本当にそれは本物?
ダリアンの家は広場から少し離れた場所にあった。街の喧騒から少し外れた通りに建つ、こぢんまりとした家。家の扉を開け、彼に続きジェイクと少女も中へと足を踏み入れる。
「どうぞ」
「お邪魔するわ」
中へ入ると視界に映ったのは、いかにも一人暮らしの男性が住んでいるといった部屋だった。
家具は必要最低限。それほど広くもなく、かといって窮屈でもない。一人で暮らすには十分な広さだった。
部屋の隅にはいくつかの箱が積まれ、棚には本が並んでいる。その中には掃除道具なども置かれていたが、それ以上に目立っているものがあった。
本。とにかく本が多い。
しかも、その多くが宝石や鉱石に関するものだった。
「……本当に宝石マニアなんだな」
「ええ。昔から好きなんですよ」
ジェイクが部屋を見回して呆れたように呟くと、ダリアンは穏やかに笑い「少し待っていてください」とそう言って部屋の奥にある扉を開けて離れていった。
「何か手掛かりが見つかるといいわね」
少女が呟く。
「まぁ、見つからなかったら…また別の方法を考えるしかねぇな」
ジェイクは肩をすくめた。
それからしばらくして、ダリアンが戻ってくる。
「お待たせしました」
「…………」
「…………」
戻ってきたダリアンの姿を見て、二人は無言になる。彼は両腕いっぱいに本を抱えていた。
一冊や二冊ではない。十冊か、それ以上はあるだろうか。
「……おい。何冊持ってきたんだ」
「このあたりですと、このくらいでしょうか」
ダリアンは本をテーブルの上へ置いた。ドサドサと何冊もの本が積み重なる。
「………多すぎだろ」
ジェイクが呆れた声を漏らし、口元を引きつらせた。
「…あー…こん中から探すのか?」
「根気がいるけど、探すしかないわ」
少女も積み上げられた本へ目を向ける。その表情には躊躇いはなく、一番上にあった本を手に取ると目前の椅子に座った。
ダリアンも向かいの椅子へ座り、本を手に取る。少女から借りた紙を横に置き、それを横目に見つめながら本を開いた。
パラパラパラ……。
ページをめくるたびに、様々な宝石の絵が目に飛び込んでくる。
赤。青。緑。透明。白。黄色。
色だけではなく、宝石の形や硬度、産出する場所、性質、加工方法などなど、そこには細かな説明までびっしりと書かれていた。
「これ…かなり詳しく載っているのね」
少女が感心したように言う。
「ええ。なかなか素晴らしいでしょう?」
ダリアンは別の本を開きながら、にこにこと笑いながら答えた。
「これなら、見つかる可能性はゼロではないのかもしれないわね」
「……こりゃ長くなりそうだな」
ジェイクもため息を吐き、椅子へ腰を下ろす。そして彼も、一冊の本へ手を伸ばした。
+
「………………」
しばらくして、部屋は静かになる。
聞こえるのは、ページをめくる音だけ。
パラ…パラ……。
「…………」
ジェイクはテーブルへ頬杖をつきながら、本を眺める。
「ふぁ……」
欠伸が出て、目を擦る。
本を読む。ページをめくる。
また読む。またページをめくる。
「…………」
正直、退屈だった。
ジェイクにとって、本を読むという行為そのものが久しぶりだった。
まともに本を読んだ記憶など、子供の頃に絵本を読んだ時にまで遡る。
「……ほんと、何十年ぶりだよ」
小さく呟きながらページをめくる。
「…………」
ちらりと隣を見ると、少女もまた本をじっと見つめていた。
真剣な眼差し。ページを追う瞳。
時折、指先で文章をなぞる。
その横顔は、ジェイクの知っている少女・ルーンそのものだった。
「…………」
ジェイクはしばらく彼女を見つめる。
似ている。顔も。声も。仕草も。話し方も。この少女は間違いなくルーンだ。ルーンにしか見えない。
なのに──
「…………」
ジェイクの眉間に、僅かに皺が寄る。
この少女は、本当に自分の知っているルーンなのだろうか。その疑念は、ギルドで顔を合わせた時から消えていなかった。
むしろ、こうして一緒にいることで強くなっている。
"シオンたちには言ってきた"
少女は確かにそう言った。だが。
「…………」
ジェイクは再び本へ視線を落とす。
どう考えてもおかしい。シオンたちなら、こんなことを許すはずがない。
ジェイクの記憶では、ルーンは以前、カフルエルというダークエルフの男に殺されかけている。そんなことがあったばかりなのだ。
それなのに、一人で南の大陸まで来る。そんな危険な行動をシオンたちが黙って見送るとは思えない。
特にフィル。そしてホワイト。
二人が黙っている姿など、ジェイクには想像できなかった。
「…………」
自分だって、その場にいたら止める。
それほどのことだった。
「…………」
ジェイクは本を読むふりをしながら、隣の少女をもう一度横目で見つめる。
やはり、何かがおかしい。
だが、どこがおかしいのか。それが分からない。
「(聞いたところで、…だしな)」
それで、彼女が素直に答えるとも思えなかった。
「………?」
じっと見つめていると、少女がふと顔を上げる。視線がぶつかり、無言となり、やがて少女は首を傾げた。
「……何?」
「……いや。別に」
ジェイクは顔を逸らす。
そして、何事もなかったように本へ視線を戻した。
パラッ。と、ページをめくる。
「…………」
少女もジェイクをしばらく見つめていたが、すぐに再び本へ目を戻した。
「…………」
ページをめくるジェイクだが、頭の中には先ほどの疑念が残ったまま。
やはり。気にするべきか。
「…………」
もう一度。
ジェイクは少女を見る。
その横顔を見つめながら、彼は考え続けた。
+
「…………」
そんな二人の様子を、ダリアンは本の向こうから見ていた。
少女を見る。ジェイクを見る。そして、また少女を見る。
「…………」
どうやら何か事情がある。それは間違いなさそうだった。
ジェイクは彼女を気にし、少女もまたジェイクを気にしている。
二人の間には何かある。では、それは何なのか。
「…………」
ダリアンは考える。
そもそも。どうして二人は黒い宝石を探しているのだろう。探し出して、一体どうするつもりなのか。
コレクションにするのか。それとも売るのか。あるいは……。
「…………」
ダリアンの目が少し細くなる。
壊す。そんな可能性だって、ないとは言い切れない。もちろん、そんなことをするようには見えない。
だが、だからこそ気になる。
「…………」
知らないことがある。
謎がある。その謎が目の前に存在している。ダリアンにとって、それは放っておけないものだった。
気になったことは、最後まで確かめなければ気が済まない。どうしても知りたくなる。
知識欲。好奇心。それは彼の性格そのものだった。
「…………」
ダリアンは本へ目を戻す。
だが、文字は頭に入ってこない。
視界の端には、ジェイクと少女がいる。
黒い宝石と謎の絵。そして、二人の間にある何か。
「…………」
知りたい。もっと知りたい。
あの宝石は何なのか。
なぜ彼らは探しているのか。
どうして彼らは互いを気にしているのか。
「…………」
ダリアンの頭の中は、いつの間にかそのことでいっぱいになっていた。




