わたしのだ!
シオンは床を蹴り、一気に距離を詰めて剣を振り抜く。
「……!」
少女は咄嗟に身を捻った。
銀色の刃が体をかすめ、髪が数本宙へ舞う。あと少し反応が遅れていたら確実に斬られていた。
少女は間一髪で剣を避け、そのまま後方へ飛び退く。
「貴方……!どうして!?」
驚愕に目を見開き、シオンを睨む。シオンは答えず、続けて懐から一枚の札を取り出した。そのままガラスケースを包み込む黒い靄へ向かって投げる。
ぺたり。と、札が靄へ張り付き、次の瞬間、青い炎が噴き出した。炎は黒い靄を一気に包み込む。
「っ……!」
少女は息を呑む。
青い炎に焼かれた靄は急速に縮み、やがて跡形もなく消え失せた。
黒い靄の向こうから、ひび割れたガラスケースが姿を現す。
「……!」
エイルがすぐに駆け寄った。
ガラスには無数の亀裂が走っている。今にも崩れそうなほど傷んでいたが、その内部は無事だった。
何重にも巻き付いた鎖。そして、その中心に封じられた黒い宝石。
呪念石は無傷だ。
「……よかった」
エイルは安堵の息を吐くと、少女へ向き直った。
「諦めろ!この宝石は君が持っていちゃいけないんだ!」
「それは私の宝石よ!取り戻そうとして何が悪いの!?」
少女が叫んだ。
足元に魔法陣が展開する。
そこから黒い炎が噴き出し、二人へ迫った。
シオンが剣を振るい、刃に弾かれ軌道を逸らした炎は壁へ激突する。
「この宝石は君のものじゃない!」
エイルが言い放つ。
「君はこの宝石に心を操られて、そう思い込まされているだけだ!」
「うるさい!!」
少女が叫び、頭上に無数の魔法陣が浮かび上がった。
直後、それらが一斉に輝き、無数の炎が狙いも定めずに放たれる。
「光よ!」
エイルが呪文を唱える。
自分とシオンの前に結界が展開され、飛来した炎を次々と弾き返した。ドンッ、ドンッ、と衝撃が連続する。
やがて炎が途切れ、その向こうでは少女が二人を睨みつけていた。その瞳は、いつの間にか真っ赤に染まっている。
「その宝石は私のものだ!」
少女は叫ぶ。
「ぱぱのでも、お兄ちゃんのでも、あんたらのものでもない!!わたしのなんだ!!」
震えるほど強く拳を握る。
シオンは少女を見据えた。
そして、剣を構え直して床を蹴る。
「……!」
剣先を少女へ向け、シオンはそのまま振り抜いた。
刃が体へ届く。このまま斬り裂く。そう思い、柄を持つ手に力を込めた。その寸前。少女の全身を黒い靄が包み込んだ。
「!?」
シオンの剣が空を切る。
次の瞬間には、少女の姿はそこになかった。
「消えた……?」
シオンは足を止める。
エイルも辺りを見回した。
少女の姿はない。気配すら、完全に消えている。
二人はしばらく警戒を続けたが、どこからも攻撃が来る様子はなかった。
「…………」
シオンは剣を下ろし、鞘へ収める。
「呪念石は無事か?」
「あ、ああ」
聞かれ、エイルはガラスケースへ目を向けた。
「ケースは直さないと駄目だが、中の鎖と呪念石は無事だ」
「そうか……」
シオンは頷いて、少女が消えた場所へ視線を戻す。
どうして突然、消えた?
もう呪念石を手に入れられないと判断して、諦めたのだろうか。
いや──。
「…………」
シオンは先ほどの少女の言葉を思い返す。
あの激しい叫び。真っ赤に染まった瞳。呪念石への執着。とても諦めたようには見えなかった。
「だったら……何故だ?」
答えはない。
シオンはガラスケースへ近づき、その中に封じられた黒い宝石を見つめる。
幾重もの鎖に守られた呪念石は、奪われずにただ静かにそこにあった。
「…………」
考えても、今のシオンには答えを導き出せなかった。




