気に入る
一時間後。
木の葉との会話をすっかり楽しみ終えたブルーテイルを連れ、ルーンとフィルは教会の外にあるテラスへと向かった。
探索を始める前にマキノたちとの合流地点として決めていた場所だ。
「マキノ!ショウコ!」
テラスに到着すると、すでにマキノとショウコが待っていた。ルーンたちは足を速め、走りながら声を掛けるとマキノたちもこちらへ顔を向ける。
「あ。ルーンちゃん!フィルさん!」
「ごめんなさい。……待ったかしら?」
彼女たちのもとへ近づき、少し申し訳なさそうにルーンは眉尻を下げる。
「ううん。私たちも今来たところよ」
ショウコは首を横に振った。
次の瞬間、マキノが目を輝かせて勢いよく喋り始める。
「あのね、あのね!良い場所いっぱいあったよ!」
ずいっと身を乗り出して口を開いた彼女のその勢いに、ルーンは思わず目を瞬かせた。
話を聞いてみると、どうやらマキノは探索の間にすっかりこの教会を気に入ってしまったらしい。
「ずっとこの辺りを見て回ってたんだけどね、テラスとか庭とか、すっごく良い場所がいっぱいあって!」
身振りを交えながら、マキノは興奮気味に言葉を続ける。
「特にここ!」
マキノは自分たちが立っているテラスの先を指差した。
「ここの、えっと……あの橋が掛かってるところがあるでしょ?」
「橋?」
指差された方に目を向ける。
テラスから少し離れた場所。そこには小さな池があった。その池には装飾の施された橋が架かっている。
「そこにドレスを着たルーンちゃんが立つの!きっと凄くいい感じだよ!橋のところでこうして……それからこっちを向いて……でも、花があるからこっちの方が……それでフィルさんは――」
マキノは鼻息を荒くしながら続ける。頭の中ではすでに完成した光景が見えているらしく、マキノの言葉は止まらなかった。
次から次へと新しい案が飛び出してきて、ルーンはそんな彼女を眺めながら、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「……ずいぶん気合が入っているわね」
ぽつりと小さく呟く。
もう、その一言しか出てこなかった。
「それで、フィルさんたちは何か中で見つけましたか?」
ショウコはマキノを気にする様子もなくフィルへ尋ねる。
フィルはルーンたちの様子を気にしつつも彼女の問いに答えた。
「中庭に、大きな木……ですか?」
「ああ。俺も吃驚したよ。あんな場所があるなんて思わなかった。…で、ブルーテイルがその場所をえらく気に入っちゃってさ。ほとんどの時間、そこにいたんだ」
フィルの肩に乗っていたブルーテイルが、ぴくりと耳を動かす。
「きゅうっ」
「ふふっ」
ショウコは微笑む。
「でねっ、そこでフィルさんが……!!」
「…………」
マキノの興奮はまだ続いている。
ルーンは口元をわずかに引きつらせながら、その話に耳を傾けていた。
「みなさん、どうでしたか?」
その時、背後から穏やかな声が聞こえてくる。
ルーンたちは声のした方に同時に振り向いた。
「…………え?」
全員の目が見開かれ、マキノが驚きの声を上げる。
そこに立っていたのはケインだった。
「先生!?」
彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべながら、こちらへ歩いてくる。
「先生、どうしてここに?」
首を傾げてルーンが尋ねる。
すると、ケインの背後からまた別の声が聞こえた。
「私が、お呼びしたのです」
「!」
ルーンがそちらを見る。
そこにいたのは、シスター・カエデだった。
カエデはケインの隣まで歩いてくるとスカートの裾を持ち上げ、丁寧に頭を下げる。
「シスターが?」
「ええ」
カエデはにこりと微笑む。
「それで、どうでしたか?この教会は?」
再びケインが尋ねる。
「あ……」
突然の担任教師の登場に驚いたマキノだったがはっと我に返り、そして、ぱっと表情を輝かせた。
「はい!とっても素晴らしい場所で、とても気に入りました!」
力いっぱい答える。
その言葉にはショウコも頷いた。
「私も同じです」
「そうですか。それはよかった」
ケインは満足そうに口元を緩ませる。
「あっ、あの!少し、ここの景色を描いてもいいですか?次にここに来る時までに、イメージを固めておきたいので!」
マキノはカエデの方に顔を向けた。
「もちろん。かまいませんよ」
にこりとカエデは頷いた。
許可をもらうと、マキノは持ってきていた手提げ袋を開いて、中からノートと筆箱を取り出す。
「よーし!」
そして、近くのテラス席へ走っていった。
「ショウコちゃんも来て!」
「はいはい」
ショウコもその後を追っていく。
ルーンは二人を見送ったあと、ケインとカエデへ視線を戻した。
「……聞きたいのだけど。先生とシスターって、知り合いなの?」
「? 彼女から聞いていませんか?」
ケインが首を傾げる。
「……ここは、私が学び舎の教師になる前に働いていた場所なんですよ」
「え?」
「そうなんですか?」
フィルが驚いた声を上げた。
それを聞いたルーンも目を丸くする。そして顎に手を添え、納得したように頷いた。
「なるほど。だから許可が下りたのね」
「マキノさんからこの教会の話が出た時は驚きましたよ。生徒たちには、前職のことは話していなかったので」
「私もです。まさかケインさんから連絡がくるなんて思いもしませんでした。無茶なお願いをされて大変だったんですからね」
「はは。お手数を掛けたようで……」
眉尻を下げてカエデが微笑む。
ケインも彼女と同様に眉尻を下げて笑った。
そのやり取りを見ながら、ルーンとフィルは顔を見合わせた。
二人は昔からの知り合い。
どうやら、ケインがこの教会の使用許可を取れた理由は、単純な教師としての頼みではなかったようだ。
「出来た!」
その時、テラスの方から声が響く。
「ルーンちゃん!フィルさんも見てみて!」
声に気づいて顔を向けると、マキノは広げたノートを掲げ、ルーンたちの方に体を向けていた。
「……?」
ルーンが目を細めるが、ここからではノートに何が描かれているのか分からない。
「私たちのことは気にせず、行ってあげてください。積もる話もあるので、私たちは教会の中にいますね」
ケインが言った。
「帰る時は声を掛けてください。私もご一緒しますので」
「分かりました」
ルーンが頷く。
それを確認するとケインはカエデへ視線を向け、背を向けて離れていった。カエデも一礼すると、その後に続く。
二人の姿は教会の中へ消えていった。
「ルーンちゃーん!」
再びマキノの声。
もう一度顔を向けると、彼女はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「早くー!」
「……今、行くから待ってて!」
ルーンは小さく息を吐く。
「それじゃ、私たちも行きましょうか」
「きゅう」
彼女が歩き出すとブルーテイルも小さく鳴き、ルーンの後を追う。
だがフィルはその場に立ったまま、教会の建物をじっと見つめていた。
「……………」
左手首に嵌められた銀色のブレスレットへ、フィルは無意識に視線を落とす。
まさかこんな所で自国の雰囲気を感じることが出来るとは思っていなかった。フィルはしばらく教会を見つめ、小さく口元を緩ませる。
「フィルさーん!」
遠くからマキノの声が飛んでくる。
そしてフィルも足を動かし、彼女たちのもとへ向かった。




