シオンは語る
ルーンの部屋を離れたホワイトは、廊下を歩いて客間へ戻った。
その途中、玄関の扉が開く音がして顔を向けると、ちょうどターナが外へ出ていくところだった。
「……」
シオンの話は終わったのだろうか。
そう考えながら客間の前まで行き、襖を開けると中からグリーンの声がした。
「戻ってきたか、ホワイト」
「………ああ」
「その様子だと、失敗したか?」
ホワイトの様子を見て、グリーンは尋ねる。
「失敗か成功かという問題ではない。忠告はしておいた。私の言葉が届いたかどうかは分からないが」
その問いにホワイトは淡々と答え、グリーンの隣に腰を下ろす。
周囲を見渡すと、そこにいる誰もが険しい表情を浮かべていた。テーブルにはいつの間にか人数分の湯飲みが並び、細い湯気が立ち上っている。清龍が用意したのだろう。
ホワイトは目の前の湯飲みを手に取り、一口飲む。
「……呪念石」
フィルが、ぽつりと呟く。
ホワイトが出ていく前にシオンが語ったのは、呪念石と、ルーンに瓜二つの少女について。そして精霊の森で自分たちが体験してきた出来事。
呪念石は、この世界に存在していたすべての呪いを凝縮して生み出された宝石で、その石に触れた者は心を支配され、やがて操られてしまうという。その石を少女は狙っていた。
ホワイトが出ていったあとに話したのが、何故あの少女はルーンと瓜二つなのか。ということについて。
シオンは、あの少女はルーンから生まれた呪いなのではないかと推測していた。
「シオン、その話……本当なの?」
すべての話を聞き終えたフィラーラが小さな声で尋ねる。
「………」
シオンは答えず、ゆっくりと頷いた。
「……あの日記を書いたのが、ルーンのお父さん?」
「カフルエルの行方もまだ分からぬというのに、また厄介な問題が増えたな」
フィルが呟くと、グリーンは湯飲みを見つめながら口を開いた。
「でも、ルーンの体にあった呪いはエーさんがすべて取り除いたって」
「俺もそう聞いていたが、彼女の力も万能ではない。彼女の手の届かぬところにも呪いが巣食っていた。そういうことだろう」
シオンは湯飲みを持ち上げた。
静かに茶を飲み、ルーンの部屋がある方へ視線を向ける。眉間には深い皺が寄っていた。
「ルーンのお父さんがあの日記を書いたのなら、どうしてそれが学び舎の図書室に?」
「……さあな。本人が持ってきたのか、それとも別の誰かが持ち込んだのか」
湯飲みを静かに置く。
「ふあぁ……」
その時、フィラーラが小さく欠伸をした。
「……あっ」
しまった。と思ったのだろう。慌てて口元を隠し、申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「ご、ごめんなさい……」
時計を見れば、もうすぐ深夜になろうとしている時間だった。眠くなるのも無理はない。
申し訳なく肩を落とすフィラーラを見て、グリーンは柔らかく息を吐いた。
「謎は深まるばかりだが、続きは明日にしよう」
「……ごめんなさい」
「こればかりは仕方あるまいよ。睡眠は人にとって必要不可欠だ。……シオンもフィルも、今日は疲れただろうから、ゆっくり休め」
「……そうだな」
グリーンの言葉に頷き、シオンは短く答えて立ち上がる。そのまま襖へ向かい、静かに開けると客間を出ていった。
「あ、待って!わたしも!」
それを見たフィラーラも慌てて立ち上がり、後を追うように客間を出る。アラタはそのまま畳の上にゴロンと寝転がった。
だが、フィルはその場から動かなかった。湯飲みを見つめたまま、眉をひそめている。
「…………」
先ほど聞かされた話が頭の中で何度も繰り返されていた。どれも信じがたい内容だったが、シオンが嘘を吐くはずはない。
「……フィル」
グリーンが声をかけ、フィルのそばまで歩み寄る。
「友人の付き合いで出掛けていたと聞いた。……楽しかったか?」
「え?」
一瞬、何のことか分からなかった。
「あ、……はい。とても。……でも、ルーンはそうでもなかったみたいで、ずっと機嫌が悪くて。今は、もう直ってますけど」
フィルは少しだけ笑う。
「そうか。……眠れそうか?」
「……」
グリーンの表情は柔らかい。
フィルは答えに詰まった。その膝の上で、ブルーテイルが心配そうに鳴く。
「……きゅう」
フィルは小さな姿を見つめ、それからグリーンへ視線を戻した。
「……はい」
そう答えながらブルーテイルを抱き上げ、彼は立ち上がった。胸の奥に残る不安はすぐには消えない。
フィルは廊下を出て、自室に戻る前にルーンの部屋の前で立ち止まった。襖は完全に閉められおり、中からかすかに声が聞こえてくる。
「きゅう…?」
腕の中でブルーテイルがもぞもぞと動く。
「……大丈夫だ」
フィルは小さく呟く。
そう言うが、心配な尽きない。
ただ、今夜はたぶん眠れそうにない。
そう思いながらフィルはブルーテイルを体を撫で、自分の部屋へ向かった。




