とんでもない呪い
森の中を駆けていたヴィーは、感じ取った気配の正体を確かめるため、木々の間を抜けた。何者かがこの精霊の森へ入り込んでいる。それだけは間違いなかった。だからこそ警戒していた。
森の中腹付近へ進み、気配のする場所へ辿り着いた時。木の陰に隠れてしばらく気配を押し殺し、タイミングを見計らい先制攻撃を仕掛けた。けれど、それは意味がなかった。
「お前……っ、なんでここに……?」
「……それはこっちの台詞だ。何してんだ、おっさん」
目の前にいたのが見知った顔だったからだ。
ヴィーは眉をひそめ、握っていた刀に込めていた力を抜くとそのまま刃を引く。
「ここはおっさんみてぇな一般人が来ていい場所じゃねぇぞ」
「……俺はただ依頼されてついてきただけだ」
「依頼?」
ヴィーはきょとんとして、頭の上に疑問符を浮かべる。
するとそこで、ジェイクの背後から黒いワンピースを着た少女が姿を現した。
「こんにちは、ヴィー」
「…………っ」
声を聞き、その姿を見るとヴィーの瞳が大きく見開かれる。
一瞬だけ、呼吸を忘れた。
「……、…ルーン?」
「驚いたわ。まさかこんな所で貴方に会えるなんて」
「……………」
彼女は、ヴィーへ向かってにっこりと微笑む。ヴィーは少女の姿をまじまじと見つめ、刀を握る手に力を込めた。
見た目は完全に彼もよく知っている少女。少なくとも、外見だけならそう見える。
「…俺も、まさかここで会うなんてな。学び舎はどうした?」
「休暇願いを出してきたの。心置きなくこの場所へ来られるようにね」
「そうか……」
だが、ヴィーの中にある何かが警告していた。この少女とは会話をするな。近づくなと。
「……おっさん。…ちょっと」
ヴィーは眉をひそめ、ジェイクの腕を掴んだ。強引に引っ張り、彼はそのまま少女から距離を取る。
「おいっ」
ジェイクが驚いて目を見開いた。
ある程度離れたところで、ヴィーはようやく腕を離す。
「ちょ、何だ……っ?」
「おい。……何だ、あれは?」
「ん?あれって……あいつのことか?」
ジェイクが振り返る。
少女の姿を見ようとすると、あんま見るなとヴィーに止められた。
「……あいつがどうかしたのか?」
「おま……、あれ見てなんとも思わねぇのかよ!」
ヴィーは小声で怒鳴りながらジェイクを見る。
「…………」
ジェイクは彼を見つめて少し黙った。
そして、ぽつりと呟く。
「……お前、何かあいつから感じるのか?」
「あ?」
「俺は何もわからん。ただ…妙な感じはしてる」
ジェイクはもう一度、少女の方を見る。
そのあとも彼は自分が感じている違和感を、かくかくしかじかと説明した。全てを聞き終えたヴィーの表情が徐々に険しくなる。
「……なるほど。おっさんも薄々は感じ取ってたんだな」
「……あいつは、一体何なんだ?」
「さあな。俺にもわからん。ただ、あいつの中から、とんでもなく強い呪いの気配を感じる」
「呪いだと?」
ヴィーは頷き、少女を見る。
ジェイクの表情も彼と同様に険しくなった。
「……一応聞いておくが。おっさんたちは、ここに何しに来たんだ?」
「…………」
聞かれて、ジェイクは答える。
その言葉を聞いた瞬間、ヴィーの表情が強張った。
「呪念石?おい待て。呪念石を探しに来たのか?」
「そうだ」
声が低くなる。
ジェイクは彼の反応を見て、目を細めた。
「……その反応、やっぱここにそれがあんだな」
「……おっさん。ここへは依頼されて来たって言ってたな。…悪いことは言わねぇ。さっさとその依頼破棄して帰れ」
「は?」
ヴィーは真剣な顔でジェイクを見る。
ジェイクは眉をひそめ、頭の上に疑問符を浮かべた。
「どういう意味だ?」
「あれは、」
ヴィーは答えようとする。
「何をこそこそ話しているの?」
「…………!」
だが、そこですぐ近くから少女の声がした。二人の肩が同時に跳ね、ジェイクが慌てて振り返る。
いつの間にか、少女がすぐ後ろまで来ていた。
「私には内緒のお話かしら?」
首を傾げ、少女は口元を緩める。
笑っている。それなのに。ヴィーには、その笑顔が妙に不気味に感じられた。
「……ああ、悪い。ちょっと男同士の話があったからさ。な、おっさん?」
「………ああ」
ヴィーが答える。
視線を向けると、ジェイクはそれに合わせるように頷いた。
「…そう」
少女もヴィーとジェイクの顔を交互に見てきょとんとするも、特に疑う様子もなく、小さく頷く。
「おっさんに聞いたが。呪念石を探してるらしいな」
魔法陣で刀を消し、ヴィーは少女に聞いた。
「ええ。……知っているの?」
「まあな」
「どこにあるの?」
「さあな。この森にあるって言われてるが、場所まではわからん」
「そう……」
肩をすくめるヴィーに、少女は考えるように呟く。
「にゃあ」
「?」
その時、小さな鳴き声が響いた。
ヴィーの肩に乗っていた子猫…ルミーが体を起こし、ぴょんと跳ねて、そのまま少女の頭の上へ着地する。
「…………!」
少女は目を丸くした。
手を伸ばして、頭の上に乗ったルミーへ触れる。さわさわとした柔らかな毛並みが掌へ伝わった。
「…………」
少女の表情が、ほんの少しだけ硬くなる。
「なんだこいつ?」
ジェイクもルミーを見る。
「そういや、おっさんは会うの初めてだったな」
「にゃあ」
「こいつはお前のか?」
「いや。こいつはエーの猫だ」
「……へぇ」
「…………」
ヴィーは首を横に振った。
少女は黙っていた。そして、ルミーからゆっくりと手を離す。
「…………」
その顔は歪んでいた。
「……どうした?」
「…なんか、変な感じ」
ジェイクが聞くと、少女は自分の胸へ手を当てる。
「もしかして、猫駄目なのか?」
「………んんっ」
ヴィーが続いて聞くも、少女は体をふらつかせその場にしゃがみ込んだ。
「っ……」
「おい、どうした?」
ジェイクも慌ててしゃがみ、少女の顔を覗き込んで肩に触れる。
「大丈夫か?」
「…………」
少女は答えない。
胸元を押さえたまま、苦しそうに眉を寄せていた。
「にゃあ」
ルミーは少女の頭の上から動かず、小さな声で鳴き続ける。
「にゃあ、にゃあ」
「…………」
ヴィーも動かなかった。
少女をじっと見つめている。
その目には、先ほどまで以上の警戒が浮かんでいた。




