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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき

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実行日






「ルーンちゃん、もう少し前!……そうそう!あっ、そこでストップ!」


 東の大陸。サクラ村。教会。


 マキノの声が庭いっぱいに響き渡る。今日は、以前から彼女たちが準備していた計画の実行日だった。

 教会の庭。テラスに広がる池。その中央に架けられた小さな橋の上に、一人の少女は立つ。純白のウェディングドレスに身を包んだルーンだ。

 白いドレスの裾は橋の上にふわりと広がり、陽の光を受けて淡く輝いている。手には小さなブーケを持ち、その視線の先には同じくこの日のために正装したフィルの姿があった。

 彼が着ているのは灰色のタキシード。普段の服装とはまるで違うその姿に、肩に乗ったブルーテイルもどこか楽しそうに尻尾を振っている。


「……(少し歩きにくいわ)」


 ルーンは心の中で呟いた。

 ドレスを着るのは、これが初めてというわけではない。しかし、今回のウェディングドレスは今まで着たものとは勝手が違った。

 長い裾が足元にまとわりつくうえ、履いているのは普段よりも高いヒール。一歩踏み出すたびに足元への注意が必要になる。少しでも油断すれば、そのまま裾を踏んで転んでしまいそうだった。


 できることなら、さっさとこの場を終わらせて着替えたい。


 そんなことを考えながら、ルーンは橋の上でじっと立ち尽くしていた。



+



「~~~~っ!! いい!!これ、凄くいい!!」


 マキノの歓声が飛ぶ。両手を握りしめ、肩をわなわなと震わせながら彼女はルーンとフィルを離れた場所から見つめていた。

 その瞳は完全に輝いている。まるで長年探し求めていた宝物でも見つけたかのような表情だった。

 その隣に立つショウコも、マキノほどではないものの二人の姿を見つめながら穏やかに表情を和らげている。


「で、マキノ。ここからはどうするの?」

「ふふふっ」


 ショウコに尋ねられ、マキノは意味ありげに笑った。

 くるりと踵を返す。


「ちょっと待ってて!」

「え?」


 マキノが向かった先は、背後に置かれていたベンチだった。

 そこには彼女が持ってきたピンク色の鞄が置かれていて、マキノはその鞄を開くと、中へ手を突っ込む。

 ごそごそと何かを探し、やがて取り出したのは四角い小さな箱だった。両手でそれを大事そうに抱え、嬉しそうな顔で戻ってくる。


「じゃじゃーん!」

「えっ。それ、カメラ?……もしかして買ったの?」

「まさか。私にそんなお金ないよ。これは先生に借りたの」


 ショウコは目を丸くした。

 そう言って、マキノは手にした箱…カメラを得意げに掲げる。それは、この世界ではまだ珍しい機械だった。

 ショウコは興味深そうにカメラを眺める。実物を見るのは初めてだった。


「…これ、どうやって使うの?」

「見てて!」


 マキノはカメラを顔の前へ持っていく。上部にある小さなボタンへ指をかけて、軽く押した。

 カシャリ。乾いた音が響く。

 次の瞬間、カメラの下部にある細長い穴から一枚の紙がゆっくりと姿を現した。


「わっ。…これは?」

「写真だよ。ショウコちゃん、取って」

「え、……う、うん」


 恐る恐る手を伸ばし、ショウコがそれを手に取る。

 まだ何も写っていないように見える写真を、彼女は再び興味深そうに眺めた。


「こうやって風に当てるといいんだって」

「風に?」

「うん」


 二人はしばらく写真を眺める。

 すると、白かった紙の上に少しずつ色が浮かび始めた。

 輪郭が現れ、色が重なり、やがて一人の少女の姿がはっきりと写し出される。純白のウェディングドレスを身にまとったルーンだ。


「わっ。凄くよく撮れてる!さすが高級品!」


 マキノが嬉しそうに声を上げる。


「本当に……凄いわね」


 ショウコも写真を覗き込む。

 そこにいるのは紛れもなくルーンだ。普段の彼女とは少し違って見える姿に、ショウコも思わず感心したように微笑む。


「これはいっぱい撮らないと!」

「……マキノ、楽しそうね」

「もちろん!」


 そう答えたマキノの顔には、満面の笑みが浮かんでいた。




+



「ルーンちゃーん!そのままフィルさんの所まで歩いてー!」


 しばらく待っていると、遠くからマキノの声が飛んできた。


「……」


 ルーンは小さく息を吐いて、言われた通りに足を動かす。一歩。そして、もう一歩。裾を踏まないように気をつけながら、ゆっくりと橋を渡っていく。

