外に出たい
朝食を終えたジェイクが部屋へ戻ってくると、少女は窓際に立っていた。小さな背中を向け、じっと窓の外を睨みつけている。
「……?」
何をしているのかと近づき、横から顔を覗き込む。すると少女はぷくぅと頬を膨らませ、その顔のまま窓を睨みつけていた。
「むぅ……」
「……どうしたんだ?」
「窓からも出れない」
「窓?」
ジェイクはきょとんとする。
少女は返事をしながら、窓へ向けて掌をかざした。小さな魔法陣が展開され、そして「えいっ」と、ほとんどゼロ距離から魔法を放つ。
しかし。――バチンッ!と、魔法は大きな音と共に窓のすぐ手前で弾かれた。淡い光が一瞬だけ散り、そのまま消滅する。
「……」
少女は無言で窓を見つめた。
「…………」
もう一度、試してみる。
――バチッ!
やはり同じだった。
「むーー!!」
少女は両手を握りしめ、地団駄を踏む。小さな体いっぱいに悔しさを表した。
「………」
ジェイクも窓を眺める。
どうやらこの部屋には、窓や扉といった出口だけを塞ぐのではなく、部屋そのものを包むように結界が張られているらしい。
逃げ道は完全に封じられていた。
「わたしの宝石……、これじゃあ探しに行けない」
少女がぽつりと呟く。
声が震えていた。見れば、目尻には涙が浮かんでいる。
ジェイクは一瞬だけ少女の顔を見つめた。そして何も言わずに手を伸ばし、ぽんと頭へ手を置く。
「……」
そのまま、くしゃり。
柔らかな髪を優しく撫でた。
「ぐすっ……」
少女は鼻をすすり、少ししてから顔を上げる。
「……話、してきたの?」
「ああ。だが、駄目だった。あいつら全然人の話聞かねぇ」
少女は俯く。
ジェイクは窓へ手を伸ばし、鍵を外した。ガラッと窓を開けると、涼しい風が部屋へ吹き込んでくる。
少女の髪が風に揺れる。外には朝の森が広がっていた。
木々の隙間から差し込む陽光。葉を揺らす風。そして、その先に続いている森の道。
少女はそれをじっと見つめた。
「わたし、……あの人、嫌い」
ぽつりと呟く。
「あの人」が誰なのか。聞くまでもなかった。
「……とりあえず、なんとかしてお前もこの結界を通れるようにしないとな」
「わたしがまたお姉ちゃんの姿になれば、なんとかなると思うけど……」
ジェイクは腕を組み、少女は自分の両手を見つめる。
「まだ、しばらくしないと魔力戻んない……でも、そんなに待つのやだ」
「うーん…」
ジェイクは顎に手を添えた。
結界を破る。それが無理なら、結界を通れるようにする。だが、ヴィーが張ったものなら、そう簡単にはいかないだろう。
「どうしたもんかねぇ……」
二人は揃って頭を悩ませる。
「お困りのようですね」
「「……!」」
その時、突然声がした。しかもすぐ近くから。少女とジェイクは同時に顔を見合わせる。
今のは外からか?そう思ったジェイクは素早く窓へ近づき、身を乗り出して周囲を見渡した。
木々。草むら。小屋の周囲。見える範囲すべてを目に映す。そして、視界の端に白いものが映った。
「………」
その白を見つけた瞬間、ジェイクの顔が引きつる。気の所為だと思おうとするも、嫌な予感がした。
ゆっくりと、そちらへ顔を向ける。
そこに立っていたのは──。
「おはようございます」
穏やかな笑顔を浮かべたダリアンだった。
「…………」
ジェイクの顔に、あからさまな嫌悪が浮かぶ。
ダリアンはそんなジェイクの反応を気にした様子もなく「失礼しますね」と、窓の縁へ足を掛け、ひょいと窓から部屋へ入ってきた。
「お前、なんでここに……」
「貴方たちを追ってきたんですよ」
「追ってきた?」
「ええ。どうしても諦められなくてね」
聞くと、ダリアンは答える。
相変わらずの穏やかな笑顔。
ジェイクは露骨に顔をしかめた。
「……しつこい奴だな」
「それほどでも。よく言われます」
「褒めてねぇよ」
ダリアンは軽く笑いながら部屋を見回す。そして、少女のところで視線を止めた。
「…………ふむ。少し見ない間に縮みました?」
少しだけ首を傾げる。
「? わたしがわかるの?」
「ええ。もちろん」
目を瞬かせた少女に穏やかに笑うダリアン。その笑顔が妙に自然で、少女は戸惑った。
ダリアンは少女から視線を外すと、今度はベッドへ目を向ける。そこではルミーが気持ちよさそうに眠っていた。
「…………」
ダリアンは何の前触れもなく子猫を抱き上げ、眠ったままのルミーを起こさないように扉へ向かう。
そしてガチャリと扉を開け、そのままルミーを部屋の外へそっと移動させた。
「にゃ……?」
床へ降ろされたルミーはすぐに目を覚ましたが、扉は閉められたあとで一足遅かった。
扉へ駆け寄り、カリカリと小さな爪で扉を引っ掻く。
「にゃー。にゃー」
「これでよし」
ダリアンは満足そうに頷くと、二人へ向き直った。
「ところで、貴方たちはこんな所で何をしているんです?」
「……」
聞かれて、少女はこれまでのことをかくかくしかじかと簡単に話す。話を聞き終えると、ダリアンは「なるほど」と頷いた。
「それで、貴方たちは朝からそんな困り顔を浮かべていたのですね」
「この小屋に住んでる奴、ヴィーっていうんだが。そいつが結界を張ってくれたせいで、こいつは外に出られなくなっちまったんだよ」
ジェイクが言葉を付け足す。
「……呪念石、探したい」
少女がぽつりと呟き、ダリアンの目が少女へと向けられた。
「それなら、もう見つけましたよ」
あっさりと告げられ、時間が止まる。
少女とジェイクは、同時にダリアンを見た。
「は?」
「え?」
二人の声が重なる。
ダリアンは変わらぬ穏やかな笑顔で、もう一度告げた。
「呪念石。見つけました」
「…………」
「…………」
二回言われ、その言葉は聞き間違いではないことがわかった。
ジェイクと少女は顔を見合わせる。少女の瞳が大きく見開かれ、そしてジェイクもまた驚きを隠せずにダリアンへ視線を戻した。




