子供でも呪い
「駄目だ」
翌朝。
ジェイクが切り出した言葉に、ヴィーは一切の間を置かずに答えた。
「お前らには迷惑は掛けねぇ。だから──」
「そういう問題じゃねーよ」
ぴしゃりと言い切られる。
二人は小屋のリビングで、テーブルを挟んで向かい合っていた。朝の食卓には、エーが用意した料理が並んでいる。
焼いたウィンナーに茹でたブロッコリー。パンやスープ。目玉焼き。それからヴィーが好んで飲んでいるコーヒー。どれも出来立てで美味しそうだった。
しかし、そんな穏やかな朝食の光景とは裏腹に、二人の間には険悪な空気が漂っていた。
「だから頼むって言ってんだよ」
ジェイクが身を乗り出す。
「呪念石を探させてくれ。俺たちだけで探す。お前らには何もさせねぇ」
「だーかーら、そういう問題じゃねぇって」
ヴィーはフォークに刺したウィンナーを頬張りながら答えた。
どうやら、話し合いをしながらでも朝食を食べることはやめないらしい。
「……あのガキは呪いだ」
咀嚼しながら、ヴィーは言葉を続ける。
「この森は呪いに弱い。むやみやたらにウロウロされて、森を汚されたりでもしたらたまったもんじゃねぇんだよ」
「だったら、あいつには何もするなって伝える。森を傷つけたりもしねぇ。だから」
「……わからんおっさんだな」
ヴィーはコーヒーを一口飲んだ。
「駄目だって言ってんだろ」
「……」
ジェイクは眉間に皺を寄せた。
自分の目の前にも朝食は用意されている。だが、食べる気にはなれなかった。
そんなジェイクとは対照的に、ヴィーは何事もなかったかのようにブロッコリーへフォークを伸ばす。
「呪念石は……あの石は、もともとあいつのもんだと言ってた」
ジェイクは低い声で言う。
「だったら、探してやりたいと思うのは普通だろ」
「……いいか、おっさん」
ヴィーはフォークを口元から離し、ジェイクを見た。
「もう一度言うが、あのガキは呪いだ。それも、とんでもなく強ぇ」
「……」
「呪いは平気で嘘をつく」
淡々とした言葉。
「呪念石があのガキのもんだって証拠はどこにもねぇ」
ヴィーは再びブロッコリーを口へ運ぶ。
「それに、俺たちは天族。呪いを狩るのが仕事だ。本来なら、あのガキは捕まえた時点で葬らなきゃならねぇ。それを延期にしてるだけ、ありがたいと思え」
ジェイクの眉がぴくりと動く。
ヴィーは最後の一口を飲み込んだ。「ごちそうさん」と、両手を合わせる。あまりにもあっさりとした態度だった。
そのままテーブル中央に置かれていたバスケットへ手を伸ばしてパンを一つ取り、それを口に咥えて立ち上がる。
「そんじゃ、おっさん。俺はこれで」
「おい、まだ話は……!」
「それ、冷めねぇうちに食えよ」
「おい!」
それだけ言うと、ヴィーはジェイクから離れた。呼び止める声も聞かず、彼は玄関の扉を開ける。
そこでちょうどキッチンからエーが戻ってきて、彼女の方へ顔を向けた。
「エー。ちょっと出掛けてくる」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「ああ」
ヴィーは口元を緩ませ、立ち止まることなく外へ出ていった。パタンと扉が閉まる。
「くそ、……っ」
ジェイクは閉じられた扉を睨み、舌打ちを漏らした。頬杖をつき、苛立った様子で眉間を押さえる。
エーはヴィーが座っていた席の隣へ腰を下ろすと、「いただきます」と両手を合わせた。箸でウィンナーを掴んで食べ、もぐもぐと咀嚼し、飲み込む。
「なぁ」
「…?」
「お前も、あいつと同じ意見なのかよ?」
ジェイクは彼女を見た。
声を掛けられ、エーは箸を持ったままジェイクへ顔を向ける。
少しだけ困ったような表情を浮かべ、エーは口を開いた。
「ジェイクさん」
「なんだ?」
「もう、あの子のそばにいるのはやめてください」
「は?」
質問の答えとは違う言葉が飛んでくる。
「あの子は呪いなんです」
「……」
「このままあの子のそばにいると、いつかジェイクさんまで呪われてしまいます」
「何言って──。……ってか質問に答えろ。お前も、あいつと同じ意見なのか?」
「…………」
ジェイクはもう一度、先ほどと同じ言葉を今度は強くぶつける。
エーはしばらく黙っていたが、やがて眉尻を下げた。そして、静かに首を振って箸を置く。
「…私も、ヴィーの意見には同意です」
「………」
「どうしてあの子が呪念石を探しているのか、私には分かりません」
エーは視線を落とした。
「でも……あんなに強い呪いを持ったあの子があの石を手にしたら……大変なことになります」
「……」
「あまり、あの子の言葉は信じないでください」
その言葉にジェイクの表情が変わり、声が低くなる。
「なんなんだよ、ヴィーもお前も……。あいつはまだ子供だぞ!」
「子供でも呪いです」
エーははっきりと言った。
「呪われてるんです。…呪いに、子供も大人も関係ない」
「……」
「呪いは、人をおかしくさせるんです」
その声音には迷いがなかった。
ジェイクは黙り込む。
呪い。その言葉だけが頭の中をぐるぐると回る。彼にはまだよく分からなかった。
呪いとは何なのか。どうしてあの少女が、そこまで危険な存在だと言われているのか。
「……ジェイクさん。今なら、まだ間に合います」
エーはジェイクをまっすぐ見つめる。
「あの子のそばを離れてください」
「っ、……」
静かな声。ジェイクは息を呑んだ。胸の奥に、苛立ちとは違う別の感情が湧き上がる。
理解できない。あの少女のそばにいると、自分も呪われる。それがどういうことなのか。何故、そんなにも恐れる必要があるのか。
分からない。分からないからこそ、腹が立った。
「……」
ジェイクは再び頬杖をつく。
そして目の前に置かれていたパンを乱暴に掴み、そのまま口へ放り込んだ。
「ちっ…」
小さな舌打ちを漏らし、むしゃむしゃと噛む。
「…………」
明らかに不機嫌になったジェイクを、エーは黙って見つめた。
眉尻を下げる。彼女にはわかっていた。ジェイクが納得していないことくらい。どんなに説得の言葉を口にしても今の彼には届かないことくらい。
「……私は、呪いによっておかしくなってしまった人を何人も…何十人も見てきました。…ジェイクさんには、あんな風になってほしくないです」
それでも、エーは言う。
もうこれ以上、呪いのせいで心を壊してしまう人は見たくないから。
「…………」
窓の外では朝の森が静かに風に揺れる。
小屋の中には重たい沈黙だけが残り、エーもジェイクもしばらく黙ったままだった。




