傷だらけの少女
音のした方を向くと、そこには一人の少女がうつ伏せに倒れていた。
ぴくりとも動かないその少女を見てルーンは目を見開き、ジェイクたちも言葉を失う。
倒れていたのは、あの少女だった。
「…ちびルーンさん!」
ダリアンが駆け寄り、彼女を抱き起こす。
「しっかり。大丈夫ですか?」
肩を揺さぶると、少女の体が小さく揺れた。
「ん、……」
瞼が開き、ぼんやりとした瞳がダリアンを捉える。
少女は焦点が定まらないまま周囲を見回した。コロンと彼女の手から赤い宝石が落ちる。その宝石は砕けていた。
「……!」
そして、ルーンの姿を見つけた。
瞬間、少女の表情が大きく歪み、ダリアンの腕から勢いよく飛び出すとルーンに駆け寄り抱きつく。
「うえぇぇぇん!!お姉ちゃあああん!!」
抱きついたと同時に泣き声が部屋中に響き渡る。
少女はルーンの服を両手で掴み、顔を押しつけた。大粒の涙が次々とこぼれる。
「うわぁぁん……!」
「!」
ルーンが少女を支えたとき、その体に無数の傷があることに気づいた。衣服は汚れ、肌からは血が流れている。
「どうしたの、この傷?」
「うぅっ……」
ルーンは眉をひそめ、少女と視線を合わせて聞いてみる。少女は答えようとしていたが、言葉にならず、ただ泣き続けた。
ダリアンが手をかざすと、淡い光が少女を包み込む。傷口が少しずつ塞がっていくが、少女はルーンの服を離さなかった。
「ひっく…、うぅぇぇ…」
「大丈夫よ。もう大丈夫だから」
ルーンは少女の背中を撫でた。
「……私のルーン。何だ、それは?」
その様子をじっと見つめていたホワイトはぽつりと呟く。声に妙な緊張が混じり、表情が強張っていた。
ホワイトには少女の姿は人の形として見えていなかった。彼の瞳に映るのは異様な気配を放つ黒い靄。靄の放つ禍々しい気配が、周囲の空気を重くしている。
「……」
ホワイトは身構える。
ルーンは彼を見ようとしなかった。
「…ホワイト。貴方はもう客間に戻って」
「私のルーン。答えてくれ。そいつは何だ?」
ルーンは答えず、ダリアンの治癒魔法を見守る。
「ホワイト。客間に戻って」
もう一度言う。しかしホワイトは動かなかった。
少女をジェイクへ預けて、ルーンは立ち上がる。
「これは命令よ。客間に戻って」
ホワイトの方を向き、もう一度言った。静かな声の奥に明確な苛立ちが滲む。
それでも彼は動くつもりはなかった。ホワイトはしばらくルーンを見つめ、やがて口を開く。
「……悪いが、それは拒否させてもらう」
「……」
「いくら私のルーンの頼みでも、それの正体が不確定なうちは、この場を離れられない。私のルーンがそれについて話してくれるまで、私はここに存在する」
「怒らせないでちょうだい、ホワイト」
ルーンは眉をひそめる。
ホワイトは一歩も引かなかった。
「私は、私のルーンのためにここに留まっている」
ホワイトの目には強い意志が宿っていた。
「その得体の知れない存在から、私は私のルーンを守る必要があるのだ。私は、君を失くすわけにはいかない」
「私のためを思うのなら、今すぐ客間に戻ってほしいんだけど」
ルーンの苛立ちが募る。
ホワイトは首を横に振った。
「断る。私のルーンがそれについて話してくれるまで、この場を離れるわけにはいかない」
「……っ」
ルーンは奥歯を噛み締め、ホワイトを睨みつけた。その瞬間、紫色の瞳にほんのわずかに赤が混じる。
ホワイトは目を見開いた。
「ホワイト。言ったわよね。怒らせないでちょうだいって」
声が低くなる。
一歩前へ出ると紫の瞳がゆっくりと赤へ染まっていく。ホワイトはじっとその瞳を見つめたあと、拳をぐっと握り締めた。
「…そうか。私のルーン……君はもう…」
短く息を吐く。
言葉を飲み込み、少女へ顔を向ける。ホワイトには、そこにいるのが人の形をした少女ではなく黒い靄にしか見えない。
「……………」
ホワイトはジェイクとダリアンへ視線を移した。
二人も少女を見ている。その瞳にも、ほんのわずかに赤が混じっているように見えた。
「………わかった」
ホワイトはしばらく黙り、やがて頷く。
「指示に従おう」
ルーンを見る。
そう言って彼は踵を返し、部屋を出た。
廊下を歩いていく彼の背中が見えなくなるまでルーンは見送り、ピシャリと襖を閉める。
「………はぁ」
息を吐くと瞳から赤が消え、紫色へ戻った。
ルーンは少女へ顔を向ける。傷はすべて消え、彼女はジェイクの腕の中で静かな寝息を立てていた。泣き疲れてそのまま眠ったらしい。
「……ありがとう、ダリアン」
「いえいえ。これが僕の役割ですから」
ダリアンはいつもの笑顔で答えた。その隣で、ジェイクは閉じられた襖を見つめる。
「……ホワイトのやつ、あんな渋ってたのに何で急に物わかりよくなったんだ?」
その言葉に、ルーンも襖へ一瞬だけ視線を向けた。
「さあね。それより、貴方たちにはまだ聞きたいことがあるの。答えてくれるかしら?」
ホワイトが何を考えていたのかは知らない。そもそも興味がない。ルーンはそれ以上考えず、二人に言った。
「もちろんです。時間はありますからね」
「……その前に、まずはこいつを寝かせる」
ダリアンが頷く。
ジェイクは腕の中の少女へ目を落とし、部屋の隅に敷きっぱなしだった布団へと運んだ。
ゆっくり横たえると少女は少しだけ身じろぎをする。穏やかな寝息が静かな部屋に響き、ジェイクは少女の体に毛布を掛けた。




