呪念石を守る者
「見えてきましたよ。あそこです」
先頭を歩いていたダリアンが前方を指差した。木々の隙間から、ぽつんと小さな小屋が見える。森の中を歩き続けて数十分。ようやく目的の場所にたどり着いた。
その姿を目にした途端、少女はパッと顔を上げ、次の瞬間、一目散に駆け出す。
「おい、待てって!」
ジェイクが慌てて後を追う。
ダリアンもその背中を見送りながら、ゆっくりと歩き出した。
三人は小屋の前で立ち止まる。
木材を組み合わせて造られた小さな小屋。周囲には草が生い茂り、長い間人の手が入っていないようにも見える。
しかし、窓のそばには薪が積まれており、煙突からはかすかに煙が立ち上っていた。
「ほんとに小屋があったな。誰か住んでんのか?」
「ええ。男の方がひとり。遠くから確認済みです」
「宝石!わたしの宝石どこ!?」
ダリアンとジェイクが小屋を見つめながら話していると、少女が突然声を荒げた。小屋の周囲をキョロキョロと見渡して歩き回る。
「おい、そんなに慌てなくても……」
「宝石!」
ジェイクの言葉は耳に入っていないらしい。少女は小屋の裏側にまで目を向けたが、探しているものは見つからなかった。
「呪念石があるのは、あの建物ですよ」
その様子を見ていたダリアンは視線を外し、小屋から少し離れた場所を指差す。そこには、森の中ではひどく場違いな建物が建っていた。
灰色のコンクリートで造られた、窓のない小さな建物。小屋とは違い、頑丈そうな扉が正面に取り付けられている。
「………!」
それを見た瞬間、少女の目が輝き、再び駆け出した。
「おい、だから待てって!」
ジェイクが声を張り上げる。
しかし、少女は止まらない。
小さな足で草を蹴り、一直線に建物へと向かっていく。
「ったく……!」
ジェイクは頭を抱えながら、その後を追った。ダリアンはそんな二人を見て、楽しそうに目を細める。
「元気ですねえ」
そう呟き、彼もまた歩き出した。
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「宝石!わたしの!」
建物の前に到着した少女は、勢いよく扉の取手に手を掛けた。
ガチャガチャ。ガチャガチャガチャ。何度も取手を動かしてみる。しかし、扉はびくともしなかった。
取手の部分には、頑丈そうな錠前がぶら下がっている。
「……開かない!!」
少女は眉をひそめ、頬をぷくっと膨らませた。
「……鍵が掛かっているようですね」
追いついてきたダリアンが、少女の隣から扉を覗き込む。そして、取手に取り付けられた錠前にそっと触れた。
「おじちゃん、開けて!」
「無茶言うな」
「わたしの宝石が中にあるの!」
「だからって、俺がどうにかできるわけねえだろ」
「むぅ……」
ジェイクが答えると、少女は不満そうに唇を尖らせる。
その隣で、ダリアンは錠前をじっくりと観察していた。
「…ふむ。…これは、見たことないタイプですね。ピッキングは難しそうです」
「……お前、そんなことも出来んのかよ?」
「はい。清掃員という仕事上、必須のスキルです。使う場面はほとんどありませんが」
「……お前の仕事って掃除だけだろうが。なんでピッキングが必要なことがあんだよ」
「“掃除”というだけでも色々ありますからね」
「………」
ダリアンは錠前から手を離すと、なぜか満足そうに微笑んだ。ジェイクは眉をひそめ、じとりとした目で彼を見つめる。
「おい!そこで何をしてる!!」
その時、突然鋭い声が森に響き渡った。
三人は一斉に振り返る。そこには、藍色の髪をした男が立っていた。男は険しい表情を浮かべ、三人を睨みつけている。
「お前ら、何者だ!今すぐそこから離れろ!!」
怒鳴り声に、少女の肩がびくりと跳ねた。彼女は慌ててジェイクの背後に隠れ、その服をぎゅっと掴む。
ジェイクは少女の頭に手を置き、落ち着かせるように軽く撫でた。ダリアンがジェイクの耳元で小さく囁く。
「ジェイクさん。あの方が先ほどの小屋に住んでいる方です」
「あいつが?」
「ええ」
ジェイクは男を見つめた。
「この建物の持ち主はお前か?」
「いいからさっさと離れろ!!」
