嫌な相手
ギルドを出ると、二人は町の中を歩き始めた。港町らしく、通りには多くの人が行き交っている。
露店から漂う料理の匂い。荷車を引く商人。客を呼び込む店員。遠くから聞こえてくる船の汽笛。
活気に満ちた街並みを歩きながら、ジェイクは隣を歩く少女へ視線を向けた。
「宝石を探せっつってもなぁ。手掛かりがあの絵一個だけって……ほぼ無理だろ」
「闇雲に探しても時間を無駄にするだけよ。効率よくいきましょう」
頭を掻きながら言うと、少女は淡々と答える。
「効率っつってもな……」
確かに彼女の言う通りだった。
絵に描かれた黒い宝石。それ以外に手掛かりはない。
どこにあるのか。誰が持っているのか。どんな名前の宝石なのか。何も分からない。
「この町に宝石に詳しい人はいないかしら?」
「詳しい奴なぁ……」
ジェイクはしばらく考え、街並みへ目を向ける。
「この町には宝石店がいくつかあるが……」
「宝石店?」
その言葉に少女は反応した。
顎に手を添え、眉をひそめる。
「…行ってみる価値はありそうね。その宝石店に行きましょう」
「……まぁ、そうなるよな」
そして、迷うことなく頷いて足を速めた。ジェイクは肩をすくめ、少女についていく。
二人が最初に訪れた宝石店は、港から少し離れた場所にあった。大きな窓から店内が見える。中にはいくつものショーケースが並び、色とりどりの宝石が飾られていた。
「いらっしゃいませ」
扉を開くと、チリンと小さなベルが鳴って店員が笑顔で出迎える。
店内には、赤、青、緑、黄色。様々な色の宝石が、光を受けてきらきらと輝いていた。指輪やネックレスに加工されたものもあれば、原石のまま展示されているものもある。
ジェイクはショーケースを一通り眺めたが、黒い宝石は見当たらなかった。
「流石に売られてはねぇか……」
ぽつりと呟く。
少女は店員へ顔を向け、口を開いた。
「少し聞いてもいいかしら?」
「はい。何でしょうか?何かお探しで?」
「そうではないわ」
少女は懐へ手を入れ、一枚の紙を取り出す。そして、そこに描かれた絵を店員へ見せた。
「……この黒い宝石のこと、何か知らないかしら?」
「黒い宝石……ですか?」
店員は紙を受け取る。
絵をじっと眺め、首を傾げた。
「申し訳ありません。私には少し……」
「そう」
少女は特に残念そうな顔もせず、別の店員にも尋ねる。だが、結果は同じだった。
「知りません」
「聞いたこともありませんね」
「このような宝石は扱ったことがないです」
誰も知らない。
結局、最初の店からは何の情報も得られなかった。
そのあとも二軒目。三軒目。四軒目。街にある宝石店を二人は次々と回った。
しかし、どの店でも結果は同じだった。
「すみません。知りませんね」
「このような宝石は初めて見ます」
「黒い宝石ならいくつか種類がありますが……この絵のものは分かりません」
「申し訳ありません」
店を出るたびに、ジェイクの表情が険しくなっていく。そして、最後の宝石店を出たところで、ついに彼は大きく息を吐いた。
+
街の広場。
中央には噴水があり、その周囲にはベンチがいくつか置かれていた。
ジェイクはそのうちの一つに腰を下ろし、背もたれに両腕を乗せる。
「だーもうっ!全然収穫ねぇじゃねぇか!」
「…………」
彼の隣へ少女も腰を下ろし、小さく息を吐く。
「…なぁ。ほんとにその宝石ってあんのか?」
ジェイクが空を見上げたまま尋ねた。
「あるわ。何度か実物を見ているもの」
少女は即答する。
「でも、どこにあるのかは分からないわ」
「……クソ厄介」
ジェイクは頭を抱えた。
少女はそんな彼を横目に見ながら、顎に手を添える。
「……他に宝石に詳しい人っていないのかしら」
「…………」
ジェイクはため息を吐いた。
そして何気なく視線を逸らす。
その瞬間。
「…………ん?」
広場の向こうの黄色い屋根の建物。その近くを、一人の男が歩いているのを見た。
白い服。姿勢の良い歩き方。
遠目からでも分かる。よく目立つ。
「…………」
ジェイクはその人物を見た瞬間、顔をしかめた。
そして、ゆっくりと顔を再び空へ向ける。
「……(見なかったことにしよう)」
関わりたくない。
それがジェイクの本音だった。
しかし──
「?」
隣に座っていた少女も、その人物を発見してしまった。
「あれは……確か、清掃員だったかしら」
少女は離れた場所にいるその人物を見つめて目を細める。
