ようやく見つけた
建物の中へ足を踏み入れた少女は、迷うことなく奥へ進んだ。
薄暗い廊下を抜け、階段を地下へ下りていく。長い階段に靴音だけが響き、地上から切り離された場所へ向かっているような感覚が少女を包んだ。
やがて階段を下りきると、その先に大きな扉が現れた。少女は手を伸ばし、重い扉をゆっくり開く。
「!」
その先を見た瞬間、少女の目が大きく見開かれた。
「あった……!」
部屋の中央には台座があり、その上に透明なガラスケースが置かれていた。内部では幾重もの鎖に守られた黒い宝石が光を吸い込むような漆黒を放っている。
「ふふ……」
少女の口元が緩む。ようやく見つけた。彼女は台座へ駆け寄り、ガラスケースに手を伸ばす。しかし指先が触れた瞬間。
「っ……!?」
バチッと青白い光が弾け、少女の体が震えた。鋭い痛みが指先から腕へ走り、反射的に手を引く。痺れの残る指先を見つめ、少女は眉をひそめた。
「……結界」
少女はガラスケースを睨みつける。
「……あの人たち、結界が大好きなのね」
呆れた声だったが諦める様子はない。一歩下がると、彼女は足元に黒い魔法陣を展開させた。複雑な紋様が回転し、少女は再び手を伸ばす。
「でも……この姿なら……!」
魔法陣から黒い魔力が立ち上り、少女が呪文を唱えた。次の瞬間。ゴォッ!と黒い炎が手から放たれ、ガラスケースへ激突する。
青い結界が炎を受け止めるが、ガラスには小さな亀裂が走った。
「……!」
効いている。
ならば続ければいい。派手さなど必要ない。少しずつ削る。
「……地道な作業は、あまり好きじゃないのだけれど」
少女は再び呪文を唱えた。
黒い炎が次々と飛び、結界が明滅する。ガラスにも亀裂が広がり、無数の線が走った。
あと少し。
そう確信した時──。
バンッ!
「!」
足元の床が弾け、少女は顔を向けた。床には銃弾がめり込んでいる。
「そこでやめろ!」
背後から声が響き、階段を駆け下りる足音が続く。振り返ると、エイルとシオンが少女の目の前に現れた。
エイルは銃を構え、シオンは険しい表情で少女を見つめている。少女はしばらく二人を見て、ぽつりと呟いた。
「……そう。ジェイクとダリアンは負けてしまったのね」
声には、わずかな残念さが滲む。
「そこから離れろ!」
エイルが叫ぶ。
少女は答えず、背後のガラスケースへ視線を向けた。全体に亀裂が走り、結界も激しく明滅している。
「これは私のものなの。邪魔しないでもらえるかしら?」
「それは君の父親から預かったものだ。君と、君のお兄さんの手に二度と渡らないようにと頼まれている」
エイルの声は静かだった。
「……あの人が、この宝石のことを貴方に何と言ったのかは知らないけれど。この宝石は普通のものよ。害なんてないわ」
少女は肩をすくめた。
「……」
シオンは鞘から剣を抜いて、少女へ向ける。
「君は、その宝石……呪念石のことを何も分かっていないようだな。その宝石は、持ち主に呪いを与える。閉じ込められた呪いの念が心を操り、支配する。とても危険なものだ」
「……そんなことないわ」
エイルの言葉を少女は即座に否定した。笑みは消えている。
「この宝石は素晴らしいものよ」
少女は視線を外し、ガラスケースへ一歩近づいた。
「……貴方たちこそ、何も分かっていないみたいね。この宝石……呪念石こそ、至高の一品なの。それをこんな何もない所に閉じ込めておくなんて……どうかしてるわ」
少女は髪をかき上げ、再び足元に魔法陣を展開させる。魔法陣から黒い靄が噴き出し、靄は蠢きながらガラスケースと台座を包み込んだ。
結界が青い光を放つが、黒い靄は止まらず、押し潰すようにケースへ張り付つ。そしてバキバキと内部から何かが割れる音を鳴らした。
「エイル」
「分かってる!」
エイルが引き金を引く。
しかし銃弾は黒い靄に弾かれた。
「くそっ!」
続けて何度撃っても、結果は同じ。靄はびくともせず、その向こうでガラスだけが砕けていく。
バキッ。バキバキッ。
だが、ガラスが破壊されても問題はない。呪念石には何重もの鎖が巻き付いている。どんな魔法でも簡単には壊れない特別な鎖だ。
「何回やっても無駄よ」
少女は余裕のある表情を浮かべて、二人を見る。
「貴方たちはそこで指を咥えて見ていなさい。私の手にあの宝石がやって来る……その瞬間を」
彼女が手を伸ばすと、魔力が膨れ上がった。
「……!」
「なっ……!」
その直後、二人の足元にも魔法陣が浮かぶ。黒い影が飛び出し、くねくねと蛇のように蠢くとエイルとシオンの体へ絡みついた。
「っ!」
彼らの両腕と足が拘束される。
「くそっ……!」
振りほどこうとするほど、影の締め付けが強まった。
「貴方たちはそこで大人しくしていなさい」
少女は二人を一瞥し、再び黒い靄へ向き直る。
「もうすぐよ」
少女は笑う。
「……シオン。っ、これ、ほどけるか?」
「簡単じゃないな」
エイルが苦しそうに声を出し、シオンは影を見つめた。
「……だが」
体は拘束され、腕も足も自由に動かせない。それでも、剣を持つ両手だけはかろうじて動いた。
影そのものを切るのは難しい。ならば、別の方法はないか。
「…………」
シオンは考える。
しばらくして彼は足元の魔法陣を見下ろし、剣を握り直した。そして剣を反転させ、手から落とす。
ガッ!
剣先が魔法陣の中心へ突き刺さった。
「……!」
すると、一瞬だけ影がピクリと動き、締め付けがわずかに緩む。
シオンはそれを見逃さなかった。
「……そうか」
ひとり頷き、目を閉じる。
影の魔力や流れ、気配を感じ取り、やがて小さく呪文を唱えた。直後、懐に忍ばせていたカケラの札が熱を帯び、ひとりでに飛び出してくる。
「……!」
エイルが目を向ける。
シオンがもう一度呪文を唱えると、札は震え、黒い影へ張り付いた。青い炎が札から噴き出し、影全体へ広がる。
影は苦しむように形を歪ませ、締め付ける力を失った。シオンから離れて床へ落ちた影は黒い靄となって消えていく。
「よしっ」
エイルは口元を緩ませる。
少女は気づいていない。
シオンはすぐにエイルの影にも札を貼り付けた。青い炎が走り、拘束が解ける。
「助かった」
「……ああ」
シオンは少女の方に顔を向けた。
視線の先では、未だに黒い靄の中から激しい破砕音が響いている。
「……行くぞ」
シオンは床から剣を抜き、少女へ向ける。エイルも銃を構え直し、撃鉄を起こした。カチリ。と、小さな音が地下室に響く。二人の視線が交わり、言葉は必要なかった。
次の瞬間、エイルが引き金を引く。銃声を合図にシオンが床を蹴り、一気に少女との距離を詰めた。
「……!」
少女が振り返る。
初めて、その表情に驚きが浮かんだ。




