もうひとりいるから気をつけろ
「エー!お前の部屋借りるぞ!」
「え?」
小屋の扉が勢いよく開かれ、突然響いたヴィーの声にエーは目を丸くした。
そのままヴィーは背後にいるジェイクへ声を掛け、二人は足早に廊下を進み、エーの部屋へ向かっていく。
「ちょっと、何があったの?」
部屋へ入ったヴィーは、ジェイクから少女を預かった。ヴィーは少女の体を抱え、ベッドへ静かに横たわらせる。
慌てて彼らの後を追い、少し遅れて部屋へ入ったエーは、そこでようやく状況を確認した。
「どうかしたの?」
その声に、ジェイクが振り返る。
「えっ、ジェイクさん?」
「よお」
ジェイクは片手を上げて軽く挨拶した。
知っている顔を見つけたエーは驚いたものの、すぐにヴィーへ視線を戻す。
「いったい何が……?」
「話せば長くなるが」
ヴィーが簡単に事情を説明する。
説明を聞き終え、エーはベッドへ視線を向けた。
「…………」
そこには幼い少女が横たわっていた。
先ほどまでルーンの姿をしていた少女は、今は元の幼い少女の姿へと戻っている。
黒いワンピース。小さな体。その腹部の上には、ルミーがちょこんと乗っていた。
「にゃあ」
エーに気づいたルミーが小さく鳴く。
「……っ」
エーは少女を見た瞬間、表情を強張らせた。胸の奥がどくりと鳴り、一歩だけ無意識に後ろへ下がる。
胸元を押さえ、震える声で尋ねた。
「この子は……?」
「おっさんが連れてきた」
「ジェイクさんが?」
エーはジェイクを見る。
「まさか、ルーンに化けてたのが、こんな小さなガキだったとはな。吃驚だ」
ジェイクは腕を組み、肩をすくめた。
「久々に用心棒が役に立ったな」
「にゃあ」
「…………」
エーは再び少女を見る。
何故だろう。体が拒絶している。
目の前にいるだけなのに、胸の奥がざわついて仕方がない。
「…………」
エーは、何かに引かれるように手を伸ばす。指先が少女へ近づいていく。その瞬間。
「やめろ」
ヴィーがエーの手首を掴んだ。
「こいつは呪いの塊だ」
「えっ、」
ヴィーはエーを真っ直ぐ見つめる。
「お前が触れば一発アウトだ」
「…………」
「近くにいるだけでも何か影響があるかもしれない。今は平気だろうが、長く居ると危険だ」
ヴィーは少女へ目を向け、エーのから手を離す。
「……外にいろ。出来れば、小屋の外にな」
「………うん」
その言葉に、エーは素直に頷いた。少女から離れ、言われた通りに部屋を出ようと背を向ける。ヴィーもその後に続いた。
そして、エーが部屋を出て扉を閉めようとした時、再び口を開く。
「……エー」
「ん?」
「あいつらの他に、この森に入った奴がもう一人いる」
「え?」
「もし、外で不審な奴を見掛けたり、声を掛けられたりしたら、すぐに呼べ」
「……わ、わかった」
ジェイクには聞こえないように小声で呟くと、エーはもう一度頷く。それを確認したヴィーは部屋へ戻ろうと踵を返した。
「あ。エイルさんに連絡したら、注意しておくって」
「……おう」
エーの言葉にヴィーは短く返事をして、扉を閉める。
エーはしばらくその扉を見つめ、そして小屋の外へ向かって歩き出した。
+
どくどく。
胸が鳴り続けている。
「…………」
小屋の扉を開け、外へ出る。
森を流れる新鮮な空気を吸い込み、深く息を吐いた。
「……はぁ」
ようやく少しだけ体の力が抜けて肩を落とす。小屋の中では、今頃ヴィーがあの少女の体を調べているのだろう。
「………ごほっ」
咳が出た。
胸が詰まる。
エーは胸元を押さえた。
「……っ」
あの少女に近づいた瞬間、全身を言いようのない気持ち悪さが駆け巡り、ヴィーの言った通り、あのままあの部屋に長くいたら本当に危険だったのかもしれない。
「……」
エーは小屋から少しでも離れようと歩き出す。一歩。また一歩。けれど、足取りが重い。
「…………」
思うように体が動かない。
「……はぁ、はぁ……」
息が荒くなる。
小屋からだいぶ離れたところでとうとう耐えられなくなり、エーはその場に座り込んだ。
「……少し、休まないと……」
胸を押さえる。
痛みはまだ消えない。
むしろ、時間が経つにつれて強くなっているような気さえした。
「…………」
その時。
「あの、どうかされました?」
「……?」
声がした。頭上からだった。
エーはゆっくりと顔を上げる。
そこには、一人の男性が立っていた。
白い衣服。黒い髪。風に揺れる髪の隙間から、心配そうな瞳がエーを見つめている。
「っ……」
その顔を見た瞬間、エーは息を呑んだ。
「ごほっ……!」
咳が出る。
「顔色がだいぶ悪いですが、大丈夫ですか?」
男性は心配そうに身を屈めた。
「手を貸しましょうか?」
「ごほ……っ、……あなたは?」
荒い息を吐きながら、エーは尋ねる。
ヴィーが、少女とジェイク以外にもう一人この森へ入ってきた人物がいると言っていた。
もしかして。この人なのだろうか。
「……はじめまして」
眉をひそめて自分を見つめるエーに男性は少し困ったように笑い、そして静かに名乗る。
「こんな状況で自己紹介なんてしている場合ではないと思いますが。僕はダリアンと申します。よろしくお願いしますね」
「…………」
男性は胸元へ手を添えた。
エーは返事をしなかった。
胸が、どくどくと鳴っている。
おかしい。
小屋を出た。あの少女から離れた。それなのに、胸の痛みが治まらない。
「……っ」
治まらないどころか、さらに強くなっている気がしていた。
「本当に大丈夫ですか?」
男性…ダリアンが尋ねる。
「っ、……ごほっ……」
視界が揺れた。
森の景色がぼやける。
「ヴィ……」
ヴィーに知らせなければ。
けれど。言葉が続かない。
上手く声が出せない。
「……っ」
体から力が抜ける。
「えっ?」
ダリアンが目を見開いた。
エーの体が、そのまま地面へ倒れ込む。
「あの、ちょっと……!」
ダリアンは慌てて手を伸ばした。
倒れたエーの体を支え、その顔を覗き込む。
「大丈夫ですか!」
返事はない。
エーの意識は、ゆっくりと遠ざかっていく。
音が消える。光が消える。
最後に見えたのは。
自分を心配そうに見つめる、黒髪の男性の顔だった。
「………(ヴィー…)」
そして。
エーの意識は、深い暗闇の中へと沈んでいった。




