ここに来た理由
「ただいまー」
玄関の戸を開け、ルーンとフィルは揃って声をあげた。
靴を脱ぎ、ウェディングドレスとタキシードの入った紙袋を肩に担ぎ直す。
「おかえり」
廊下を進んで客間の襖を開けると、すぐ近くにいたグリーンが顔を上げた
客間には、シオン、ターナ、フィラーラ、ホワイト、グリーン、アラタと、いつもの顔ぶれ。しかし今日はそれだけではなく、テーブルを囲む面々の中に見知った顔が二つ混じっていた。
そのうちの一人を見つけた瞬間、フィルの足が止まる。
「……っ」
目を見開き、息を呑む。
右手の掌に浮かぶ刻印が痛みを伴って震え始めた。思わず右手を握り締める。
「……フィル?」
入口で立ち止まったフィルに、ルーンが首を傾げて声を掛ける。返事はない。
どうしたのかと思い、彼の背中越しに客間を覗き込んだルーンも、そこにいる二人の姿を認めた。
「…あ」
「……よお。久し振りだな、お前ら」
テーブルに頬杖をついた男が、低い声で呟く。その隣の男は、にこにこと笑いながらルーンたちを見つめていた。
客間に入った二人は、並んで彼らを見つめる。そこにいたのは、ジェイクとダリアンだった。
「帰ってくるのが遅かったな」
シオンが声をかける。
「温泉小屋に寄ってきたんだ」
フィルは紙袋をテーブルのそばに置き、ターナの隣に腰を下ろした。ルーンも紙袋を置き、フィラーラの隣に座る。
ターナの隣に座ったことで、フィルは必然的にダリアンの向かい側となった。彼は変わらず笑顔を浮かべていて、その表情は前に見た時から少しも変わっていない。
「…………」
刻印が震え続ける。それに加えて、かつてダリアンにつけられた小指の傷跡まで疼いている気がした。
フィルはそっと両手を握り締める。意を決し、口を開いた。
「……あの。ジェイクさんは、なんとなく分かるんですけど…。…どうして貴方がここに?」
恐る恐る尋ねると、ダリアンの笑顔が深まる。
「おや。僕がここにいるのが、そんなに不思議なことですか?」
「……えっ、あ、いえ、そういうわけでは……」
「ふふ。君は相変わらずだね、フィルくん」
「…………」
フィルの体が硬直する。
この男の笑顔はどうにも苦手だった。存在自体がトラウマだと言っても過言ではない。
「この男とジェイクは、ルーンに用があってきたんだとさ」
腕を組んだターナが、呆れたように口を挟む。
「ルーンに?」
フィルは首を傾げた。
「俺たちが来た理由。お前なら分かるだろ、ルーン?」
ジェイクが、向かいのルーンに視線を向ける。ルーンは黙って見つめ返し、わずかに眉をひそめた。
ジェイクのそばにいるはずの少女が見当たらない。自分の代わりに彼に会いに行った少女。何故ここに彼女はいないのか。
それが何を意味するのか、ルーンにはすぐに分かった。
「………」
短く息を吐き、静かに立ち上がる。
「話なら部屋で聞くわ。わざわざここですることじゃないものね」
声には、いつもの柔らかさではなく、張り詰めた響きがあった。
「ルーン……?」
フィルが顔を向ける。
ルーンはフィルの腕の中にブルーテイルを預けた。
「きゅう?」
「しばらくお願いね」
「………ああ」
戸惑いながらも、フィルはブルーテイルを受け取る。ルーンが客間を出ると、ジェイクとダリアンも一瞬顔を見合わせ、彼女の後を追って出ていく。
襖が静かに閉まり、妙な沈黙が落ちた。
「……どうやら、私たちには秘密の話らしいな」
ターナが肩をすくめる。
ブルーテイルはフィルの腕の中で小さく鳴き、ルーンたちが出ていった襖を見つめた。フィルはその背中をそっと撫でる。
「……ええと、よく分からないんだけど」
困惑した表情で客間を見回すが、誰もすぐには答えない。
「シオン。説明しろ。簡潔にな」
ターナが口を開く。
眉をひそめてシオンを見据えると、客間にいた全員の視線が彼へ集まった。
「…………」
シオンは黙っていた。
本来なら話す必要はない。
しかし、今回はそうもいかなかった。
この件には自分たちだけではなく、周囲の人物も多く関わっていた。ここにいる全員が少なからず無関係ではない。フィルもフィラーラも。ホワイトやグリーンでさえも。
何も知らないままでは、いずれ余計な混乱を招く。
シオンは小さく息を吐き、ターナたちを見つめた。
「……分かった。順を追って話す」
静かな声だった。一度言葉を切り、ゆっくりと口を開く。
そして彼は、自分たちがこの家を出ていってから帰るまでの間に何があったのか。その一部始終を、静かに語り始めた。




