悪知恵
「見つけたって、ほんとう?」
少女が首を傾げる。
「ええ。僕は嘘は付きません」
ダリアンは柔らかな笑顔で答え、その言葉に少女の表情がわずかに明るくなった。
「ここに来たのは、それを貴方たちに報告するためでした。報告したら、貴方たちを連れて戻るつもりでしたが……」
ダリアンは窓の外へ目を向け、そして部屋の中を見回す。
「些か面倒なことになっていて、驚いてます」
「何かここから出る方法ないか?お前の悪知恵なら何か思いつくだろ」
「貴方、僕を何だと思ってるんですか?」
ジェイクの言葉に息を吐き、ダリアンは腰に下げていた荷物袋へ手を入れた。
ごそごそと中を探って取り出したのは小さなガラス瓶。中には青色の液体が入っていて、興味深そうに少女はそれを見つめる。
「……なにそれ?」
「この部屋に張られている結界が、どういうタイプのものなのかは分かりませんけど。…ちびルーンさん。これをお飲みください」
「?」
ダリアンは瓶を少女へ差し出す。
「これ……?」
少女は両手で瓶を受け取り、蓋を開けた。ふわりと甘い匂いが漂い、彼女の鼻を掠める
「おい。これ、ヤベェもんじゃねぇだろうな」
「安心してください。危ないものは入っていませんから」
ジェイクが小瓶を見つめ、眉をひそめる。
ダリアンはにこにこと笑っていた。
「……」
その笑顔を見て、ジェイクはますます不信感を募らせる。
「……これ飲んだら、結界通れる?」
少女が尋ねる。
「おい、やめとけ!」
ジェイクはすぐに止めた。
「保証はありませんが、やって損はないと思いますよ」
「…………」
その言葉に少女はしばらく小瓶を見つめる。そして、意を決したように小瓶へ口を付けた。
「おい!」
ジェイクが声を上げる。
だがもう遅い。青い液体が少女の喉を流れていく。口いっぱいに広がるのは、甘くて、それでいて少し酸っぱい味。
少女は目を丸くしながらも、そのまま最後まで飲み干した。最後の一滴が喉を流れ、小瓶から口を離す。
「………大丈夫か?」
ジェイクが心配そうに尋ねる。
少女は彼の方を向き、こくんと頷いた。
「うん。美味しかったよ!」
「いや、味は聞いてねぇよ。……体に異変とかないのか?」
「ん?」
聞かれて、少女は自分の腕や体を見回す。
手を握ったり、開いたり。少し体を動かしてみたり。
「……うん。特にないみたい」
少女はダリアンへ視線を向けた。
「もうしばらくお待ちください」
ダリアンが口元を緩ませる。
「もうしばらく?」
ジェイクが眉をひそめる。
どういう意味だ。と、眉をひそめて問いただそうとした。
その直後、少女の体から淡い光が漏れ始める。
「おじちゃん!」
少女が驚いた声を上げる。
ジェイクは少女の方に顔を戻した。
「な、なんだ!?」
少女の体が、淡い光に包まれている。
少女自身も何が起きているのか分からないらしく、不安そうにジェイクの顔を見つめた。
「…ふむ。うまく効いてくれたようですね」
ダリアンはその光をじっと見つめ、満足そうに頷く。そして彼は窓へ向かい、そのまま窓の縁へ足を掛けて外へ出た。
「では、外へ出てきてください」
「え?」
「大丈夫です。たぶん出られますので」
「大丈夫って、お前……こいつ、外に出られないんだが?」
「ええ。ですが、今なら大丈夫です」
ダリアンは人差し指を一本立てた。
「今、飲んでいただいたのは『結界突破薬』という薬です」
「けっかい、と……何?」
「結界突破薬。飲めばたちまち、あら不思議。どんな結界であろうと簡単にすり抜けられちゃう。という、清掃員御用達の代物です」
「…………」
ジェイクと少女は顔を見合わせた。
「……凄ぇ胡散臭いんだが?」
「まぁまぁ。たまには信用してくださいよ」
にこにこ。ダリアンは笑う。
信用してほしいのならその顔をやめろ。とジェイクは思った。
「………わたし、行く」
だが、少女は違った。
小さく頷く。
そして、ゆっくりと窓へ近づいた。
「おい…!」
「大丈夫。…わたし、あのおじちゃん信じる」
「……………」
少女は言う。
弾かれるかもしれない。
そう思いながら、恐る恐る窓へ手を伸ばした。窓の縁へ手を置く。
「…………?」
何も起きない。
先ほどは触れようとしただけで結界が発動した。あの嫌な衝撃はなく、少女は少しだけ目を見開く。
もう一度、確かめるように手を置くもやはり何も起きない。少女は体を窓へ近づけた。結界は発動しない。少女は片足を窓の縁へ掛けた。
「……」
そして、ゆっくりと外へ体を出す。
足場が少し不安定になったところで、ダリアンが少女の体を支えた。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「……うん」
少女は地面へ降り立つ。
土の感触が、裸足の足裏に伝わってきた。
風が頬を撫でる。木々の匂いがする。少女はゆっくりと周囲を見渡した。
外だ。ようやく出られた。
「……!」
その表情に、ほんの少しだけ喜びが浮かんだ。
「なんとか成功ですね」
ダリアンが言う。
続いてジェイクも窓から外へ出た。
「よっ……と」
ジェイクが地面へ降り立った瞬間、少女の体を包んでいた淡い光が消える。
そして。――バチィッ!!と結界が大きな音を立てた。
「ひゃっ!」
少女は驚いて、その場から咄嗟に飛び退く。
「あ。その薬は結界を抜けたら自然と効果が消えますから、注意してくださいね」
「……今言うなよ」
ダリアンは言い、呆れた顔をしながらジェイクは少女へ近づいた。
「今後の参考になりましたね」
「……またあれを飲む機会があればな」
ジェイクは深いため息を吐いた。
だが、これで少女は結界を抜けることができた。少女はジェイクの袖を引っ張る。
「おじちゃん!これで宝石取りに行ける!」
「ああ、そうだな」
少女の顔に嬉しそうな笑みが浮かび上がり、ジェイクはそんな少女を見つめて肩をすくめた。
「では、早速参りましょうか。時間が惜しいでしょうからね」
「うん!」
ダリアンが言う。
その言葉に少女は強く頷いた。
外へ出られた喜びを噛みしめる時間もそこそこに少女は森の奥へ視線を向ける。
「呪念石を見つけたって言ってたが、それは何処にあるんだ?」
「この先の道を真っ直ぐ歩いた所に、この小屋に似た建物があったんですよ。その小屋の近くです」
「へぇ…」
「早く行こう!おじちゃん!」
待っていられないのか、少女はジェイクの腕を引っ張る。
そして小屋から離れた三人は、ダリアンを先頭に森の中へ向かって歩き始めた。