 普段なら何でもない距離なのに、今日は妙に長く感じられた。途中で何度か足元を確認しながら進み、ふと顔を上げる。

 離れた場所では、マキノとショウコが何やら楽しそうに話していた。かすかに聞こえてくる声からして、何やら盛り上がっているらしい。

 それを見て、ちょっとだけ羨ましいと思った。自分もあちら側で見ているだけなら、もう少し気楽だったのに。


「……ふぅ」


 そして、ようやくフィルの前まで辿り着く。


「やっと着いた……」

「きゅうっ」


 彼の肩にいるブルーテイルが、ルーンの姿を見て小さく鳴いた。


「随分ゆっくりだったな」

「歩きにくいのよ。それに今はヒールだから……。転ばないようにって思ってたら時間が掛かったの」

「……確かに歩きづらそうだな」


 フィルはルーンの足元へ目を向ける。

 長いドレスの裾と、その下に隠れたヒール。確かに、普段のルーンならもっと早く歩けるはずだった。


「貴方はいいわよね。そういう系の服は着慣れてるでしょうから。制服よりかは動きやすいでしょう?」

「ルーンが思ってるほど楽じゃないよ」

「そうかしら?」


 ルーンはフィルのタキシードを眺める。

 普段の衣服とは全然違うものの、ドレスに比べればずっと動きやすそうに見える。


「……はぁ。早く着替えたいわ」

「……機嫌悪そうだな」

「そういう貴方は楽しそうね。……というか、ニヤついてて気持ち悪いわ」

「えっ!?」


 ルーンはフィルの顔をじっと見つめた。

 フィルは目を見開いて、咄嗟に口元を手で隠す。その反応に彼女は眉をひそめた。


「何?もしかして貴方、楽しみにしてたとか?」

「え、あ……いや、そんなことは…っ」


 じとっとした目を向けられ、フィルは口元を隠したまま視線を逸らす。


「…………」


 図星。実のところ、フィルはこの日を少し楽しみにしていた。

 ルーンのウェディングドレス姿を見てみたい。タキシードを着た自分がドレスを着た彼女の隣に並ぶとどんな感じになるのか。どんな気分になるのかを経験してみたい。そんなことを考えていた。

 だが、口に出すつもりはない。絶対に。そんなことを言えば、ルーンからどんな顔をされるか分かったものではないからだ。


「…………」


 しかし、今こうして実際に隣へ並んでみると、どうしても嬉しくなってしまう。

 だから、つい顔が緩んでしまった。


「きゅうっ」


 肩の上で、ブルーテイルが楽しそうに鳴く。

 まるでフィルの気持ちを肯定するような声だった。


「……」


 ルーンの眉間に、さらに皺が寄る。


「ルーンちゃーん!フィルさーん!」


 その時、マキノの声が響いた。


「笑顔ー!手も繋いでねー!」

「……」


 簡単な指示だった。

 フィルは、はっとしてすぐに咳払いをする。


「……ほら」


 口元から手を離し、そしてブーケを持つ彼女の手へそっと自分の手を重ねた。ルーンは無表情。


「ルーンちゃーん!えーがーおー!!」


 再びマキノから指示が飛ぶ。

 あんなに離れているのに、何故こちらの表情まで見えているのだろうか。


「ルーン。花嫁がそんな顔しちゃ駄目だよ」

「きゅう」

「……わかってるわ」


 フィルは少しだけ苦笑し、ブルーテイルも同意するように鳴く。

 ルーンは小さく答えた。


「………」


 てっきり、フィルも自分と同じ気持ちなのだと思っていた。それなのに、実際には彼もマキノたちと同様にこの状況を楽しんでいた。

 なんとなく裏切られたような気分になって、ルーンはもう一度フィルをじっと見つめる。フィルは指示の通りに笑顔を浮かべていた。その表情が、今は少しだけ気に入らない。


「………はぁ」


 ルーンは小さく息を吐いた。

 そして、ほんの少しだけ口元を緩める。


「そう!いい感じだよー!」


 遠くからマキノの嬉しそうな声が聞こえた。

 ルーンは笑顔を作る。確かに笑顔だ。しかし、その表情にはどこか冷めたものが残っていた。


「……」


 それを見たフィルは、笑顔のまま微妙に固まる。

 そんな二人の姿を見ながら、マキノはカメラを構えた。離れた場所にいる彼女には二人の周囲に漂う空気はわからない。


「そのまま二人とも動かないでねー!」


 そして、カシャリ。

 また一枚、写真が撮られる。

 その横では、ショウコが小さく笑っていた。


「よし、もう一枚!」


 池の水面が風に揺れ、教会の庭に穏やかな時間が流れていく。

 この日撮られた写真が、後になってどれだけ増えることになるのか。この時のルーンは知る由もなかった。



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