 暗かった廊下へ、部屋の明かりが一気に広がる。


「……貴方たち、何してるの?」


 声を聞いて、顔を向ける。

 そこに立っていたのはルーンだった。



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