まさか君は
森の奥に、張り詰めた空気が漂う。
エイルは二丁の銃を構えたままジェイクたちを睨みつけ、その隣ではエーが苦しそうに胸元を押さえていた。
ジェイクは少女を背後に庇い、ダリアンはいつもの穏やかな表情を浮かべている。
誰も動こうとしない。
互いに相手の出方を窺う時間が、しばらく続いた。
「お前ら、この中に何があるのかわかってんだろうな!」
先に沈黙を破ったのはエイルだった。鋭い声が森に響き渡る。
それを聞いたダリアンは、隣にいるジェイクへ小声で呟いた。
「どうやら、僕たちの目的をエーさんが現れたことでバレてしまったようですね」
「…………」
ジェイクは面倒そうに息を吐いた。
できることなら、こんな場所で揉め事など起こしたくない。しかし、目の前の男は銃を構えたまま、こちらを一歩も通す気がない。
話し合いで解決できるかと思ったが、それは無理そうだった。
「あれは、わたしの宝石なの!わたしの宝石かえして!」
そのとき、ジェイクの背後から少女が叫んだ。小さな身体を乗り出し、エイルに向かって必死に訴える。
「わたしの宝石なの!返してよ!」
「……君は……」
少女の顔を見たエイルは、眉をひそめた。そして次の瞬間。ハッとしたように目を見開く。
見覚えがある。いや、正確には、見覚えがあるどころではなかった。
エイルはこの少女を、何度も見ていた。夢の中で。黒い宝石の前に立ち、微笑んでいた少女。
夢の中の光景は、いつも曖昧だった。何もない空間の中に浮かぶ黒い宝石。その前に佇む少女。そして、彼女の傍らにいた、もうひとりの少女。
何度も繰り返し見た光景だった。
目の前にいる少女は、その夢に現れた少女と同じ顔をしていた。今はもうひとりの少女の姿は見当たらないが、見間違うはずがなかった。
「エイルさん?」
隣にいたエーが、不思議そうに首を傾げる。
エイルはハッと我に返った。息を呑み、銃を握る手に力がこもる。
「……君は、何故あれを求める?」
エイルは少女に銃口を向けたまま、低い声で尋ねた。
「ひっ……!」
少女はびくりと身体を震わせ、ジェイクの服を掴む手にぎゅっと力が入る。
それでも、彼女はエイルから目を逸らさなかった。
「……あ、れは……」
声が震える。
けれど、少女は必死に言葉を紡いだ。
「わたしの宝石なの!」
その声には、恐怖だけではない強い感情が込められていた。
「……ぱ、ぱぱが、わたしの宝石取っちゃって……それで、どこかに隠したの!そ、それが……たぶん、ここにあるの!」
「……何?」
少女は叫ぶように言った。エイルの片眉が上がる。父親が宝石を隠した。その言葉に、彼の脳裏をある人物の姿がよぎる。
かつて、エイルはひとりの男から呪念石を預かった。男は、子供たちには内緒で持ってきたのだと話していた。
黒く、不気味な輝きを放つ石。その力はあまりにも強大で、容易に扱えるものではなかった。だからこそエイルは呪念石を封印し、この森の奥に隠した。
「……!」
まさか。
エイルは少女の顔を見つめた。
「まさか……君は彼の……」
ぽつりと、言葉が漏れる。
「エー!」
その時、森の向こうからまた別の声が響いた。エイルが顔を向けると、ヴィーがこちらへ駆け寄ってくる。その肩にはルミーの姿もあった。
「……ヴィー!」
エーは彼の姿を見た途端、ホッと胸を撫で下ろした。
ヴィーはエーの前で足を止める。
「エー、大丈夫か?」
「……うん。大丈夫」
エーは小さく頷いた。
ヴィーの肩にいたルミーが、エーへ向かって身を乗り出す。
「にゃあ」
「ルミー。ちゃんと伝えてくれたのね。偉いわ」
「にゃあっ」
エーは嬉しそうに微笑み、ルミーを胸に抱きしめた。その様子を見ていたヴィーは周囲を見渡す。
銃を構えたエイル。武器を持たないジェイクたち。そして、建物の前に漂う緊張感。