男は質問に答えず、再び声を荒げる。どうやら、話を聞くつもりはないらしい。
ジェイクは小さく息を吐き、ダリアンと顔を見合わせた。
「……とりあえず、言う通りにした方が良さそうですね」
「………だな」
ダリアンの言葉に頷き、ジェイクは少女の手を引いて建物から離れる。少女は何度も建物を振り返っていたが、ジェイクに手を引かれるまま大人しく歩いた。
三人が建物から少し離れたところで、男もまたこちらへ歩いてくる。
「………お前ら、何者だ?」
先ほどよりも声は落ち着いていたが、男の警戒心は解けていない。
その問いに、ダリアンが一歩前へ出た。
「僕たちは怪しい者ではありません。どうやら僕たちは、この森に迷い込んでしまったらしくて……出口を探している途中だったんです。そうしたら、この場所を見つけたので……」
「迷い込んだ?」
男の表情が変わる。
わずかに目を見開き、三人を見比べた。
「この森には結界が張ってあったはずだ。迷い込むなんてことはあり得ない」
「けっかい?……そんなものありましたかね?」
ダリアンは不思議そうに首を傾げ、ジェイクの方へ顔を向けた。彼もまた、きょとんとした様子で肩をすくめる。
「………」
男は黙り込んだまま、じっと三人を見つめた。森の中を風が吹き抜け、木々の葉がざわざわと揺れる。
やがて男がゆっくりと片手を持ち上げ、その掌に淡い光を放つ魔法陣が展開された。
「……!」
ジェイクは思わず身構える。
魔法陣から現れたのは、二丁の銃だった。片方は黒く、もう片方は灰色。男はそれらを両手に構えると、素早く撃鉄を起こした。
カチリ。と、乾いた音が響き、銃口がジェイクたちへと向けられる。
「もう一度聞く。お前ら、何者だ」
男…エイルの声が低くなる。
その鋭い眼差しに、少女はジェイクの服をさらに強く握りしめた。ジェイクは少女を背後に庇いながら、男を睨み返す。
ダリアンもまた、笑みを消して男を見つめた。
「エイルさん!」
その時、再び声が響く。
エイルが顔を向けると木々の間から、ひとりの女性が駆け寄ってきた。
「エー…!」
「ちっ。追いかけてきやがった」
ジェイクたちも女性の方に顔を向ける。彼らの前に現れたのはエーだった。
走ってきたのか、彼女は肩を上下させている。
「エー、どうしてここに?」
エイルは驚いたように目を見開いた。
エーは彼のそばまで来ると、息を整えようと胸に手を当てる。しかしなかなか胸の鼓動は落ち着いてくれなかった。
「あの人たちを追いかけてきたんです。……っ」
その視線が、ジェイクの背後にいる少女へと向けられる。
「……っ、彼らが、呪念石を……っ」
「呪念石を?」
エーの表情が苦しげに歪む。
エイルの眉がぴくりと動いた。
「……じゃあ、あいつらがお前の言ってた」
「ごほっ。……はい……」
エーは小さく咳き込みながら頷く。その顔色は、みるみるうちに悪くなっていった。
少女が近くにいる。それだけで彼女の体は蝕まれる。体の中にある白い羽根が一気に穢れてしまう。
「エー、大丈夫か?」
エイルが心配そうに声を掛ける。
エーは苦しげに首を横に振った。
「……大丈夫、です。それより……」
彼女はジェイクたちへ視線を向ける。その瞳には恐怖と警戒が入り混じっていた。
エイルはその様子を見て、再びジェイクたちを睨みつける。疑念が確信へと変わっていく。
この者たちがエーが端末で連絡をくれた際に話していた連中。ならば、ここで逃がすわけにはいかない。
「……お前ら、一体何を企んでいる?」
エイルは両手の銃を握り直した。
低い声が森の静寂を震わせ、ジェイクは少女を庇いながら険しい表情でエイルを見返す。
ダリアンも何も言わず、静かにエイルの様子を窺った。
「…………」
少女は、ジェイクの背後で不安げにエーとエイルを見つめる。
彼らはどうしてわたしたちの邪魔をするのだろう。わたしはただ自分の宝石を取り戻したいだけだ。
少女には、何故彼らが邪魔をしてくるのか分からなかった。
ただひとつ分かるのは。
目の前の男たちが、自分の宝石を簡単には渡してくれそうにないということだけだった。




