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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき

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気まぐれ





 どこかの大陸。某所。


「…………」


 少女は、いつの間にか知らない場所に立っていた。視界は薄暗い。石造りの壁には篝火が設置され、揺らめく炎が部屋を照らしている。

 見覚えのない場所だった。なぜ自分がここにいるのかも分からない。


「……ここ、……どこ?」


 不安そうな声が響く。

 足元を見ると、複雑な模様の魔法陣が淡い光を放っていた。だが、その輝きは次第に薄れ、やがて完全に消える。

 気がつけば、姿も元に戻っていた。


「…………」


 体に異常はなく、変わったのは周囲の景色だけ。


「!」


 その時、ガチャリと音が聞こえてくる。

 少女は肩を震わせ、音の方を向いた。そこには扉があり、ゆっくりと開かれる。


「よかった。無事に転送は成功したようですね」


 現れたのは、茶色の髪を揺らすメイド服の女性だった。少女は警戒し、いつでも動けるよう身構える。


「…………だれ?」

「安心してください。私たちは貴女の味方です」


 女性は穏やかに微笑む。その直後、扉の向こうからまたも足音が聞こえた。現れたのは、黒いコートに身を包んだ男。


「……っ」


 どくりと胸が跳ねる。

 見覚えのある姿。忘れようとしても忘れられない人物。


「かふ……」


 名を口にしようとしただけで、体が強張った。

 男…カフルエルは女性の隣まで歩み寄り、少女を冷たく見据える。


「危なかったな。あと少し遅ければ、貴様はやられていた」

「…………」

「……何か言ったらどうなんだ。せっかく助けてやったのだぞ?」

「…………」


 少女はスカートを握りしめ、震えを堪えながら顔を上げた。答えられず、ただ彼を見つめる。

 カフルエルはしばらく黙っていたが、やがて息を吐いた。


「……まぁいい。転送には成功した。今はそれを喜ぼう。……後は任せる」

「かしこまりました」


 女性が頭を下げるとカフルエルは踵を返し、部屋を出ていく。パタンと扉を閉めたその音を聞いた瞬間、少女はほっと息を吐いた。


「……はぁ」


 張り詰めていた体から力が抜け、握りしめていた手も緩む。


「ごめんなさい。怖かったですよね」

「…………」

「彼、普段からあの顔だから誤解されてしまうんです」


 女性は困ったように微笑んだ。


「………あなた、は……」


 少女は、ようやく声を出す。

 女性は姿勢を正し、スカートの裾を軽く持ち上げた。


「……はじめまして。私はシエルと申します。以後、お見知りおきを」


 丁寧に頭を下げる。

 少女は女性…シエルを見つめた。

 彼女から嫌な気配は感じない。カフルエルとは違い、声も表情も穏やかだった。まだ信用しきれないが、それでも警戒心は少し和らぐ。


「……ここはどこ?」

「それは別の部屋でお話しいたします。とりあえず、ここから出ましょう。魔法陣を使用したことがバレたらいけませんので」

「……?」


 その言葉に少女は首を傾げた。

 シエルはそれ以上説明せず、少女へ手を差し伸べる。


「さあ、こちらへ」


 少女は少し迷ったが、その手を取って部屋を出る。最初に視界映ったのは長い廊下だった。


「……わぁ」


 思わず、声が漏れる。

 壁には風景や人物の絵画が飾られ、床には等間隔に並べられた台座や花瓶、足元には繊細な模様の絨毯が敷かれ、壁の燭台が高い天井まで明るく照らしていた。窓には厚手のカーテンが掛かり、外の様子は見えない。