ジェイクは顔を引きつらせ慌てて少女の頭を掴むと、そのまま無理やり視線を別方向へ向けさせた。
「!」
「あんま見んな。気づかれてこっち来るだろ」
「……気づかれては不味いの?」
「別に不味かねぇよ。……ただ、めんどくせぇだけだ」
ジェイクは心底嫌そうな顔をし、それを見た少女はきょとんとする。
「おや。誰かと思ったら、ジェイクさんではありませんか」
「…………」
その時、背後から声。ぴたりとジェイクの動きが止まった。
聞き覚えのある声。聞きたくなかった声。先ほどまで離れた地点にいたのに、何故一瞬で近場まで来ているのか。化け物かと思いながらジェイクはゆっくりと振り返った。
「……ちっ。くそ」
小さく舌打ち。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
白い服を身につけ、姿勢正しく立っている。そして、こちらを見ながらにこにこと笑っていた。
清掃員のリーダー。ダリアン。
「こんな所で何をしているのですか?」
「てめぇには関係ねぇだろ。ほっといてくれ」
露骨に嫌そうな顔を浮かべ、ジェイクは言う。
「そうはいきません。貴方は僕の監視対象の一人ですから」
ダリアンは笑顔を崩さない。
その顔を見て、ジェイクは頭を抱えた。
「……………」
二人のやり取りを少女は黙って見つめる。
そして、ダリアンは彼女の方にも顔を向けた。
「おや。貴女も見たことありますね。確か、ルーンさん…でしたか」
「…………」
少女はダリアンを見つめる。
彼女は彼を知らない。ルーンの記憶からダリアンの姿は分かっていたが、その人物がどのような性格で、どのように話すのかまではまったく分からなかった。
今、話し方と言葉遣いで彼がどのような人物なのかを一瞬で理解し、少女は眉をひそめる。
「ということは、フィルくんもここにいるのでしょうか?」
「あいつはここにはいねぇよ」
ダリアンが辺りを見回すと、ジェイクが答える。
「……そうなんですか?それは残念。元気かどうか確認したかったのですが」
ダリアンの眉尻が下がった。
本当に残念そうだ。
「ってか。何でてめぇはここにいんだ?見廻りか?ご苦労なこったな」
「いえ。見廻りはもう終えています。…今は、"清掃"の帰りですよ」
「………へぇ」
面倒そうに尋ねるとダリアンは首を横に振り、いつもの笑顔を浮かべる。
ジェイクはそれに興味なさそうに返した。
「…………」
少女は思う。
黒い宝石についてダリアンにも聞いてみようか。
しかし、彼に聞いても何も情報は得られないかもしれないが、もしかしたらということもある。
ジェイクとダリアンの会話を聞きながら少し考え、少女は口を開いた。
「ねぇ」
「はい?」
声を掛けると、ダリアンは振り向く。
少女は懐から一枚の紙を取り出し、彼に見せた。
「この宝石について、何か知ってるかしら?」
「! おい!」
ジェイクが声を上げる。しかし、もう遅い。
ダリアンは少女から紙を受け取った。
「これは?」
「私たち、その宝石を探しているの」
少女は淡々と説明する。
「何か知っていれば教えてほしいのだけど」
「やめろルーン。こいつが知ってるわけねぇだろ。時間の無駄だ」
「知っていますよ」
「ほら、知ら…………は?」
横から口を挟んだジェイクの言葉が止まった。あまりにも自然な返答で聞き逃しそうになり、彼は目を見開く。
その言葉には少女も驚いたようで、目を丸くしてダリアンを見つめた。
「本当?」
「ええ…。…たぶんですけど」
「たぶん?」
「これでも僕は、宝石マニアでしてね」
ダリアンは頷き、紙に描かれた黒い宝石を眺める。
「家に戻れば……この宝石が載った本が見つかるかもしれません」
「…………」
ジェイクと少女は、互いに顔を見合わせた。
さっきまで何軒もの宝石店を回っても、何一つ手掛かりを得られなかった。それが。まさか、こんなところで。
「……マジかよ」
ジェイクが呟く。
ダリアンは穏やかな笑顔を浮かべたまま、紙を少女へ返した。
「僕でよければ、調べてみましょうか?」
少女は紙を受け取る。
その瞳に、初めてはっきりとした期待の色が浮かんだ。
「ええ。お願いするわ」
ジェイクはそんな二人を交互に見つめる。
「……ったく。なんでよりにもよってこいつだよ」
思わずため息が漏れた。
だが。先ほどまで完全に途方に暮れていた状況からすれば、これは大きな前進だった。




