呪念石の行方
ダリアンの家を離れ、しばらく町を歩いたところでジェイクは前を歩く少女に声をかけた。
「で、これからどうするんだ?名前は分かったが、詰んでることに変わりないぞ?」
「…………」
少女は止まらない。
呪念石という名前。その正体。
そして、世界に二つとない幻の宝石だということ。それらは判明した。
しかし、肝心の呪念石がどこにあるのかはまったく分からない。
「名前が分かっただけでも十分よ」
少女は前方を見据えたまま口を開く。そう答えると彼女はほんの少しだけ歩調を速めた。
「……次は、町の外へ行きましょう」
「は?外?」
「ええ」
ジェイクは首を傾げる。
「外に行って、どうするんだ?」
「なるべく高い場所へ行くの。…そこで、私の力を使うわ」
少女は答えた。
「……お前の力?」
ジェイクは眉をひそめる。
力を使う。それは一体どういう意味なのか。それを使えば、呪念石を見つけられるのだろうか。
「…………」
聞きたかったが、しかし少女はそれ以上説明するつもりはないらしい。
「……よく分からんが、ついていくしかねぇな」
ジェイクは肩をすくめ、小さく息を吐いた。
そう呟き、彼女の後を歩いていく。
そして二人はそのまま、港町の外へ向かった。
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港町を離れると景色が変わる。
石造りの建物が少なくなり、代わりに草原が広がっていく。街道が一本、遠くまで伸びる。
少女は迷うことなく、その道を進んでいた。ジェイクは少し後ろを歩きながら、周囲を見渡す。
「…………」
高い場所。
先ほど、少女はそう言っていた。
ジェイクは思考を巡らせる。
「………(高い場所ねぇ)」
南の大陸で高い場所といえば、彼の知る限り、ここから東へかなり進んだ場所にある灯台が思い浮かぶ。
「…………」
あそこなら相当な高さがあるが、しかし今いる街道から灯台へ向かうことはできない。
遠回りをすれば行けないこともないが、そうなるとかなりの時間がかかる。到着する頃には夜になってしまうだろう。
「それは御免だな……」
思いながら、ジェイクは小さく呟く。
そんなことを考えている間にも、少女はどんどん先へ進んでいっていた。
「おい」
そんな少女へジェイクは声を掛ける。
「何?」
「高い場所って、どれくらいの高さが必要なんだ?丘くらいなら、その辺にあるが」
「そうね。…高ければ高いほどいいわね」
「高ければ高いほど?」
「ええ。……たとえば、あの塔くらいの高さが理想かしら」
少し考えた少女はそう答え、足を止めた。
「塔?」
前方を指差し、ジェイクもそちらを見る。
遠く。街道の先。広大な草原の向こうに、それはあった。
天高くそびえる塔。あまりにも遠いが、それでもその存在がはっきり分かるほど高い。
「………あれは」
ジェイクは目を細める。
「……あの塔って、南の塔か?」
「南の塔?へぇ。あの塔、南の塔って名前なのね」
少女は塔を見つめた。
南の塔。南の大陸に存在する、巨大な塔。
いつ建てられたのか。誰が建てたのか。何のために存在するのか。そのどれも分かっていない円柱状の不思議な巨大建造物。その塔はこの大陸に遥か昔から存在していた。
しかしそれは南だけではなく、北の大陸、東の大陸、西の大陸、それぞれの大陸にも同じような塔が存在している。
それらは誰が、何のために建てたのか。なぜ四つの大陸すべてに存在しているのか。それを知る者は、今の時代には誰もいない。
「……まさか、あそこへ行くのか?」
「ええ」
少女はあっさりと頷く。
ジェイクは腕を組んで、首を振った。
「やめておけ」
「どうして?」
「あの中には入れねぇぞ」
「入れない?どうして?」
「どうしても何も……あの塔には、入口がどこにもないからだ」
「建物なのに、入口がないの?」
聞かれて、ジェイクは塔を指差す。
少女は目を瞬かせた。
「聞かれても、俺にも分からん。いつからあるのか、何のためにあるのか、誰も知らねぇんだよ」
「…………」
ジェイクは肩をすくめる。
少女は遠くにそびえる塔を見つめた。
ここからでも、その大きさは十分に分かる。実際に近くまで行けば、さらに巨大なのだろう。
「…………」
少女はしばらく塔を眺めた。
そして。
「でも、登れるのよね?」
「は?いやいや、だから入れねぇんだって」
「でも、登れるでしょ?」
「…………」
「塔の外側からなら登れるでしょ?」
「…………」
ジェイクは頭を抱えた。
この少女は何を言っているのか。
「外側からも無理だ」
「どうして?」
「足場もねぇし、掴まる場所もねぇよ」
塔の壁は、ほとんど垂直だった。
壁面には手をかけられるような出っ張りはない。普通に考えれば、登ることなど不可能だ。
「誰も、壁に掴まって登るなんて言ってないわ。魔法を使って塔を登るのよ」
「ん?」
今度はジェイクが首を傾げる。
少女は何でもないことのように言うと、彼の方へ振り向き、足元へ手をかざした。地面に魔法陣が浮かび上がり、少女の周囲に淡い光が広がる。
呪文を唱えると、少女の体がふわりと浮かび上がった。
「…………!」
足が地面から離れ、さらに体が上昇していく。ほんの数十センチ。さらにその上へ。
少女は空中に浮いたまま、静かにジェイクを見下ろした。
「どう?」
「…………」
ジェイクは言葉を失っていた。
やがて、少女は口元を緩める。
「…………」
ジェイクはしばらく彼女を見上げていた。
そして、少女はその場でくるりと一回転する。長い髪がふわりと舞い、そのままゆっくりと高度を下げていく。
やがて、トンと地面へ着地した。
「お前……そんなこともできるのかよ」
「驚いたかしら?」
「そりゃ驚くわ」
「これなら登れるでしょ?」
「…たぶん、塔を飛んで登ろうなんて考えた奴はお前が初めてなんだろうな」
ジェイクは頭を掻き、肩をすくめる。
「普通は入口を探すだろ」
「でも、入口がないのでしょう?」
「まぁ、そうだけどよ……」
彼は再び遠くの塔を見た。
巨大な円柱状の建造物。その頂上は、遥か空の向こうにあるように見える。
あれを本当に魔法で登るつもりなのか。
「…………」
ジェイクは呆れたように息を吐いた。
「……とんでもねぇ奴だな、お前」
言うと、少女は。
「ふふっ」
小さく笑った。
それは、これまで見せていた淡々とした表情とは少し違い、まるで新しい遊びを思いついた子供のような無邪気な笑みだった。