 少女はきょろきょろと周囲を見渡しながら、シエルについていく。やがて、シエルは白い扉の前で足を止めた。


「ここです」


 変わった形のドアノブを捻り、扉を開く。


「どうぞ」

「………」


 中へ入ると、そこも豪華な部屋だった。広い室内には装飾が施され、中央にテーブルと椅子、奥には大きなベッドが置かれている。


「ふぅ……ここまで来れば一安心ですね」


 シエルは扉を閉め、カチャリと鍵を掛けた。


「では、ご質問の回答をいたします。どうぞ、お掛けください」

「……うん」


 少女はベッドの端に腰を下ろす。

 少しするとシエルも少女の隣に腰を下ろした。


「ここは、とある方が所有する城の中です」

「……お城?」

「はい。私はこの城で働くメイドです。先ほどの男性…カフルエル様は、城で働く傭兵でいらっしゃいます」

「……どうして、わたしを助けてくれたの?」

「カフルエル様のいつもの気まぐれ、でしょうか。それと、転送魔法陣が正常に機能するかどうかのテストも兼ねていました。本当のことを言うと、相手は誰でもよかったのです」

「…………」


 少し考えるように顎に手を添えてシエルは言うと、少女は言葉を失う。

 誰でもよかった。ならば自分は転送魔法陣の実験に利用された。ということだ。だが、少なくともあの場所からは助け出された。理由はどうあれ感謝するべきなのだろう。


「……かふ、…あの人は、どこにいるの?」

「カフルエル様ですか?彼はまだ体調が芳しくなく、自室でお休み中かと」

「……そう」


 少女は俯いた。できることなら、もうあの男とは会いたくない。


「……わたし、これからどうなるの?」

「貴女はどうしたいですか?」

「……え?」

「貴女の意見を尊重します。帰りたいと仰っしゃればご協力いたしますし、ここにいたいのなら専用のお部屋を用意いたします」


 シエルは穏やかに微笑む。

 聞かれて、少女は手を握りしめた。

 ここに残る。それも、一つの選択肢なのかもしれない。だけど。少女にはやることがある。


「……わたし、……」


 少女は顔を上げた。

 脳裏に浮かぶのは、もうひとりの自分の姿。


「……わたし、お姉ちゃんのところに戻りたい」


 ぽつりと呟く。

 しかし、呪念石は手に入らなかった。手ぶらで帰ってしまっても許してくれるだろうか。

 それでも、少女の気持ちは変わらない。帰りたい。帰らなきゃいけない。もうひとりの自分、ルーンのところへ。


「わかりました。では、こちらを」


 少女の答えを聞いたシエルは頷き、立ち上がって少女の前にしゃがみ込む。エプロンのポケットから赤い宝石を取り出し、それを彼女に渡した。


「これは?」

「これは転送石というものです。この宝石に願えば、ここから彼女のもとへ戻れます」

「……!」

「ですが、そのためには城の外へ行かなければなりません。生憎と私はついていけませんが、問題なく辿り着けることでしょう」

「…………」


 渡された宝石を少女は見つめる。


「そして、これが地図です」


 言いながら、シエルは反対のポケットから一枚の紙を取り出す。その紙には城の外へ出るための道が簡単に書き記されていた。


「こちらを参考にしてください」

「……ありがとう」

「では、ここからはご自由に」


 シエルは立ち上がり、目を閉じて静かに祈りを捧げる。


「……貴女に世界樹の加護を。どうか、お気をつけて」

「……うん」


 そして彼女は踵を返し、部屋を出ていった。パタンと扉が閉まり、少女は宝石と地図を大事に握りしめる。


「…………」


 呪念石は手に入らなかった。

 けれど、悔やんでいる暇はない。

 この城を出る。今はそれだけを考えなければ。


「っ、」


 少女は宝石と地図を握りしめ、ベッドから降りる。怖くないわけではない。見知らぬ城を一人で出るのは不安だった。


 それでも──。


「……お姉ちゃんのところに、帰るっ」


 それでも、ルーンのところに戻る。何としても帰る。

 決意を確かめるように呟き、少女は扉へと向かう。


 カチャリと扉を開き、地図と宝石を握りしめた彼女は迷いのない一歩を踏み出した。



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