「……今、どんな状況なんだ?」
ヴィーが尋ねると、エイルは短く答えた。
「こいつらが呪念石の眠る場所へ入ろうとしていた。だから止めた」
「なるほど……」
簡単に説明すると、ヴィーは納得したように頷いた。ジェイクたちへ視線を向ける。
足元に魔法陣が展開させて武器を召喚すると、ヴィーはそれを手に取って静かに構えた。淡い光の中から現れたのは、一振りの刀。
「……あちらさんがどんどん増えるんですが、どうしましょうか?」
ダリアンが軽い口調で言う。
ジェイクは拳を握りしめ、前へ出た。
「どうもこうもねぇよ。話し合いで解決できる雰囲気じゃねぇのはわかんだろ?」
そう言って、ジェイクは身を構える。拳を前に突き出し、エイルたちを見据えた。
「仕方ありませんね。では、僕もご協力いたしますよ」
ダリアンは小さく息を吐き、彼の足元にも魔法陣が展開される。
光の中から現れたのは、三叉の槍だった。彼はそれを手に取ると、くるりと器用に振り回し、槍の刃をエイルへ向ける。
その穏やかな表情からは、先ほどまでの柔らかな雰囲気が消えていた。
「おじちゃん!わたしもやる!」
「駄目だ。お前は下がってろ」
少女もジェイクの隣へ飛び出そうとするも、ジェイクはすぐさま彼女を止めた。
しかし、少女は首をぶんぶんと振って「嫌だ!」と叫ぶ。
「おい……」
「ここにあるのは、わたしの宝石だもん!わたしの宝石を取り戻すのを邪魔する人、わたし自身が何とかするの!」
少女はジェイクを見上げ、強い口調で言った。小さな拳をぎゅっと握りしめる。その瞳には先ほどまでの怯えはなかった。
ジェイクは困ったように眉をひそめた。
「だからって、お前を戦わせるわけにはいかねぇだろ」
「でも……!」
「駄目なもんは駄目だ」
ジェイクが言い切ると、少女は悔しそうに唇を尖らせた。
その様子を見ていたダリアンが、ふとジェイクへ顔を向ける。
「まぁまぁ、いいじゃありませんか。本人がやりたいと言っているんです」
「だが……」
「わたし、おじちゃんたちの助けになるよ!だからお願い!わたしもやる!」
少女はジェイクの服を掴み、必死に訴えた。ダリアンは彼女の頭に手を置くと、優しく微笑む。
「ほら。やる気十分じゃないですか。彼女に危険がないよう、僕たちが守ればいいだけの話です」
「…………」
ジェイクは眉間に皺を寄せた。
ダリアンを見て、少女を見る。
再びダリアンを見る。
そして、深く息を吐いた。
「……わかった」
「!」
「ただし、俺らの前には絶対に出るな。わかったな」
「……うん!わたし、頑張る!」
少女の顔がパッと明るくなり、嬉しそうに拳を握りしめる。足元に魔法陣が展開され、淡い光が少女の体を包み込んだ。
光の中で彼女の姿が変わっていく。光が消え、そこに立っていたのは先ほどまでの少女ではなかった。
落ち着いた雰囲気を纏う、ルーンの姿だ。
「……さぁ。やりましょう。私の宝石を取り戻すわ」
ルーンの姿となった少女は顔を上げ、ジェイクの隣に立つとエイルたちを見据える。
「……お前、その姿になると口調も変わるんだな」
「……私はそんな喋り方じゃないって指摘されたの。だから変えたのよ。それに、こうでもしないと貴方を騙せないでしょう?」
「……それもそうだ」
少女が少し不満そうに答えると、ジェイクは肩をすくめた。
確かに先ほどまでの少女の喋り方では、ルーンの姿をしていてもすぐに正体がバレてしまうだろう。
「…………」
ジェイクはふと、本物のルーンのことを考えた。
――私はそんな喋り方じゃない。
そう言って、眉をひそめるルーンの姿。
想像するとどうにも可笑しく、ジェイクの口元が緩んだ。
「……何?」
「いや、何でもねぇ」
ジェイクは小さく笑いながら、再び前を向く。
その先では、エイルが二丁の銃を構えていた。




