何が起きてる?
雨は、相変わらず激しく降り続く。
「……つーか、凄い雨だな。こんな時に仕事って。何処行くんだ?」
シオンの後をついて歩きながら、アラタは空を見上げた。雨粒が顔に当たり、濡れた前髪が額に張り付く。
傘も合羽も持ってきていない。おかげで、家を出てからそれほど時間が経っていないというのに二人ともすっかりずぶ濡れだった。
そんなアラタの問いに、シオンは足を止めることなく答える。
「精霊の森だ」
「精霊の森……って、こないだ行ったじゃん。また何かあんのか?」
「ああ」
「……そっか」
それだけで会話は終わってしまった。シオンは相変わらず、前を向いて歩いている。
アラタはそんな彼の背中を見つめ、首を傾げた。仕事の内容も、目的も、何も聞かされていない。ただ仕事だと言われてついてきただけだ。
「……まぁ、いいけどよ」
アラタは小さく呟き、再びシオンの後を追う。
村を出てしばらく歩くと、二人は港町に到着した。港には大きな船が何隻も停泊しており、船着き場では船員たちが慌ただしく動き回っている。雨のせいか、いつもより人通りは少なかった。
シオンとアラタは船着き場の前で足を止める。
「……っくしゅん!」
突然、アラタが盛大なくしゃみをした。
「……くそ寒ぃ」
鼻を啜りながら、アラタは腕をさする。濡れた服が体に張り付き、冷たい雨風が容赦なく体温を奪っていく。
「精霊の森ってことは、船に乗るのか?」
アラタは船着き場を見つめながら尋ねた。
「いや。船には乗らない。時間がないからな」
「? じゃあ、どうやって行くん?」
アラタは頭の上に疑問符を浮かべた。首を傾げていると、シオンは懐から一枚の札を取り出す。
「……それ、何だ?」
「"魔法の札"だ」
簡潔に答えると足元へ視線を落とし、シオンは雨に濡れた地面に札を貼り付ける。
その瞬間だった。ボッ、と札が青い炎を纏う。
「うおっ!?」
アラタは思わず声を上げる。
青い炎は札を包み込み、瞬く間に燃え尽きた。札が消えた地面には奇妙な模様が残される。
淡い光を放つ魔法陣。幾何学的な模様が地面に広がり、シオンの足元を囲んだ。
「……えっ?」
アラタは目を見開く。
魔法陣の光は、雨に打たれても消えることなく地面の上に浮かび上がっている。
シオンはそれを見下ろし、静かに口を開いた。
「森へはこれで行く」
「……これで?」
「ああ。少し狭いが問題ないだろう」
そう言うと、シオンはアラタの腕を掴んだ。そのまま彼を引っ張り、魔法陣の上へと移動させる。
「おい!ちょっ、何だよ!説明しろって!」
「向こうについてからな」
シオンは静かに呪文を唱えた。
すると、魔法陣がひときわ強く輝く。淡い光が地面から立ち上り、二人の体を包み込んでいった。
「うわっ……!」
眩い光にアラタは思わず目を閉じる。光は雨の中で広がり、周囲の景色を白く染め上げていった。
そして、シオンとアラタの姿は魔法陣の上から一瞬で消え去った。
+
「着いたぞ」
シオンの声が聞こえる。
「……ん?」
アラタはゆっくりと目を開けた。
目の前に広がっていたのは、見覚えのある場所。
「……え?」
木々が生い茂る森。その入口には大きな木が立っている。
そこは精霊の森。以前、シオンたちを追って訪れた場所だった。
「……は?」
アラタは目を丸くした。
つい先ほどまで、二人は港町の船着き場にいたはず。それなのに、今は森の入口に立っている。
周囲を見渡しても、港町の姿はどこにもない。
「!? え!?何が起こったんだ、今!?」
アラタは慌てて辺りをキョロキョロと見渡した。
だいぶ混乱する。
「おい、シオン!今の何だよ!?どうやってここまで来たんだ!?」
「……」
シオンはアラタの言葉を特に気にすることもなく、森の入口をじっと見つめた。その表情は険しい。
森の入口には結界が張られているはずだった。しかし、今は結界の気配がまるで感じられない。
「…………」
シオンは眉をひそめた。
「行くぞ」
「! あっ、待てって!」
森へと足を踏み入れたシオンをアラタは慌てて追いかける。
森の中は、雨が降っているとは思えないほど静かだった。木々の枝葉が雨を遮り、地面には湿った土の匂いが漂っている。
しかし、以前訪れたときとはどこか様子が違っていた。森の中を飛び回る妖精たちが、落ち着きなく動き回っている。
普段ならば、木々の間を楽しそうに飛び回っているはずの妖精たち。それが今日は、何かを警戒するように周囲を飛び交っていた。
「……なんか妖精たちの様子が変だな」
アラタは近くを飛んでいく妖精を目で追いながら呟く。
「何かあったのか?」
「…………」
シオンは答えなかった。
ただ、黙々と森の奥へ進んでいく。
「……なぁ、シオン。いい加減教えてほしいんだけど。なんで俺たちはここに」
引続きアラタが声を掛けた、そのときだった。
カンッ!森の奥から、金属が擦れる音が聞こえてくる。
「……!」
二人は足を止めた。
続けて、激しい衝突音が響く。
そして、誰かの叫ぶ声。
「…………」
シオンは音のする方向へ視線を向けた。歩く速度を早め、近づいていく。アラタもまた、息を呑みながら森の奥を見つめてシオンについていった。
やがて、二人は木々の隙間からその光景を目にする。そこでは、複数の人影が激しく戦っていた。
「なっ……!」
アラタは目を見開く。戦っていたのは、シオンの知り合いたちだった。
黒い銃と灰色の銃を構えるエイル。刀を手にしたヴィー。そして、エー。さらに、その向かい側にはジェイクとダリアンの姿。ジェイクは拳を構え、ダリアンは三叉の槍を手にしている。
ジェイクの隣には見知らぬ少女の姿があった。
「な、何が起こってんだよ、あれ!」
アラタが叫ぶ。金属音が響き、武器と武器がぶつかり合う。
ジェイクが踏み込み、エイルが銃を構え直す。ダリアンの槍が鋭く動き、ヴィーの刀がそれを受け止める。
その近くでは、苦しげに表情を歪めたエーがルミーを抱きしめながら戦いの行方を見守っていた。
誰もが真剣な表情を浮かべていて、どう見ても穏やかな話し合いが行われているようには見えなかった。
「おい、シオン!」
アラタは隣に立つシオンへ顔を向ける。
「どうすればいいんだよ、あれ!」
「決まっている」
シオンは短く答え、腰に差していた剣の柄に手を掛ける。鞘から剣が抜かれ、雨に濡れた刀身が淡く光った。
「………行くぞ」
シオンは剣を構える。
その眼差しは、戦闘の輪へと向けられていた。
「えっ!?ちょ、……えぇ…」
アラタが止める間もなくシオンは地面を蹴り、一気に走り出す。
木々の間を抜け、戦闘の輪へと飛び込んだ。突然現れたシオンの姿に、戦っていた者たちの視線が一斉に集まる。
「……っ!?」
エイルたちは目を見開く。
ジェイクもまた、シオンの姿を認めて驚いたように顔を上げた。




